第32話 デスマッチ、スタートだゾっ

 女戦士武闘会イヴコロッセオ、当日。


「シルルさん、絶対無理しないでね。緊張したら、手のひらに人って書いて飲み込むんだよ」

「あはは……。お気遣いありがとうございます。全然、平気ですから」

「ったく。無駄に肝が据わってるな、貧乏聖職見習いアコライトのくせに」


 円形闘技場は荘厳な石造りだった。セントラル街のど真ん中に鎮座している。

 貴族や商人、採掘労働者や旅の冒険者、様々な人種が集まっていた。


「シルル様ですね。出場者の控え室はこちらになります。お二人まで同伴者をつけられますが」

「はい、この銀髪の少年と、肩に乗ってる生首のお二人をお願いします」

「か、かしこまりました」


 無事に受付を通り、僕ら三人は選手控え室へ。


 扉を開けると、そりゃあもう殺気立っていた。むせ返るような熱の湿気、お互いを睥睨し合う女戦士たち。


「あっ、ハイバラ様、勇者様。あそこのベンチ空いてますよー」


 間の抜けたようなシルルの嬌声が響き渡る。

 シ、シルルさん、空気読もうよ。TPO、大事だよ。


「あ、あはは……。どうも、すいませーん」

 僕は片手で拝み手をしながら、迷惑そうに眉をひそめる出場者たちの脇を通り過ぎる。


「シルルさんだけだよ、緊張感ないの」

「あの聖職見習いアコライト、実は大物だったりするのかもな」


 勇者様の意見に同意である。

 シルルはベンチに座り、持参した紅茶のポットと焼き菓子を広げている。

 ピクニックかよっ!


 そんなこんなで、屈強な女戦士たちのど真ん中でお茶会をおっぱじめてしまったシルル。勇者様も面白がって焼き菓子をほおばっている。

 気弱な僕だけ、冷や汗だらだら。


「間もなく開会式です。出場者の皆様はステージでお上がりくださいッ!」

 男の係員が選手たちを連れて行く。


「シルルさん、命大事に、だよっ」

「ガンガンいってこいッ。勇者のパーティメンバーが負け恥をさらすなど、あってはならぬことだからなっ」

「はいっ。必ず優勝して、奴隷の子を解放してみせます」


 鉄槌矛メイスを抱きかかえるようにきゅっと握りしめ、シルルはステージに続く廊下を走っていく。


 控え室に残された僕と勇者様。

「めっちゃ心配なんですけど……」

「まあガチンコの決闘だしな。過去に我輩が出場した会は実際死者が出てたしなぁ」

「ええええ!? それ、ちゃんとシルルさんに教えてあげた!?」

「いいや。言っても意味ないしな」


 むむ、確かに。シルルさん、ああ見えて頑固だからなぁ。


 たとえ命がけだとしても、一度決めたことは貫き通す人だ。初めて会った夜、サイクロプスを討伐したときからすでにわかっていたこと。


「見守るしかなかろう。我輩たちにできることは、仲間を信じてやることくらいだ」

「うん……」

 悪い予感はそのままにして、僕らは観客席に向かった。


 *


 円形のステージに出場者たちが並ぶ。


 屈強な肉体を持つアマゾネス、鉄の鎧と鉄の斧を携えた女重戦士、魔術師の老婆など。出場者は全員で8名。

 皆、いかにも強者って感じのオーラだ。


 その中で、ちょこんと一人背の低い聖職見習いアコライトがひとり。

 我らがシルル=ミクリアだ。

 観客席に座る僕らに向かって、嬉しそうに手を振っている。


「めっちゃ一人だけニコニコしてる……」

「やっぱり、大物だあやつ……」


 観客席の中央、一段高い特等席から、良く通る声が闘技場内に発せられた。

「待たせたなッ! これより、女戦士武闘会イヴコロッセオを開始するッ」


 紫色のアラビア風ドレスを着た女性だ。遠目からでも気品の良さがうかがえる。

「我が名はラーニア=ロージアン。ここ、砂と荒野の国ロージアンを統べる王族の姫にして、女戦士武闘会イヴコロッセオの主催者であるッ!」


 ウォォォォオッ!

 円形の観客席から歓声が上がる。


「ラーニア姫。自身も剣の達人で、バトルをこよなく愛する戦闘民だと聞く」

 右肩に乗る勇者様がいつも通り解説してくれる。


「へぇ。あんなに美人なのに」

「美人と戦闘民なのは関係ないぞっ! 現に美少女の我輩が、バトルのエキスパートだったりするではないか!」

「まあ、はい、そうですね……」

「流すなっ! ちゃんとツッコめ!」


 再びラーニア姫の声が飛んでくる。

「我々が生きているのは砂漠と荒野だ。そこでは強き者が生き、弱き者が死ぬ。古来より、女帝が納めるこの国で、今年も最強の女戦士を決めようじゃないか。おのが剣を見せてみよ。強ければ、たとえ悪魔であろうがこの国では英雄だ!」


 ウォォォォオオオッ!

 歓声が呼応する。


「優勝者には、とびきりの賞品を用意しているッ」

 すると、ステージの真ん中に鉄格子の鳥籠が登場した。


 中には、女の子がいた。ボロボロの布きれを身に纏い、髪はぼさぼさ。10歳程度の少女である。無表情で、じっと三角座りをしている。


「奴隷だ!」


 ラーニアは続ける。

「今年の奴隷も、スキルを使える逸材であるッ。『遠縁念話テレパシア』という異能だ。この少女は声に頼らずとも、雇い主が心に思ったことを読み取ることができる。どうだ、珍妙だろうッ!?」


 ウォォォオオオッ!

 下品な雄叫びがラーニアに応えた。


 シルルは――。


「うわ……」

 先ほどまで呑気に手を振っていた聖職見習いアコライトは、今、ステージの上で最も危うい殺気を漂わせていた。


「やっぱり奴隷ってワードがあやつの琴線に触れるようだな」

「そのようだね」


 あの鉄格子から奴隷の少女を救い出したい。彼女にとって、純粋にそれだけなのだ。

 聖職者とは、誰かのために戦うときにその真価を発揮するのかもしれない。


「では、さっそく始めるぞッ! 一回戦は、拷問官トウメンタードエス VS 聖職見習いアコライトのシルル、前へ!」


 ラーニアの一声で、戦いの火蓋が切って落とされた。

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