#36 彼女が世界を破壊する

 アイナの怪力で俺の鳥籠が、外側の鳥籠にぶつけられる。

「おい! 痛てぇよっ!」

「我慢してっ!」

 アイナは再び鳥籠を持ち上げて投げつける。

 最強の盾 対 最強の盾。

 これらをぶつけた時、どうなるか。

 “矛盾”ならぬ“盾盾”。答えは俺の目が回る、だった。

 鳥籠は互いにビクともしない。

「ちょ……ちょっと待て、アイナ!

 これじゃ俺の身が持たん。

 むやみやたらに投げつけるんじゃなくて、できるだけ水平に投げてくれ。

 それで激突の瞬間にジャンプするんだ」

「あ、なるほど。

 でも、そんなすぐに“矛盾”の強度が解けるのかな?」

「だからお前は投げたら早めにジャンプしろ。

 これだけの高さがあるんだ。それなりに時間は稼げるだろう」

「でも、マー君は?

 そんな狭い鳥籠じゃ時間は稼げないよ」

「大丈夫だ。任せろ」

 俺はズボンのベルトを抜いた。

 アイナの顔が赤くなる。

「な、何考えてんのよっ!」

「馬鹿! そもそも何もできんだろうが。

 こうやるんだよ」

 俺は鳥籠の上部にベルトを回し、右手一本でぶら下がる。

 ベルトから外した“矛盾”の剣は左手で握ったままだ。万が一にでもこれを手放す訳にいかない。

「なるほど!

 この状態なら、私もマー君も鳥籠に身体を付けない状態でぶつけることができるってことだね」

「おう! タイミングが問題だからな。頼むぞ!」

 アイナは格子部分を片手で持って鳥籠をヒョイと持ち上げる。

 そして両手を添え、細い腰を水平に限界までひねった。

「わかった。1、2、3で投げるからね。

 いくよ! ……1、2、3っ!」

 ブンと音を立てて鳥籠が飛び出していく。恐ろしいほどの加速で、俺はバランスを崩しそうになる。

 アイナは余裕を持って飛び上がった。広い鳥籠の頂点に一度ぶら下がり、勢いを殺してから手を離す。できるだけ空気抵抗が増えるように大の字になり落下しはじめた。

 アイナの付けた加速は予想以上に激しく、俺は身体が鳥籠に触れないように注意を払う。

 そして、鳥籠同士が大きな音を立てて激突した。

 強い衝撃と共に手を離した。ベルトがちぎれると、それはそれで大変だ。

「マー君、大丈夫?」

 アイナが駆け寄ってくる。

「ああ……、何とか……な」

 最強でなくなった“盾”と“盾”は、アイナのパワーの前では無力と言って良かった。

 しかし、これは予想外だった。

「マー君、ごめん……。鳥籠と鳥籠が絡み合って、外れないよ」

 今、鳥籠は巨大な知恵の輪と化した。

 再び俺たちのパワーを取り込んだ鳥籠は、複雑に絡み合って外れそうにない。

「くそっ!」

「ちょっと待って、マー君。何とかしてみるから」

 アイナが色々と試すが事態は変わらない。

 オキバはフェイクのパワーを順調に吸い取りつつある。

 早くしないと取り返しのつかないことになる。

 冷静になれ、冷静になるんだ。

 とりあえず、戻せるだけ元に戻そう。

 まずはズボンだ。俺はジャンプしてベルトに手を伸ばす。

「あ……」

 ベルトを掴み損なった俺は尻餅をつく。

「あ、はははは……。分かった。

 なんだ、簡単なことじゃないか」

「どうしたの?」

「ちょっと離れてろ、アイナ」

「うん……」

 俺は“矛盾”の剣を抜いて、ベルトにぶら下がる。

 アイナの手も離れているから今、俺の鳥籠は単なる鉄の塊だ。

 つまり“矛盾”の剣の前では紙みたいな物だ。

 スパッ!

 一振りで俺の鳥籠は、上下に分断された。

「何でこんな簡単な方法に気付かなかったんだ……」

「すごい、何やったの?」

 俺の鳥籠を排除しながら、アイナが問いかける。

「詳しくは後で。それより……」

 ズボンのベルトを締めながら俺が答える。

 俺の鳥籠を取り除くと、そこは充分に出入りができるスペースが空いていた。

 が、時すでに遅し。

 オキエはフェイクのパワー吸収を終えようとしているところだった。

 鋼のようだったフェイクの身体はすっかり萎み、今や存在そのものが消えようとしている。

 対するオキエの身体は筋肉で膨れあがっていた。

 かつてのフェイクの身体を超えるほどに。

 足元には引きちぎられたような鎧の破片が散乱し、伸縮性のインナースーツは原形を留めないほどに引き裂かれている。

 カラン……。

 フェイクの胸当てが落下した。

 たった今、オキエはフェイクの全てを吸収した。

「……!」

 そこにいるのは、まさしく怪物であった。

 あれだけ激しかった振動と音が止み、辺りは静寂が支配していた。

 むしろ世界の全てが“彼女”に脅えているようですらある。

 オキエはゆっくりと手のひらを開く。そしてジッ……と見つめている。

 何もしないその姿が恐ろしかった。

 ガン!

 突然、俺の背中に鳥籠が当たる。

 違う! 無意識に後ずさりをしていたのだ。

 これだけの距離がありつつも、押しつぶされるようなプレッシャー。フェイクとは比較にならない恐怖を感じる。

 オキエは手を見つめたまま、笑みを浮かべた。

 俺の背中を嫌な汗が流れ、止まらない……が。

「うおおぉぉぉ!」

 俺は声を張り上げ駆けだした。声を出すのは自分を鼓舞するためだ。

 アイナが後に続く。

 オキエは開いていた自分の手を軽く閉じた。

 グラッ……。

 たったそれだけの動作で大地が揺れた。

「強く……なりすぎてしまったようね……」

 本人はつぶやいただけだが、周りの小石が踊りまくる。

 俺たちは足を止めた。

 いや、恐ろしくて近づけなかったのだ。

「ああ……失われた記憶さえ戻ってくる……。

 なるほど……オキバ……、あなたはやはりすごい人だったのね。

 くすっ。でもその能力は全て私の物」

 オキエの身体をなぞるように細い糸が伸びていく。

 縦横に走るそれは複雑に、規則正しく交わり、布と化していった。

 繊細で、大胆なその術はビリビリに破けたインナースーツをたちまち修復していった。

 巨大になった身体に合わせて。

「この身体なら鎧は不要……

 ふふっ……、不思議なものね。

 最強の肉体を得たというのに、こんな薄い布きれがないだけで不安になる。

 ……私もまだ、人なのかもね」

 オキエはゆっくりとこちらに身体を向け、人差し指をクイッ、クイッと曲げた。

 たったそれだけの動作でも地面が揺れる。

 もはや、彼女のパワーに世界が耐えきれないかのように。

 そして腰に腕を当て、胸を張った。

 豊満な胸と、逞しすぎる身体が露わになる。

 エーコの外見で、中身はアイナ。

 ある意味、目の前にいるのは俺の理想像のはずだ。

 しかし何事も度を過ぎると話にならない。

 今のオキエはそれを体現している。

 巨乳に憧れる筋肉フェチにとっても、あれは理想とはかけ離れているだろう。

「理想と現実は違うって事か……」

 ふいに考えてることが口に出てしまった。

 アイナが驚いた顔でこちらに振り向く。

「えっ! 私、口に出してた?」

 俺は思わず吹き出す。

「何も言ってねーよ」

 少し、恐怖感が薄れた。それはそばにアイナがいたからだと、後になって俺は理解する事になる。

 とにかく、今のオキエは生きているだけで世界を破壊しかねない存在。

 破壊した所で、スフィアから補充すれば良いと思っているので、罪悪感すらない。

 言わば“創造神”の能力を持ちながら本質は“悪魔”、それが目の前の存在だ。

 やさしいが、威圧感のある声で悪魔が挑発する。

「どうしたの? 好きにしていいわよ、3分だけ」

「くそっ!」

 俺は再度走り出す。

 なめられていることは悔しいが、それだけの力の差は確実にある。

 近づくとオキエの身長がかなり大きくなっていることに気付く。

 元々、アイナと同じくらいの背丈だったが、今や俺よりも大きく、巨人族に匹敵するほどだ。

 筋肉同士が場所を争っているように盛り上がっている。

 よもや“生ける要塞”だ。

 俺は渾身の一撃をお見舞いする。

 山をも崩す俺のパワーは、しなやかで巨大な筋肉の塊に吸収され、そして弾き返される。

 アイナのキックも同様だ。

 身体を動かさずとも、盛り上がる筋肉だけで俺たちを圧倒していた。

 まさしく桁違いのパワー。

 これだけ攻撃を加えても身体はおろか、インナースーツにすらダメージを与えられない。

 しまいには横を向いて生あくびまで出る始末、つまりこちらを意識する必要すらないのだ。

 まさしく鉄壁。

 それでいてこちらが攻撃の手を緩めると、オキエはそれを許さなかった。

 赤いカプセルを手に取るヒマもない。

「ねえ、何やってるの?

 これじゃあ、こっちも張り合いがないわ」

 オキエは気まぐれで大胸筋を動かす。

 大きな胸がゆさっと揺れ、続いて大地が大きく震えた。

 クスリと笑うオキエ。

「くそっ!」

 俺とアイナは挟み込んで、同じ場所に攻撃を始めた。

 前後に挟み込む攻撃は力の逃げ場がなくなり、身体の内部に大きなダメージを与えるはずだ。

 どんどんスピードをあげて。

 が、全くダメージがない。

 アイナが見せた、アゴをかすめて脳しんとうを狙うパンチも全く効果がない。

 そもそも俺たちは、デタラメと言われるほどのパワーを持っている。

 トン単位の力を軽く出せる俺たちにとってオキエの体重など微々たるもので、通常なら遠くに吹っ飛ぶはずだ。

 だが、そうならない。

 オキエは何か別の事を考えている様でもあるが、全く問題ない。

 しばらくして、小さく「これだけか……」と呟いた。

 まるで俺たちの存在などないかのように、肩をコキ、コキっと鳴らす。

 そして高速に動く俺たちの腕を簡単に掴んでしまう。

 その力は凄まじい。俺とアイナは激痛に声をあげる。

 オキエはゴミでも捨てるように、俺たちを放り出した。

「あら、ごめんなさい。

 そっと掴んだつもりだったんだけど。

 でも、そろそろ飽きたかな……」

 オキエは身体を反らし、息を吸い始めた。

 空気砲の発射準備だ。

 俺は赤いカプセルを取り出そうと、腰のポシェットに手を伸ばそうとした。

 あの空気を吸い込む勢いなら、カプセルを簡単に吸い込んでしまうはずだ。

 が、手が届いた瞬間、オキエは空気砲の充填を完了し、発射体勢に入った。

「なにぃ、たったそれだけの時間で!」

 俺はカプセルを諦めて、防御の姿勢を取る。

 と、同時に目の前に一気に砂埃が舞い上がり、いくつもの大岩が礫のように飛んでくる。

 それどころか、俺たち自身が風圧に耐えられない。

「きゃあっ!」

 アイナの身体が舞い上がる。俺はアイナの身体に飛びついて左手で抱え込んだ。

 だが、ふたりとも吹き飛ばされそう。

 俺は地面を殴り、食い込ませ、腕を杭にして猛風に耐える。

 わずか数秒のできごとだった。

 風が止むと周りの風景は一変していた。

 地面は大きく風圧で削り取られ、無数にあった大岩は一掃されている。

 そして地面に刺した俺の腕は数メートルの溝を刻んでいた。

 オキエの空気砲で押しやられたのだ。

 そして後ろを見ると、先ほどまであった崖が吹き飛んでいる。

 その先には海と、ケンジさんたちがいる街が遠くに見える。

「じゃあ、今度はこっちの番ね」

 オキエがゆっくりと歩き出す。

 それだけで島は大きく振動をはじめる。

 後ろの木々は揺れ、激しい数の実が落ちる。

 更地となった大地が再び大きくひび割れる。

 そしてついに島の一部が崩れ、沈みはじめた。

 もはや、彼女のパワーに世界が耐えられないかのように。



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