第31話 無慈悲の正義はホントの正義?

「サバト様、間違いありません。この街にいます」


 ガーゴイルの娘はロージアンの宮殿の屋根に腰をかがめてとまっていた。涙型の屋根の先端に、絶妙なバランスで。


「ふむ。よくやったぞ、ガーゴイルよ。ロージアン国に入ってすぐに、こんな僥倖に巡り会えるとは」

「はい。こんなに洗練されたオーラは初めてです。尖っていて、神々しくて。それでいて、気配の消し方は魔物並。正確な位置をつかませない」


 ガーゴイルは念話により、サバト女王と会話していた。


 眼下に広がるのは荒野の都 ロージアン。

 熱い西日に街全体が包まれて黄金色に輝いて見える。市場には多くの人が往来していて、活気があった。


「まあ良い。標的に変化があれば教えるのだ。グリムはどうだい」

「はい。ちゃんと監視しています。しばらくロージアンに滞在するようで、長期で宿を取っていました。ただ、標的が同じ街にいることには気づいていないようです」


 ――標的。

 それはまさしく、『勇者の亡骸』のことである。


 ガーゴイルがこの街に入って感じた違和感、それは異常なほどの生命力だった。その明るさは決して目に見えるものではない。多くの往来の中、いびつにも感じられるほどのまばゆさが影に隠れて、確かに潜んでいる。


 生命力はスキル発動の動力源だ。

 ここまで充ち満ちた命の輝きを持っている人間はひとりしか存在しない。


 勇者、その人だ。


 亡骸はアンデッドとなって世界をさまよっている。そいつを探し当てることが、ガーゴイルの所属する秘密結社漆黒の血盟ブラッディアの目的。


 同時に、親愛なるグリム王子――今はハイバラという悪党に乗っ取られているが――の亡骸捜索隊が追うところでもある。


「さて、ガーゴイルよ。お前に新たな命令を下す」

 女王サバトは、厳かに宣言した。

「はっ、何なりと」

「準備が整い次第、我々はロージアン国の中心に四足翼竜ドレイクを召喚する。この国は一瞬にして四足翼竜ドレイクの吐く炎に包まれるだろう。その隙を狙い、王子グリムの身柄を確保しろ」


 あまりに唐突な内容に、ガーゴイルの娘は絶句した。


 四足翼竜ドレイクとは、災厄と言われるほど凶悪な魔物だ。それこそ、国一つを滅ぼすほどに。


「作戦の意図を、教えていただいても……」

「無論だ。勇者は腐っても勇者。例え首から上がないアンデッドだったとしても、理性はあるようだからのう。多くの人間が住まう都に四足翼竜ドレイクが攻め入れば、勇者は交戦せざるを得ない。人を守ってこその勇者だからのう。いいか、勇者の亡骸は災厄と同じだけ強い。たっぷり弱らせてから、捕えようぞ」


 ガーゴイルは唾を飲み込む。

 四足翼竜ドレイクと勇者の亡骸を戦わせ、弱ったところを捕獲する作戦だ。


 なるほど、理屈は理解できる。

 しかし――。


「し、しかし、サバト様。そんなことをしては、ロージアンの人々が焼け死ぬだけ――」

「かまわん」


 ガーゴイルの言葉を遮り、サバトが続ける。

「大義のための、必要な犠牲だ」

「で、でも……」

「ガーゴイル、我々の目的を忘れたか。人間と魔族の共存を実現するため、戦乱の火種である魔王を封印せねばならん。そのためには、強大な力を秘めた勇者の亡骸と、王子グリムの才が必要なのだ。ガーゴイルよ、漆黒の血盟ブラッディアの未来はお前にかかっているのだぞ」

「ア、アタシに、かかってる……」

「左様。また連絡する。グリムから目を離すな」


 ふっと、女王サバトの気配が消えた。

 ガーゴイルは整理のつかない散らかった頭で眼下を見下ろす。


 黄金の街。市場通りには露店が並んでいて、子供たちが楽しそうに駆けていく。

 あの子たちとの共存は、決してかなわない。


 なぜなら、人間の命など四足翼竜ドレイクの吐く炎の前では一瞬で塵となるからだ。


 被害が出る前に勇者が倒す? いや、不可能だ。四足翼竜ドレイク召喚と同時に街を業火が包むはず。


 これは、正しいやり方なのか。

 大義のためなら、小さな命すらも犠牲にしていいのか。


「アタシは、どうしたらいいんだ……」


 こんなとき、グリム王子ならどうするだろう。

 ガーゴイルは迷いを抱いたまま、昼と夜の間を成すオレンジ色の空目がけて飛び立った。

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