#37 一撃
「あらら、ずいぶんともろい島。困ったわねぇ……」
セリフとは裏腹に楽しそうな表情を見せるオキエ。
「くっくっく……。
本当にアイナのパワーは素晴らしいわ。
私はね、これまで大量の男たちのパワーを吸収してきたの。
そして今、そいつらの能力をスキャンしてたのよ。坊やたちがじゃれついてる間、ヒマだから。
カスだ、カスだと思っていたけれど、ほんとうにカスだった。
数をまとめても、アイナひとりにはるかに及ばない。
でもね、中には潜在的に能力を持つ者がいたのよ。
本当に数人だけどね。
たとえば……」
そう言ってオキエは手のひらをパッと開く。
手のひらに小さな炎が燃え上がった、
「これは発火能力。
本人は気付いてもいなかったし、それを使うパワーもなかった。
でも、今の私ならそれを使いこなすことができる」
手を閉じるとはるか後方の森が爆発し、その多くが消し飛んだ。
次に人差し指を立て、空中に輪を描く。
すると俺とアイナとオキエを取り囲む、深く広大な円が地面に掘られた。
「くっくっく……、しょーもない能力。
でもね、オキバの能力はこいつらとは比べものにならない。
改めてアイナにスキャンしてもらったら、私が気付いてもいない技術や能力が沢山あるじゃない。
あの十把一絡げの男どもが束になっても、あなたの能力には及ばない……」
そう言うと、オキエの身体はふわりと浮き上がった。
「あなた、飛行能力まであったのね。
あなた自身が気付いてもいなかったけれど。
今の私ならあなたの能力さえも完全に引き出せる」
完全にオキエは自分の力に酔いしれていた。
俺はそばにいるアイナに囁く。
(俺が気をひくから、オキエを時間停止の球に閉じ込められないか?)
(無理だよ。
まだ、魔術の基礎を学んでいるレベルなんだから、詠唱に時間が掛かるの。
それにパワーアップ前ですら制御権、奪われちゃったし……)
(じゃあ、ここから抜けてケンジさんたちの街に逃げられないか?)
(ジャンプはボートの所が精一杯。
たぶん、すぐに追い付かれちゃう)
(決まりだ! お前は逃げてくれ。
俺があいつを食い止める)
(やだよ!)
(お前は、ケンジさんの元に行ってレベルアップしてきてくれ)
(マー君も一緒に……)
(俺は……レベルアップできない。
レベルアッパーが使えないんだ)
(でもっ!)
(頼む! この通りだ!!)
(私はもう、マー君と離れたくないっ!)
(アイナ……。
大丈夫だ。それに無策って訳じゃない。
あいつを倒せる“毒”だって、まだひとつ残ってる。
俺は死なないよ)
(マー君、たまに嘘つくじゃない)
(それはお互い様だ。
お前が出て行って、俺はつらかったんだぞ)
(……)
(いいさ、お前の気持ちも分かったし、思い残す事はない。
じゃあ、いくぞ!)
俺は一方的に話を打ち切り、アイナを隠すように立ちはだかった。
「待たせちゃったみたいだな」
オキエはニヤニヤ笑いながら、俺たちの相談を見逃していた。
「構わないわ。
つまらない攻撃よりは、脅えて相談している姿を見てる方が面白いもの。
か弱いウサギがガタガタ震えるってのは、なかなか楽しいわね」
「……悪趣味だな」
「そうかしら?
アイナって本当に能力を使いこなしてなかったのね。
これだけのパワーを持ちながら……。
坊やも同じなんでしょう。
優れた能力を持ちながら他人を見下してたのね……反吐がでるわっ!」
ブンと手を振るオキエ。
何気なくやったその行為で地面に長く深い溝ができる。
「それは今、お前がやってることじゃないのか?」
「そうよ。悔しいでしょ?」
背後でアイナが囁く。
(詠唱完了。じゃあ、行くよ)
彼女は魔方陣を作り、その中に消えた。
これで逆転の芽が出てきた。
後は、どうやって俺が生き延びるか……。
が、オキエはノーモーションで魔方陣を作り、その中に手を突っ込んだ。
「きゃあっ!」
その中からアイナを引きずり出した。
それは本当に一瞬の出来事だった。
オキエはアイナのアゴを指で持ちぶら下げる。
アイナは両手でオキエの指をほどきにかかるが、ビクともしない。
「お前は……本当に醜いな……」
「なっ……」
「本当に大嫌いだったよ……小さな頃から……。
私の前で、私には手の届かない物を次々と見せられて……。
決して手が届かない夢を見せられて、ひどいとは思わなかったのかっ!」
「もしかして……それはオキバちゃんのことじゃ……」
「あの頃の私は、本当に何の知恵も力もなかった。
誰からも愛されず、世の中から捨てられた人間だったんだよ。
ただ悔しいという感情だけが私を形作っていた。
そして私は、私の能力に気付いた。
目覚めたのかもしれないし、もしかしたら忘れていただけなのかもしれない。
相手の能力を奪い取る力……。
私を……私だけを愛してくれる者からしか奪えない悪魔の力。
そう、私が愛した者は全て消えてしまう。
だから私は鎧に身を包み、誰とも触れあえなくするしかなかった。
アイナは、私のアイナだけは……心から愛してくれた。私の心に応えてくれた」
オキエはアイナを放り投げる、まるでゴミでも捨てるように。
目の前に飛んできたアイナを俺はスライディングキャッチする。
「だから……、だからお前が嫌いだぁ」
オキエは身体を大きく反らした。そのパワーで島がグランと大きく揺れる。
「空気砲かっ!」
俺は反射的にポシェットを開け、最後の赤いカプセルを取ろうとする。
しかし、オキエはすぐさま空気砲を発射する。
「しまったっ!」
予想外に速く、予想外に強力な空気の圧。
ポシェットの中身が全部こぼれ落ち、吹き飛んでしまう。
オキエは最初から俺のポシェットを狙っていたのだ。
あれだけ自信過剰に振る舞いつつ、自分の弱点を理解していた。
暴風は一瞬で止んだ。
念のため、ポシェットの中身を確認する。
切り札だった赤いカプセルはもうない。
「やっぱり……地に足を着けて遊びたいわね……」
オキエはそう言って指をパチンと鳴らす。
すると先ほど描いた地面の円に沿うように光が走る。
広大な魔方陣が一瞬で描かれる。
「は、速いっ! 速すぎる!!」
アイナが感嘆の声をあげる。
通常は魔方陣を描く過程が見えるのだが、これはそれが分からない。
これまで見た魔方陣のいずれよりも巨大なサイズなのに。
周囲が魔法の光で覆われ、地面が盛り上がる。
「こ……これはっ!」
「鳥籠!?」
さっき俺たちを閉じ込めた鳥籠も巨大だったが、これはその比にならない。
そして、床の端から無数の鉄柱が斜めに伸びる。規則正しく交差していき、細かな網目を形作っていき、ドーム状となった。
これまでの鳥籠は鉄格子だったため、手を通すくらいの隙間があった。だがこれは指すら入らないほどに目が細かい。
鉄柱自体は針金のように細いが、“矛盾”の力で史上最強の強度を持つ。
先ほどのベルトを使った攻略すらできない究極の牢獄だ。
そして構築のスピード、巨大さ、そして繊細さ。どれをとってもオキエのパワーが果てしなく上がっていることを示している。
俺たちは逃げ場を失った。
武器も残り少ない。
パワー差は歴然。
どう攻めればいいんだ……。
オキエはすっと、宙から床に降り立った。
「ふぅ……、ここなら足を地に着けて戦えるわね……」
オキエの体中の筋肉が動き回る。
皮膚の下に何匹もの巨大な生き物がいっぺんに這いずり回るかのように。
それは恐ろしくもあり、不気味でもあった。
“矛盾”の力は、彼女のパワーを完全に受け止める。
あれだけの筋肉を動かして全く揺れない床。
つまりオキエが思いっきり暴れられる事を意味する。しかも逃げ場はない。
「ダメ、転移もできない。ここは完全な鳥籠。閉じ込められた」
アイナの嘆きが聞こえた。
それを合図にしたかのように、オキエはゆっくりとこちらに歩みを進める。
鳥籠の中には何もない。
土や岩すらないので、隠れることも奇襲することもままならない。
何か手は……。
「動かないで!」
アイナは銃を構えていた。
どこかに隠し持っていたのだろう、手のひらに入るような小さな護身用の銃だ。
ただ構えがどことなく、ぎこちない。
「……あんた、馬鹿?
そんな豆鉄砲、私に効くわけないでしょう?」
オキエは歩みを止め、撃ってみろと言わんばかりに豊かな胸を突き出した。
「何事も……やってみないと分からないってね」
アイナが引き金を引く。
パーンと甲高い音を出して弾丸が射出された。
弾丸は一直線にオキエの腹に。グシャという音と共に命中する。
そして広がる赤い液体。そう、あの赤いカプセルの液体だ。
苦痛に顔が歪むオキエ。
インナースーツに血がにじみ、広がりはじめる。
「やってくれたな……」
アイナは構えを解いて、ひと言。
「余裕見せすぎなのよ、あんた」
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