第38夜  釈離

 ーー鴉のあやかし榊と出会い……葉霧が

 蒼月寺に帰宅すると……そこには見知った顔の狸の次郎吉。


 そして……猿の亜里砂。占い師のあやかし燕爺。三人もーー待っていた。




 ーー十九時。


 蒼月寺に……鴉の榊が迎えに来ると

 物々しい御一行は……出発の時を迎えた。


「気をつけてね。」


 寺の嫁であり……葉霧の義姉ーー優梨。

 繊細で優しく……何から何まで世話を焼いてくれる、本当に姉の様な存在だ。


「わかってる。」


 葉霧はーー心配そうに見送る優梨にそう笑いかけた。


「楓ちゃんも! 無理しないで、ね?」


 優梨は楓の肩に手を乗せた。


「ああ。」


 大凡の話の流れからーー想像はついた。


 楓も葉霧も……。

 そしてーーこの寺の住人たちも。


「これ、さっき……お菊ちゃんが渡してくれって。」


 葉霧に……赤い巾着袋を渡したのは

 葉霧の兄……夏芽。


 異母兄弟ではあるが……歳も離れているし

 喧嘩と言う喧嘩をした事のない兄弟。


 いつも……葉霧の味方であった心強い兄だ。


「お菊は?」


 葉霧は、巾着袋を受け取ると……見送りに出て来ない

 お菊ーー嘆声し娘ててなしこのあやかしを探した。


 いつも居る……庭にも縁側にもいない。


「寝ちゃったんだ、話を聞いてるうちに。」


 夏芽はそう言った。


 ぎゅっ。


 夏芽は葉霧の巾着袋を掴む手を握った。

 すると……楓の手も取った。


 二つの手を重ねて握る。


「帰って来るんだ、必ず二人で……何があっても。」


 夏芽は……温厚だ。

 葉霧も怒った所を見た事がない。


 五歳上の……兄は本当に優しい人だ。

❨因みに……二十一です。彼は。優梨も同い年です❩


「わかった。」


 答えたのは楓だがーー葉霧も頷く。


「アッシも付いてくです!」


 浮雲番フンバは、足元でぴょんぴょんと、跳ねている。


 もぐらなのに……日当たりが好きでいつも縁側で昼寝している。


 最近……鯉の餌やりを覚えた奇妙なペット化したあやかしだ。


 葉霧はしゃがむ。

 浮雲番の前に。


 浮雲番はーーぴたっ。と、跳ねるのをやめた。


「浮雲番、お前はここにいろ……お菊を頼む。」


 葉霧はそう言うと立ち上がった。


「へ………へい……。」


 少しーーしゅん。としてしまった。

 とても残念そうだ。


「葉霧、楓、ヌシを頼むよ」


 鎮音はーー葉霧と楓を見るとそう言った。

 その目は……:強い。


 心配していない訳ではない。

 だがーー二人はした。


 それを知ってるからこそ……見送る。


 二人はーー強く頷いた。

 その胸元ではそれぞれの“蒼紅の勾玉”が、煌めく。



 こうして……葉霧と楓は道案内にあやかし達を引き連れ、蒼月寺を出たのだ。


 妖狐釈離に……会う為に。



 ✢


【螢火商店街】


 夜の商店街は……雰囲気が違う。

 昼間ーー営業してない飲み屋が始まるからだ。


 赤提灯がぶらぶらと揺れたり……ちょっと怪しげな看板に灯りがつき綺羅びやかな通りになる。


 平日の夜……。

 飲み屋から楽しそうな笑い声が響く。


 飲み屋は店外での営業をしてないから……そこまで賑やかな通りでは無いが……それでも昼間とはまた違った活気に包まれる。


 商店街は中程から……奥の方に入って行くに連れてあやかし達の店が多くなる。


 だからか……この御一行に向ける眼差しは何処か心配そうであり……不安そうだ。


 お店から出ては来ないが……視線だけは向けていた。


「みんな……心配してるんだ。」


 次郎吉はそう言った。


 楓と葉霧はーー答えなかったが……ただ心配そうなその眼差しだけは、受け止めていた。


 商店街の最後尾。


 その辺りまで、来ると榊は路地に入った。


 楓達もついて行く。この先は、昔……山であったが今は住宅地になっている。


 古くからある家ばかりが並んでいる。この辺りの住宅地には……あやかしばかりが棲んでいる。


 裏路地……と言われる道で狭く細いが暖かな灯りが照らしている。


 そのまま……歩いて行くとは現れる。


 神社だ。


 大きな鳥居が迎える。

 朱色の鳥居と石柱。


「こんなとこ……知らねぇ……。」


 楓は商店街マニアだ。

 裏路地もたまに入ったりする。


 だが……この神社は見た事がない。


「隠してるつもりは無いのですが……それなりに……はさせて貰ってます。」


 榊ーーが、そう言うと葉霧は神社の中を見据えた。


「何かは弱っているが……がいるな。」


 葉霧にはーー奥の社殿から何かが、蠢き……覆っているのが感じられた。


「貴方たちはここで。」


 榊ーーは、次郎吉、亜里砂、燕。を、見ると制した。ここからは、入るな。と。言わんばかりで。



【白狐神社】


 石柱にはそう印されていた。


(……そのままだな、隠す意味があるのか?)


 葉霧は、境内に進みながらそう思う。


 ひっそりと……静まり返ってはいるものの

 禍々しい空気は漂っている。


「葉霧……は。」


 楓はーー社殿の中を見据えていた。


「ああ、だな。」


 葉霧がそう言った時だった。



 堅く……閉ざされていた社殿の戸がぶち破れられた。



 バキッ………


 戸ごと……社殿の白い壁までも突き破って現れた。


 そこから……飛び出して来たのは大きな白い狐。


 尾は……九尾。


 苦しそうな顔をしてはいるものの……その眼は獰猛。黒い縦菱形の瞳が……二人に向けられる。


 ギロッ……と。


 楓は呻く様な声をあげながら……目の前に立ちはだかる。神々しい……妖狐を前にーー夜叉丸を抜く。


 紅い眼がギロリ……光った時だ。

 口から……炎を吐いたのだ。


「!!」


 楓は咄嗟に葉霧を掴み炎の渦から避けた。

 地面に倒れ込む。


 ゴォォォっ!!


 楓と葉霧のいた所に紅い炎の渦が放たれ……境内の木を燃やす。


 グルルルル……


 紅い炎がまるで吐く息の様に……口元に漂う。釈離ーーは、楓と葉霧を睨むと飛びかかってきた。


「くそ……」


 楓は直ぐに立ち上がり夜叉丸を握ると、釈離に斬りかかろうとした。


 ガンッ!!


 楓の身体は吹っ飛んだ。釈離の……前足は楓の身体を弾き飛ばしたのだ。


「楓!」


 葉霧は自分の前を吹っ飛ばされる楓を、目前に……向かってくる釈離に視線を向けた。


 カッ!!


 葉霧の右手から白い光が放たれる。


 釈離の身体を吹き飛ばす程の炎の様な波動。


 ギャーッ!!


 響き渡る苦しそうな悲鳴をあげて……釈離の身体は、身を捻りながら社殿まで飛ばされた。


 社殿は釈離の身体を受け止めるかの様に……崩れてゆく……。


 楓は口元から垂れる血を拭き取り地面に足をつけていた。


(クソ力だな。)


 弾かれた身体はビリビリと痺れていた。


「大丈夫か?」

「ああ、それより……」


 グラッ……と、屋根の潰された社殿から起き上がる釈離に、楓は視線を向ける。


 黒い影に……身体は覆われていた。うようよと……蠢く影は妖狐としての偉大な白い身体を覆っていた。


「闇喰いにやられてんのか……。」


 楓の刀を握る手に力がこめられる。


「ここ……数日でかなり蝕まれてます、錯乱しているのか……余り話もされません。」


 榊はーー楓と葉霧の後方にいた。


「取り込まれそうになっているのを耐えているのだと……思います。」


 榊は強く……楓と葉霧を見据えていた。


 楓は呻き声をあげながら社殿の前に降り立つ白い身体を見据える。


 黒い影に覆われた身体でもーーその圧倒的な風格は、損なわれていない。


 紅い炎を口に煙の様に吐きながら妖狐……釈離の身体は、葉霧と楓に突進してくる。


 葉霧は楓の前に立ちはだかる。


「葉霧?」

「下がってて。」


 葉霧には見えていた。

 釈離が……炎を吐くのを。


 葉霧は右手を向けるとーー釈離の紅い炎の渦めがけ、白い光の壁を放ったのだ。


 カッ!!


 紅い炎の渦と葉霧の前を丸い壁の様に覆う白い光。火炎放射の様な紅い炎と白い光の壁は直撃した。


(………すげぇんだけど………。)


 楓は閃光と爆風の中で葉霧の背中を見つめていた。


 “護られる”事を……始めて知った。


 炎は壁に打ち消され釈離の口から……黒いヘドロの様な液体が……床に吐かれた。


 ぶち撒けられる。


 ふぅ………


 葉霧は……息を吐く。


「コロせ………。」


 釈離のーー眼は楓と葉霧に向けられる。

 その低い声も……。


 葉霧は楓の前に立ったままだった。

 まるでーー護る様に。


「最早………巣食われている……。」


 釈離の言葉は嘘では無い様子であった。


白い毛をした身体を覆っていた黒い影は……どんどん濃くなっていき……背中にまるで覆い被さるかの様に、伸し掛かっていた。


「やれるだけ……やるつもりではいる。」


 葉霧は釈離の紅い眼を見据えるとそう言った。


(……強大だ、今までのよりも……遥かに……これが……闇喰いの力か……俺に何処まで出来るかわからないが……)


 葉霧はスッ……と、釈離に右手を向けた。掌を開き睨みつけるその顔に照準を当てる。


「楓……急所は右眼だ、黒い紋字の描かれた……右眼だ。」


 葉霧は楓にそう言った。

 楓は葉霧の隣に立った。


「俺の力で……闇喰いを消せなかったら……。」


 葉霧がそう言うと楓は頷く。


 榊ーーは、心配そうな目を向けていた。二人の会話は聞こえている。



 紅い炎を火の玉の様に放ちながら……釈離は向かってくる。


 カッ!カッ!


 紅い炎の弾丸は……楓と葉霧に向かい放たれ、二人はそれぞれ避ける。


 楓は飛び上がりひらりと躱し、刀を握り向かってくる釈離に飛びかかる。


 葉霧は炎の弾丸を白い光の炎で撃ち落としていた。対峙すると……紅い炎の弾丸は弾き飛んだ。


(コイツの身体を弱らせねぇと!)


 楓にはーー不安がある。今は……何て事無しに力を使っている葉霧だがーー


 負荷が掛かる。


 だから……一刻でも早く勝負をつけたい。


 失いたくない。

 もう二度と………。


 刀ーーは、向かって来る釈離の前に振り下ろされる。


 ズバッ!!


 と……切り裂いたのは開かれた口。

 上から斬りつけた。


 噴き飛ぶ黒い血の飛沫。釈離の牙を剥く口の上を斬りつけそのまま身体を捻る。


 左の前足が飛んできたからだ。

 前足の付け根に刀を切り払う。


「コロせ………コロせ……。」


 葉霧には聴こえていた。


 もうずっと……釈離は訴えかけている。


(自我を保っている……“一角兎“とは違うようだ、何と言う精神力の強さ……コレがとも呼ばれる妖狐……。)


 葉霧は楓が釈離からの攻撃を避けつつ、その身体を斬りつけているのをーー見据えていた。


 釈離は斬りつけられ黒い血を流し……徐々に奪われてゆく。その体力の中で……訴え続けていた。


「このままでは……私は闇に喰われる、コロせ……。」


 たんっ!


 楓は地面に着地した。


 刀をぶんっ! と、振り下ろす。刃についた……釈離の黒い血が飛ぶ。


だろ? お前の事……“待ってる”奴らいるぞ?」


 楓がーーそう言うと釈離の口からは


 カッ!!


 紅い炎の火の玉が放たれた。


 だが、それは楓に向けられたものではなくその横を通り過ぎた。


 ゴォォッ………燃えたのは境内にある石籠。炎に包まれ焼かれる。


「その精神力があれば……何とかなるかもしれない。」


 葉霧は楓の隣に立つと傷つき血を流し……それでもまだ、フラつくことなく堂々と立つ釈離を見据える。


「お主ら………」


 釈離は頭を擡げた。


にはなんねぇけど……共存はアリだ。」


 楓は真っ直ぐと……釈離を見据える。


 ブワッ!!


 釈離の全身が紅く………炎に包まれる。それは辺りに風を巻き起こすほどだった。


 釈離のーー紅い眼は楓と葉霧を真っ直ぐと見据えている。


 楓は刀を握るが……葉霧は肩に手を置いた。それを見上げる……蒼い眼。


「大丈夫だ、彼は……としている。」


 葉霧は楓から一歩前に進む。


 右手を翳し……紅い炎に包まれる釈離に向ける。


 カッ!!


 葉霧が放つ白い光。それは紅い炎の上をまるで包む様に炎になって放たれた。


 釈離の苦しそうな声は響く……。


 榊は目の前で起きてる事を……一寸も目を離さず見据えていた。


 紅い炎と白い炎に包まれた釈離の身体から……それまで覆っていた黒い影は


 ズズズ…………


 と、這い上がる様に増大する。まるで……起き上がるかの様に釈離の身体の上に乗っかった。


(……闇喰いが……妖狐から出てきた……)


 楓は白い光を放つ葉霧の傍でその様子を見守る。


 手は出せないーー。

 これはーー退魔師の役割。


 闇を滅ぼせるのは………葉霧だけだ。


 だが……楓は葉霧の翳す右手を掴む。

 その腕を。


「楓……。」

「支えてやることしかできねぇ、でも………させてくれ」


 葉霧は一瞬だけ……柔らかな笑みを零したが、苦しむ釈離に目を向けた。


 白い光は膨張する。


 炎の様な光が黒い影を覆った。


 それは一段と大きな白い光の炎に包まれた。


 黒い影は蠢き……ぐるぐると渦を巻き……


 弾け飛ぶ。


 パンッ!!


 神社を眩い光が包む。

 白い光が覆った。


 やがて………静けさが訪れる。


 釈離のーー身体は地面に倒れ込んだ。黒い影も……紅い炎も……そして白い光も……消えていた。


「釈離様!!」


 榊はーー駆け出した。


 辺りは暗い夜の神社になっていた。


 ぐらっ……


 葉霧がよろめく。


 楓はそれを支えた。


「葉霧!」


 倒れ込みそうな身体を支える。

 葉霧はくすっと……微笑むと


「帰ったら……して……。」


 そう囁いた。


「な……なに言ってんだ! バカっ!!」


 楓の顔は真っ赤になっていた。


 釈離ーーが倒れ込んだ傍で榊は安堵の息を吐く。


 立ち上がると楓と葉霧の方を向いた。


「助かりました……、ありがとう。」


 頭を軽く下げた。


 楓と葉霧は榊を見据えた。


「突然……闇喰いに襲われた釈離様はずっと……この社で耐えていました、最早……貴方たちしか思い浮かばなかった……」


 榊はーー静かにそう言った。


「闇喰いが現れてんのはわかってたんだ。」


 楓がそう言うと……榊は息を吐く。


「釈離様の身体を蝕む程の闇……となるとこの辺りの闇喰いが、押し寄せてきたのでしょう、少し前ーー妙な“気配”が、この街を覆ったのはわかってます。」


 榊は楓と葉霧を見据え……静かに語る。葉霧は楓に支えられながらも……その顔をあげて榊を強く見つめる。 


「そいつらが……コイツに取り憑いたのか……。」

「恐らくは。」


 榊は……空を見上げた。


 星の出る晴れた夜空だ。

 雲ひとつない。


 そのまま……視線を楓と葉霧に向けた。


「妖狐は……神獣とも言われる程のあやかしです、取り込むのにもそれなりの力がいる……集まったのでしょう。」


(……学園の巣か……、そこから出てきた闇喰いが……この妖狐を襲ったのか……。)


 葉霧は疲労している身体を感じつつもそう思う。


 何が起きているのかは把握したい。


 でなければ………“喪う”からだ。


 大切な人たちを。

 螢火の皇子や蒼月の姫のように…………。


「釈離様の回復を待ち……今後を話ます。」

「あ?」


 楓は怪訝そうに聞き返す。


「協力しますよ。」


 榊はそう言った。


「………それは……ビックリだ。」


 葉霧はそう言うと目を閉じた。


 がくっ………と、いきなり重くなった葉霧の身体。楓はその背中を……腕を支えていたから驚いた。


「葉霧!?」


 しっかりと支える。


「随分としましたね、玖硫の倅も。」


 榊はフッ……と、柔らかく笑った。


「は? うるせぇよ。」

「貴方は変わらない。」


 カチン……と、きたのか楓は榊を睨みつけた。


「うるせぇ! 酒とメシ代よこせ!」


 覆っていた……闇は晴れた。

 それは……静けさを呼んだ。



































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