第33話 勝てるわけないゾっ

 女戦士武闘会イヴコロッセオ

 総勢8名の女戦士たちが戦うトーナメント戦。勝ち抜きで3人を負かせば優勝だ。


 その一回戦。

 円形のステージに残されたのはシルルと、拷問官トウメンタードエス。


「制限時間はない。どちらかが『参った』を宣言するか、死ぬかするまで戦いは続く」

 右肩に乗る勇者様の生首は神妙に眉根を寄せた。

「シルルさん……」


 シルルは鉄槌矛メイスをたぐり寄せるように抱く。険しい表情で相手をにらむ。


 対して、拷問官トウメンタードエスは、映画でよく見る軍人って感じ。肌は黒人のそれで、短い縮れ髪を編み込んでいる。こめかみには縫い傷の跡。レンジャーコートをはためかせ、シルルの華奢な成りを嗤笑していた。


 ラーニアが手を振り下ろす。

「では、一回戦。始めッ!」


 ウォォォォォオオオッ!

 観客席から発せられる熱の籠った雄叫び。ほとんど地響きだ。


 戦闘開始の合図とともに、シルルは後ろに飛んだ。


 敵と距離を取った上で、詠唱を始める。

「光の加護よ、矢となりて悪を射貫けッ。『虹の大矢レインボーアロー』ッ!」


 虹色の弓矢が具現化された。流れるようにシルルは矢を放つ。


「よっし、先手必勝っ」

 僕は思わずガッツポーズする。

 しかし、甘かった。


「そうかい、お嬢ちゃんは魔法タイプかい」

 拷問官トウメンタードエスは避けもせず、その場に立っている。


 僕は目を疑った。

 虹色の矢を素手で受け止めたのだ。

「残念だったねぇ。何の芸も工夫もない速攻なんて、敵に手の内を明かすのと同義さ」

 ドエスは矢の柄をボキッと握り折った。いとも簡単に。

 虹色の燐光が空気中に霧散していく。


「そ、そんな……」

 面食らったシルルは後ずさり。


 虹の大矢レインボーアローはヒーラーのシルルが唯一使える攻撃魔法だ。それが効かないとなれば、どうやって勝てばいいのだ。


「あたしゃねぇ、西の国の雇われ拷問官トウメンターさ。老若男女、いろいろな謀反者を拷問してきた。皆、あたしの前では正直になる。なぜかわかるかい」


 ドエスはレンジャーコートの内側から鞭を取り出した。


「相手をすぐに殺さないからさ。死ねないってのは、とても辛いことなんだよ」

 太く、長い革の鞭だ。ビュンッと空気を斬る。大剣を振り下ろしたときのような、鋭く重い音。

 あんなので打たれたら、人間の皮膚など一発で剥がれ飛ぶだろう。


「くっ……」

 シルルは鉄槌矛メイスをかまえる。迎え撃つ気か。


 ドエスはにたりと悪魔のような笑みを浮かべて。

「安心しな、あなたが死ぬことはないから。ただし、死ぬよりも100倍辛い地獄を見ることになるけどねッ!」


 ビュインッ!

 鞭を放つ。意思を持った大蛇のように、鞭は素早くシルルの足元を打った。

 寸でのところでサイドステップ。なんとかかわす、が。


「嘘だろ……」

 鞭の殴打はステージを破壊した! 砕ける石床、舞い上がる土煙。床の下の地面があらわになる。


「ほらほら、どんどんいくよぉッ!」

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!


 ドエスは鞭の連撃を繰り出す。そのすべてがシルルのいた足もとを殴打。敷き詰めている石畳をはじき飛ばした。


 ウォォォォォォオオオオ!

 早く血を流せと言わんばかりの歓声。


「はぁ……はぁ……」

 なんとかすべての鞭を回避したシルル。しかし、避けるのが精一杯で反撃などとてもできそうにない。


「準備運動はこれくらいにしとこうか、お嬢ちゃん」

 気づくと、ステージはボコボコ。穴だらけだ。粉塵と土ぼこりが舞い上がる。

 一回戦から会場壊しまくりって大丈夫なのか。


「うふふ、あたしのショーは、ここからが本番」

 ドエスは指をパチンと鳴らす。そして流暢に詠唱をはじめた。


「手足ある者は土の祝福を知らないでいるッ! 土の香りに気づくのはいつも優しい花たちさ、『根っこのサーカスルーツダンス』!」


 鞭の打撃で破壊した石畳、そこからのぞく土の地面から巨大な木の根が生えだした。

 ドエスの号令を合図に、根は触手のようにうごめく。その数、四本。


「さあ、お嬢ちゃん。気持ちよくしてあげる」

 再び指を鳴らす。


 根の触手は鋭い動きでシルルの足に絡みついた。

「くっ……きゃぁあ!」


 宙づりになるシルル。すぐに他の三本の根も集合し、シルルの四肢の自由を奪った。

 まるで十字架に張り付けられた聖母のよう。青髪で半分隠れてはいるが、表情は苦悶で歪んでいる。

 鉄槌矛メイスが地面に転がった。


「シルルさんっ! 無理するな! 降参しても、誰も君を恨まないッ」

 思わず僕は叫んだ。


 声はシルルに届いたようだったが、彼女は僕に向けて首を左右に振った。

 なぜだ、どうして。死ぬかも知れないのに。


「トラウマって、良い言葉よねぇ。一生あたしのことを忘れないってことでしょう。最高の愛だわぁ」


 ビシィッ!

 ドエスは舌なめずりをしながら、たぐり寄せた鞭を引っ張り、音を立てた。

 拷問開始の合図だった。

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