#38 逆転

「アイナ、そんなもん、いつから……」

「オキバちゃんが、マー君が使ったのを見てこっそり転送してくれてたの。

 こんなもの使ったことないから、緊張しちゃった」

 俺とアイナの前に、オキエがブルブルと震え膝を突く。

「き……貴様ぁ……」

 オキエはドスンと膝を着く。

「奥の手は最後に見せるものだからね。

 足と違って、お腹は切断できないでしょ?」

 アイナは銃をしまう。

 オキエの腹から血がポタポタと流れ落ちる。

 これからオキエにはゆったりと死が訪れるはず。

「アイナ、気をつけろ!

 最後に道連れに大暴れするかもしれない」

「……うん!」

 が、オキエはその場を動かない。

 そのうち肩を震わせ笑い始めた。

「フ……フハハハ……。

 道連れぇ? 最後ぉ?

 何を言ってるんだ、お前たち……。

 こんな物は私に通じない、そう言っただろ?」

 その言葉が終わるや否や、突然身体が動かなくなった。

 音も聞こえず、声も出せない。

 よく見ると、オキエの身体から落ちた血が宙で止まっている。

 まさか……時間が……止まった……?

 止まった時間を、俺は認識しているというのか!?

 表現がおかしいが、やや時間をおいてから、宙に止まった血がゆっくりと上に昇っていく。

 床に広がった血が集まり、そしてオキエの身体目指して飛んでいく。

 オキエが肩を震わせ、落ちた血がどんどん腹に戻っていく。

 ついた膝をあげ、ブルブルと震えながら起ち上がった。

 血の染みが小さくなり、赤い液体が集まり、弾丸に戻っていく。

 弾丸が胸から離れていき……完全に数秒前の状態に時間が巻き戻った。

 突然、静寂が破られ、音が戻ってきたが身体は動かせない。

 アイナも銃を構えたままだ。

 ひとり、オキエは動き出し、弾をつかみ取る。

「ははは……惜しかったねぇ。

 奥の手を出すには遅すぎた。

 さっき見つけたんだ、時間の操作方法を。

 オキバは理屈止まりだったけどね。

 でも、アイナのパワーならそれを実現できる。

 嬢ちゃん、あんた程度でも時間停止はできるみたいだけどね。

 私は時間を巻き戻すことだってできる。

 失敗したらやり直せるんだよ、

 まさしく最強、まさしく全能、まさしくム・テ・キ。

 どうしよう、弱点がないわ、私」

 高笑いするオキエ。

 摘まんだ弾丸を指でそっとはじく。

 一直線に俺の方に向けて飛んできた。

 動けないっ! が、コースは外れている。

 と、突然弾丸が宙で止まった。

 また時間が止まったのだ。

「なるほど……こうすれば時の理(ことわり)から外れることができるのね」

 オキエは平然と動いている。

「坊やたちに声が聞こえているか、分からないけどね。

 私が止めた時間の中で私は自由に動くことができる。

 動かす物も自由に決められる」

 俺は目玉も動かすことができないので、視界から外れると何をやってるのかが見えない。

 オキエはゆっくりと俺の近くによってきた。

 そして宙に浮かぶ弾丸をつまみ、位置をずらす。

 ゆっくりと、ゆっくりとずらし、俺の心臓の前で止めた。

「くっくっく……。反応がないのも寂しいわね。

 このまま時間を動かせば、坊やの胸に弾丸が命中。

 なかなかできない体験よ、あなたも味わいなさい。

 私のアイナを殺した苦しみを」

 オキエがにやりと笑うと時間が動き出した。

 ゆっくりと、じわり、じわりと。

 身体は動かせないというか、動いているのだけど感覚に追い付かない。たったの1秒を10分くらいの感覚で知覚しているのだ。

 弾丸がゆっくりと俺の胸に向かって動いている。俺が避けるのが間に合わない距離で。

 オキエは妖しく俺の頬をなでる。

「坊やたち、時間が戻ったことが知覚できてるんでしょ?

 今、この恐怖も分かってるわよね。

 分かる、坊や? あなた、もうすぐ死ぬのよ。

 坊やの最愛の彼女の手の放った弾丸によって。

 でも安心して?

 坊やがもがき、苦しむ所を存分に味わってから嬢ちゃんも後を追うから」

 ついに弾丸が胸当てに触れた。

 もうすぐ赤い液体が飛び散る。

 何とかしないと……。

「ほらほら、もうすぐ命中しちゃうわよ。

 くすくす……」

 ついに弾丸にヒビが入った。

 まだ液体は出てこない。

 粘り気があるため、まだ弾丸の中に留まっているのだ。

 が、それも時間の問題……。

 ついに弾丸が割れ、液体が見えてきた。

 それは、ゆっくり、ゆっくりと広がり、胸当てに少し赤い液体がついた。

 もう終わりか……。


 その時、突然景色が変わった。

「大丈夫、マー君?」

 目の前にはアイナの顔。

 はるか後方で、弾丸が鳥籠に当たる音がする。

 アイナは力任せに俺の胸当てを剥ぎ取った。

「何が起きたんだ?」

 アイナは起ち上がり、オキエを睨みつける。

「私も時間を止めたの。

 オキバちゃんの記憶を頼りに」

「貴様……」

「オキバちゃんの記憶を持っているのはあんただけじゃない!

 それにこの勝負、後出しの方が有利みたいね。

 遅らせた時間は、後から時間を止めればそちらが優先されるんだから」

「く……」

「止めた時間の中で動けるのは当人だけ。

 一気に形勢逆転といけそうね!」

「黙れ!」

 オキエの筋肉が怒りで膨れあがった。

 すさまじい太さとなった腕でアイナに殴りかかる。

 が、アイナは簡単に避けてしまう。

 空振りしても、空振りしてもオキエは殴りかかる。

 アイナはまるでステップを踏むようにそれを避け続ける。

 そのスピードはドンドン上がっていく。

「なるほど!」

 理由が分かれば簡単だ。

 オキエはあの身体になったばかり。

 凄まじい筋肉量に慣れていないのだ。

 身体を動かすだけで大きく盛り上がる筋肉。それは次にどこを動かすかを明確に教えるようなもの。

 これまで鎧に身を包んでいた彼女には、その辺を意識して身体を動かしたことがないのだろう。

 まして、ここは鳥籠の中。

 オキエが砕きまくった荒れた大地とは違う。

 俺たちは足元の心配をせずに動くことができる。

 オキエは自分のパワーに酔いしれていたことが災いした。まさしく、当たらなければどうということはないって奴だ。

 これまでは地面を踏みつけ、揺らすことでこちらにダメージを与えることができたが、鳥籠の中ではそれもできない。

 何よりパワーを吸収しているはずのアイナに手玉に取られていることが、オキエの正常さを失わせている。

 そして彼女はフェイクと同じ過ちを犯している。

 俺は後ろからオキエの足を引っかける。

 宙に身体が浮いている時なら、いかにパワーがあろうとバランスを崩すことなど簡単だ。

 顔から床に突っ込む所をアイナが上から肘打ち。

 そして、すばやく離脱。

「痛ったぁ~。

 なんて石頭なの」

 アイナが肘を押さえる。

「でも見ろよ。

 充分に効いてるみたいだぜ」

「そりゃ、史上最硬度の床に顔を打ち付けられたんだもの。

 痛いに決まってるわ」


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