#39 覚醒
強すぎて動くこともままならないオキエは、自由に動けることを理由として鳥籠に戦いの場を移した。
しかし、それは俺たちへの追い風となっていた。
元々女騎士であるオキエは、剣を使った戦いを得意としている。
自らの身体を使った戦いは不得手で、パワーはあるが攻撃が当たらない。
しかも急激に変化した肉体に、自分自身がついていけていない。
なにしろ指を動かすだけで大地が揺れる超パワーである。
言わば一輪車にロケットエンジンを搭載したようなもの。まともな制御ができる訳がない。
そのうち、パンチを打つために腕を引く予備動作で、自らの身体が吹っ飛んでしまう。
バランスで言えば、俺たちでさえパワーは強すぎる。
それをはるかに超えるパワーをいきなり手に入れたオキエがまともに動ける訳がないのだ。
ただし、オキエに掴まれたらこちらは終わりである。
俺たちはヒット&アウェイで対応する。
しかしオキエの持つ防御力は圧倒的だ。
俺たちの攻撃は当たるけれど、ダメージがない。
オキエは動くのを止め、全身に力を入れた。
絶対防御の姿勢だ。
が、すぐにアイナが銃を構えると、オキエに焦りの表情が浮かぶ。
このまま銃が撃たれればまた同じ事の繰り返しだ。
時間を巻き戻せば無効化できるが、アイナの時間停止が発動する。
停止を知覚できない分、アイナの方が有利だ。
オキエが攻めにかかりアイナの銃撃を止めさせ、再び絶対防御の姿勢となる。
「……アイナ! なんかオキエの動きが単調になっていないか?」
「うん。
何か考え事をしてるみたい」
「くそ……こちらの体力だって無限じゃない」
「というか、全力を出し続けるって経験ないものね」
「消耗戦になったが……、このままでは不利だな」
「向こうは手を抜けるからね。
多分、体力は私たちの方が上だけど、片手間対全力じゃあ……」
こちらは一発逆転を狙うしかないが、目潰しを行うにも巨大化したその身体には手が届かない。
何よりオキエがそんな隙を作らない。
戦いは激しい動きを伴う膠着状態に入った。
……そして均衡は突然破られた。
「ふん!」
俺たちはオキエの一撃で吹き飛ばされた。
これまでと異なる身体の動きを読み切れなかったのだ。
そしてオキエが俺たちを追撃する。
「お、おい!」
「うん、急にオキエの動きが良くなった」
「あと、派手な筋肉の動きが減ってきたぞ。
それに……」
「パワーもスピードも桁違いで近づけない」
「それもあるんだがこの動き、お前にそっくりなんだよ、アイナ!」
「えっ!」
笑みを浮かべてオキエが動きを止める。
「気付いた?
今、この身体を動かしているのはアイナ、私の中のアイナよ。
さすがね。これだけのパワーを持つ肉体を楽々と制御している。
それに、目の前でお手本があるのでやりやすかったと言ってるわ」
得意げに胸を張るオキエ。
体中の筋肉が波打つように一斉に動き、ピタッと止まる。
オキエのプロポーションが大きく変わっていた。
「そう……この身体が動きやすいのね……」
全体的にこれまでより細く、それでも出る所は出て、引っ込む所は引っ込む。
くびれたウエストにバキバキに割れた腹筋。
逆三角を形作る上半身に女性らしさを強調する豊かなバスト。
大きく盛り上がる肩から伸びる腕。
その身体を支える長く伸びた足。
筋肉量が減って、居場所を争うような盛り上がりは無くなっている。
言わば大型のデコトラが、洗練されたスポーツカーに変化したような、そんな印象だ。
そしてグッと拳を握りしめると、これまでと同様レベルに腕の筋肉が盛り上がる。
「もうこれで坊やたちの勝ち目はなくなったわよ。
私はこの身体をモノにした。
そしてアイナとオキバの知識も持っている。
それにこの子、坊やのことなら何でも知ってるしね。
好きな物、嫌いな物、趣味も、好みも、あなたの身体の特徴も。
あらあら、PCの中身までしっかりと覚えてるのね。
……ぷっ、やだ、あはは。
ちょっとした黒歴史ね。
これは、他人には見せられないわね、坊や」
俺は横にいるアイナに小声で抗議する。
(おい、アイナ。
なんでお前が俺のPCの中身なんか知ってるんだよ。
こら! 横向くな!)
そんな俺たちをオキエが見て笑う。
「だめよ、坊や。
パスワードは“775784”なんでしょ?
それにしてもこの数字、偶然かしらねぇ……。アイナなら一発で覚えられる数字よ」
今度は俺が赤くなる。
「う、うるさい!」
「まあ、いいわ。再開しましょ。
3、2、1で始めるわよ」
俺とアイナは腰を落とし、いつでも対応できる体勢を取る。
オキエはリラックスしたポーズのまま、間延びしたカウントダウンを始める。
「じゃあ、いくわね。
さぁぁん、にぃぃぃい、いぃぃぃぃっち…………ゼロ」
その言葉と同時にオキエの姿が消える。
「うしろよ」
オキエの巨大な身体は、背後に移動していた。
俺は振り向きざまにパンチを繰り出す。
が、渾身の一撃はオキエの巨体をすり抜けた。
「なっ!」
外す方が難しい巨大な的は、目にもとまらない早さで移動していたのだ。
「くそっ!」
続けてパンチを放つが、それもかわされてしまう。
背後からアイナが蹴りを放つが、後ろに目があるかのようにかわされてしまう。
俺とアイナのラッシュ攻撃が始まった。
自慢じゃないが、俺たちのスピードは恐ろしいほどに速い。常人ではその動きを追えないほどに。
しかしオキエはそれを軽々と避けていく。それも必要最小限の動きで踊るように。
激しい攻撃を繰り出す俺たちが精神的に追い詰められていく。
ついにオキエは俺たちを上回るスピードを手に入れてしまった。
そして俺のパンチが空振りすると、オキエの姿が消えた。
トン……。
「なっ……」
オキエの巨体は俺の拳の上に乗っていた。
つま先立ちするその巨体は、俺の拳の上で揺るぎない完璧なバランスを取っている。
これまでは圧倒的な超パワーで意図せず大地を揺るがせていたのに、今は重さすら感じられない。
余計な力が一切入っていない証しだ。
アイナの回し蹴りがオキエを襲う。
が、オキエはそれを軽々と避けると、今度はアイナのつま先の上に移動した。
ピンと伸びたアイナの足の上に、一本の足だけでバランスを取るオキエ。
色々な意味で、異様な光景であった。
「隙だらけだぜ、オキエっ!」
そこに俺は渾身の力を込めた回し蹴りを放つ。
が、弾かれたのは俺だった。
水平方向に来る力を、オキエは不安定な姿勢のまま耐えきった。
そのパワーはそのまま俺に跳ね返り、鳥籠の縁まで吹き飛ばされた。
細かな網目となった鉄格子は、もはや板と変わらない。きしむ事すら無く、その衝撃を弾き返す。
クスリと笑うオキエ。
「隙があっても問題にならないのよ、坊や」
アイナが足を外し、パンチを放つが空振り。
オキエは拳の上に移動した。
「くすっ……どうしたの?」
身体を大きく折り曲げ、顔をアイナの鼻につきそうな位に近づける。
ただ肌を包んでいるだけのインナーウエアの中で、豊満な胸が大きく揺れる。
「くっ!」
アイナが余った拳でオキエの顔を殴るがノーダメージ。
それどころか、その頬は一切歪むことすらしない。
「んー、坊やの方が力があると思うんだけど……。
ぶっちゃけ分からないわね、差が微妙すぎて」
その笑みにアイナがたじろぐ。
オキエは何回もバク転をしてその場を離れ、距離を取った。
そして片足をあげてY字バランス。
「ありがとう、坊や、嬢ちゃん。
おかげで望み以上のパワーを得て、完璧に使いこなすことができるようになったわ」
圧倒的なパワー、スピード、バランス。
もはや付けいる隙がない。
それでも俺は起ち上がろうとする。
このままでは、オキエは気まぐれに世界を破壊し続ける。
世界は……スフィアは、まだいくらでもある。
足りなくなったら作れば良いのだ。
何としても倒すか、最悪でも“矛盾”の鳥籠の中に封印しなければならない。
だが……できるのか!?
拡大していくオキエの能力は“矛盾”をも克服する可能性がある。
身体を起こすと胸が痛い。
どうやらあばら骨が折れているようだ。
突然、オキエが目の前に現れた。
離れていた距離を一瞬で詰めてきた。
鋼鉄のような筋肉と女性らしさを併せ持つ究極の肉体。
オキエは小首をかしげ、微笑みを浮かべた。
俺は痛みを隠し起ち上がる。
オキエは右手を俺の胸に突きだし、人差し指で弾いた。
その瞬間、俺の全細胞に圧倒的な衝撃が走る。
まるで世界そのものをぶつけられたようなエネルギーは一瞬で俺を反対側の縁に押しやった。
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