第30話 僕らのパーティは今夜も平和だゾっ

「シルルさん。いきなり女戦士武闘会イヴコロッセオに出場するなんて、考え直してよ。危険だよっ」

「そうだぞ、聖職見習いアコライト。お前はヒーラー職ではないか。どうやって相手を攻撃するんだ。その華奢な腕で鉄槌矛メイスを振り回しても、そんなのに当たるのはドジで間抜けなハイバラくらいだぞ」

「さすがの僕でも避けられると思う。残念ながら」


 宿屋に併設されたレストラン。


 晩ご飯のミートソースパスタをちゅるちゅると吸い込みながら、シルルはにこりを笑った。青い髪で顔半分を隠しながら。


「平気です。ご心配いただくのはありがたいのですが、もう決めたことなので」


 ぐぬぬ。

 僕は肩に乗った勇者に耳打ち。


「シルルさん、案外頑固なんだね……」

「ああ、そのようだ。こやつの瞳にはすでに戦いの火が灯っているように見えるぞ……」


 灯っちゃってるかー。

 僕は根負けしたように吐息し、シルルと向き合った。


「シルルさん、教えて。どうして女戦士武闘会イヴコロッセオに出ようと思ったの」

 シルルは前髪を引っ張りながらぼそぼそと呟いた。

「えっと、そのう。じ、実は、わたくし、冒険者になる前は奴隷だったのです」

「え?」


 言葉を失う僕。勇者はフンっと鼻を鳴らして嗤笑する。

 シルルは続けた。


「ここ、ロージアンでは多くの貴族たちが奴隷を飼っています。この国では、いわば奴隷は文化ですから。飼われている奴隷たちも、貴族たちによって衣食住を保障されているので、一概に不幸だと決めつけることもないと思います。ただ、女戦士武闘会イヴコロッセオで商品にされている奴隷の子は別です」


「どういうこと」

 すると、代わりに勇者が答えた。


「フンっ。お前自身も、女戦士武闘会イヴコロッセオの優勝賞品だった。そうだろう?」

「はい。その通りです」


 ――え?

 嘘だろ。


 シルルは追憶に目を細めた。

「7年前のことです。当時、わたくしはロージアンの下級貴族に飼われておりました。それがひょんなことからロージアンの王宮に目をつけられて、女戦士武闘会イヴコロッセオの優勝賞品として選ばれてしまったのです」


「シルルさんに、そんな過去が……」

 絶句する僕に、苦笑いするシルル。


「心を痛めないでください、ハイバラ様。こうしてハイバラ様と旅ができるのも、あの過去があってこそですから」

「そ、そうだけど」

女戦士武闘会イヴコロッセオの優勝者に引き取られたわたくしは、雪深い北の国に連れて行かれました。そこで、再び奴隷として5年過ごしました。奴隷だったにも関わらず、わたくしはお屋敷の方々のお世話など一度もしたことがありません」


「じゃあ、いったい、何をさせられていたの」

 恐る恐る聞いた僕に、さらにシルルは苦笑いした。


「人柱です。北の国はここより魔物が多いですから。守衛が休む夜の間、屋敷の外周をひたすら歩かされるのです。人柱として。いろんな魔物が襲ってきました。わたくしは生き残るため、魔物について必死で勉強しました。そのときに、魔法も」


 僕らが出会った最初の夜。シルルはサイクロプスの弱点が目玉であることを僕に教えてくれた。それも、奴隷時代に得た知識だったのか。


女戦士武闘会イヴコロッセオに出品される奴隷は、奴隷として生きていくことはありません。ロージアン国の外では、もともと奴隷制度は違法ですから。だから、早い内に殺されるか、勝手に死ぬように仕向けられるのがオチなのです。人柱として使われたわたくしみたいに」


 それでも国外の戦士たちが女戦士武闘会イヴコロッセオに参加するのは、富と名誉の両方を得るに都合良いチャンスだからだという。


 この世界の闇を見た気がして、僕は言葉を失っていた。


「フンっ、それで女戦士武闘会イヴコロッセオに出場して、不幸な奴隷を助けたいってか。安い同情だな、貧乏聖職見習いアコライト。下らん、くだらんぞっ!」


 勇者が冷たく言い放つ。


「たとえば、だ。貴様が優勝したとして、奴隷を引き取ったとする。で、その後どうする? その奴隷をどうするのだ。一生面倒を見るのか? 我輩の体探しはどうする。リタイアか? だったらここでお別れだ。そんな中途半端な志なら、もう仲間ではない」


「ちょ、ちょっと勇者様!」

「黙れ、ハイバラ! 大事な事だ。はっきりさせておく」


 シルルはそっと目を閉じて微笑した。

「ハイバラ様、勇者様の言うとおりです。亡骸探しは、生半可な気持ちでつとまるような旅ではありません。存じております。だからこそ、わたくしもちゃんと主張させていただきます。わたくしは聖職見習いアコライトとして、お二人と旅を続けます」


「ほう。で、奴隷は?」

「教会へ預けます。あとは、本人次第です」


 僕ははっとして、思わず問うた。

「もしかして、シルルさんも」


「はい。わたくしも、お屋敷から捨てられて、教会へたどり着きました。あそこなら、自立支援をしてくださいます。そこからシスターを目指すもよし、わたくしみたいに根無しの冒険者になるもよし。やっと自分自身で生き方を決めることができるのです。悪い結果にはなりませんわ」


 シルルは聖母のように微笑んだ。

 楽観的では決してない。実体験したからこそ言えることなのだろう。


「フンッ、大した奴だよ、お前は。シルルにしろ、ハイバラにしろ。弱き者を救済しなければ死んでしまう病気か何かか? ちくしょうめ。我輩には理解できんわ」

「勇者様に褒めていただけるなんて、光栄です」

「しぶしぶオーケーしちゃう勇者様も、同類だと思うけどね」

「なんだとハイバラッ! お前の一緒にされるとか、末代までの恥っ!」

「結構結構っ。末代まで続く恥なんて、なかなかないよ!」


 なんてことはない。

 僕らのパーティは、今夜も平和だ。

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