第39夜  適度な感じで……。

 ーー闇喰い騒動から翌日。


 楓は和室に降りてきた。


「あ、楓ちゃん……葉霧くんは? 起きた?」


 蒼月寺では……朝食の支度がテーブルに並べてある。


 あれからーー葉霧は帰ってきて眠りについた。一度も目を覚ますことなく。


「熱……下がんねぇから氷……。」


 楓はプラスチック製の桶を優梨に差し出す。


「お菊の薬は?」


 縁側にはーー紅い着物を着たおかっぱ頭の少女がいる。嘆声し娘ててなしこと、呼ばれる親を亡くし彷徨う魂が、あやかしとなった……少女だ。


 姿からすると五~六歳の幼い子供。


「効かねぇ、それにーーごめんな。」


 楓はお菊の後ろに座るとぽんっ。


 その頭に手を乗せた。


「一つ……あげちまった、狐のおっさんに。」


 楓が言うとお菊は黒い瞳を大きく揺らした。にっこりと笑う。


「葉霧……良くなる?」

「ああ、大丈夫だ。」


 お菊はとても葉霧に懐いている。


「はい、楓ちゃん。」


 氷とタオルを添えた桶を手に優梨は……台所から出てきた。楓は……お菊から目を向けた。


 夏芽ーーは、新聞から目を離す。


「楓ちゃんが……看病してくれてれば治るだろ。」


 優梨から水と氷が、入った桶を受け取った。


「だと……いいんだけどな。」


 少しはにかみつつ手にすると優梨に顔をあげた。


「ありがと。」


 楓が直ぐに和室を出ようとすると……鎮音が声をかける。


「メシは?」


 そう……声を掛けた。


「ん? あー……あとでいいや、葉霧と一緒に食うよ」


 そう笑うと和室を出て行った。


「昨日の……夕飯から何も食べてないのに……。」


 優梨は……少し心配そうな顔をしていた。


 楓も葉霧も……夕飯を食べてからそのままだ。




 楓は……葉霧の部屋に向かった。


 カーテンは閉めたままにしている。眠りにつき……体力回復をする葉霧を休ませたいからだ。


 あれから……高熱を出し葉霧は寝ている。


 楓はベッド脇のサイドボードに桶を置く。


 ジャラ……


 氷水でタオルを塗らし絞る。

 ぎゅっ……と。


 額に乗せてあるタオルを取ると交換した。


 そっと……乗せる。


 赤みがかった茶髪……。

 その前髪を指で退けた。


 綺麗な寝顔だが……やはりとても苦しそうだ。呼吸も……少し強い。


 ベッドの脇においてある椅子に腰掛けると

 眠る葉霧の横顔を見つめた。


(………葉霧………。)


 羽毛布団を肩までしっかりと掛けた葉霧の傍で楓はそっとその頬に手を伸ばす。


 指でなぞる。

 滑らかなその頬を……。


「葉霧………ずっと言ってなかった………。」


 楓は葉霧の頬をなぞりながら囁く。

 その横顔を……見つめながら。


「好きだ……だから早く……目を開けてほしい……。」


 振り絞る様な声……だった。




 ✢



 数日後ーー。



 螢火商店街は賑わいを見せていた。


 今日は……朝からお祭りの様に出店が並び

 通りは華やかに……屋台が彩る。


 今は……すっかり陽も落ちて電線に吊り下げられた提灯が彩りを添えている。


 オレンジとピンクと……黄色。

 様々な提灯の灯りが商店街を染めていた。


「あ、楓~。」


 髪を結い……ピンクの浴衣姿で手を振るのは【亜里砂】だ。出店の前でにこやかな顔をしている。


「葉霧くん…もういいの?」

「ああ……だいぶ。」


 葉霧はちょっと…ド派手なピンクのリップをつけた、その唇で言われたので目がいってしまった。


 余りにも鮮やかな色合いで白い肌に強調して見えたのだ。


「お前……会う度にみてーなメイクになってんな」


 楓が顔を近づけながらそう言うのを

 葉霧は隣で苦笑いしていた。


(よく……言えるな。)


 と、感心する。


 何しろ……本日の亜里砂は気合が入ってるのか睫毛も盛っている。それにアイシャドウだ。


 ばっちりと塗り……色もピンク系食で可愛らしいのだが、とにかく濃く塗りすぎている。


 頬もチークが濃い。

 まるで……りんごの様に紅く染まる。


「なによ失礼ね、年中すっぴんのあんたに言われたくないわよ、手入れとかしてんの?」

「いらねーよそんなの、オレは鬼だ。」


 ふんっ。


 楓は起き上がると顔をそっぽむけた。

 葉霧と楓も浴衣姿だ。


 葉霧は藍色の……無地の浴衣姿だ。長身ですらっと伸びたその体躯にとてもよく似合っている。


 隣にいる楓は……少し黄色掛かった白の浴衣。ピンクの桜模様。


 桜の華が大きめに幾つも散らばる。


 季節はちょっとズレているが……葉霧が選んだ。


「あの~……たこやき下さい。」


 そこに若い男女が……亜里砂に声を掛けたのだ。


「あ、は~い。」


 亜里砂は直ぐに屋台の中に戻ってゆく。


 それを横目に楓と葉霧は下駄を鳴らし歩く。


「お祭りなんて……はじめてだ。」


 楓は鎮音が用意した一重梅色の巾着袋。

 明るい紅のはいったピンクだ。


 その巾着袋を振りながら歩く。


「そうなのか?」

「うん、食い物いっぱいだな。」


 目が既に屋台に向いている。


「何食べたい?」

「焼き鳥!」


 葉霧の声に即答だ。

 焼き鳥の屋台を見つけると葉霧の腕を掴み引っ張る。


 今日の……お祭りは理由がある。



 ✣


【白狐神社】


 社の中では………白く大きな狐が眠りについている。


 す~す~…


 寝息をたてているのかその身体は上下に動く。


 社の前の階段。黒のトレンチコートを着た榊が座っていた。


 ここまで……賑やかな声は聴こえてくる。



 今日の……お祭りはこの街の商店街が出来た日を祝うものだ。


「榊……ウマそうだな。」


 眼だけ開く。

 黒い紋字の飾るその右眼が。


「召し上がりますか? たこ焼き。」


 榊はたこ焼きの入ったパックを釈離に見せた。


 あれから……妖狐の釈離も身体の回復に時間は掛かったが、こうして生きている。


 街は……いつもの通りあやかし達と人間が混在して賑わう。


 その中に……棲み着いた鬼娘ーー楓と

 退魔師の玖硫 葉霧。


 今は……穏やかな夜を過ごしていた。



「葉霧! 次アレな! イカ焼きとやきそば!」

「適度な感じで………」




 














 










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楓と葉霧のあやかし事件帖1〜そろそろ冥府へ逝ったらどうだ?〜 高見 燈 @Tikuno5806

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