第28話 あなたのことが好きだから

 ガーゴイルの娘――に憑依した女王サバト――と、騎士ルイーダはお互い剣呑な表情で向かい合う。


「サバト=グレンデル。漆黒の血盟ブラッディアの長であり、魔王と人間の間に生まれた血族、か」


「左様。このガーゴイルに傷の一つでもつけてみろ。我が国への正式な宣戦布告と見なす。そうなれば、人間と魔族の大戦争。魔王討伐どころではないよのう」

 女王は嗤笑した。


「貴様らのことはよく知っている。漆黒の血盟ブラッディア、危険度Sの秘密結社だ。人間と魔族がともに暮らす世界の実現が目的だったか」

「ほっほっほ。危険度Sとは、なんと無礼な。守りたいものを守ろうとして、何が悪い」

「フンッ。魔族と暮らすなど、想像しただけで虫唾が走る」


 ルイーダは心底不快そうに眉根を寄せた。

「目的はなんだッ! なぜ彼らを尾行していた」


「世界平和」

 さも当然、という風に女王サバトはガーゴイルの喉を鳴らした。


「世界、平和、だと?」

「左様。世界平和のため、勇者の亡骸を探しておる。だから奴らを監視していた」

「貴様、あれが捜索隊の一行だと知っていたな」

「私は漆黒の血盟ブラッディアの盟主。世の中で起きているたいていのことは知っておるつもりだが」


 ルイーダは苛立ちを露わにする。

「させんぞッ! 勇者の亡骸を奪って、魔王討伐を阻止する気だな! 魔王は魔族たちにとっては命の源。魔王が消えれば、魔族も消える。そうなればこの下級魔族の娘も、女王たる貴様も無事ではすまないからな」


「ふん、浅はかな奴め。勇者の復活を阻止してしまえば、魔王軍による人間たちへの虐殺が始まってしまうだろう。いいか、漆黒の血盟ブラッディアの目指すべき理想は、人間も死なず、魔族を死なず、お互いが共存する世界。そのために勇者には、魔王と戦ってもらわねばならん」


「な……。どういうことだ」

「答えは、生かさず殺さず。人間と魔族双方にとって、魔王は『ただ息をするだけの木偶』であってくれた方が都合よいというわけだ。わかるか、騎士の女よ。魔王さえも服従させる強大な力の具現。我々にならできる。勇者の亡骸さえあれば、な」


「……ほう」

 ルイーダは踵を返した。背を向けたまま、言い置く。


漆黒の血盟ブラッディア。貴様らを信用はしていない。しかし、知っての通り、王都も戦争をしているほどの戦力的余裕もない。ゆえに、今は忠告に留めておく」

「邪魔だけはするな、と」

「その通りだ」

「約束するぞよ。ただし、汝らがこちらの邪魔さえしなければ、の話だがね」


 答えることなく、ルイーダと名乗る騎士は去って行った。

 ガーゴイルの喉が解放される。


「ぷはっ。女王様、申し訳ございませんッ! アタシが油断したばっかりに……」

「よいよい。ただし、これからはもっと高く飛べ。奴らの目にとまらぬほどにな」

「はい……」

「そう気落ちするでない。任務はこれからなのだから」

 ガーゴイルの娘は変な気分だった。女王様と会話が成り立っているが、受け答えのすべてが自分の声なのだから。


「ガーゴイルよ。私はあなたの目を通じて、すべて見ておりましたよ。王子グリムが何者かに操られていることも承知した」

「そうなのですッ! ハイバラとかいうわけのわからない奴に乗っ取られていて……」


「そやつの魂は、グリムの体の深層に入り込んでおる。無理に引き剥がすと、グリム本来の意識さえ破壊しかねん」

「そ、そうだ。勇者の亡骸っ! 『再出発リセッタ』っていうスキルで、ハイバラの魂を王子様の体から引っこ抜けるって言ってました」


「ふむ。ならば一石二鳥。ガーゴイルよ。お前はこのまま亡骸捜索隊を尾行しなさい。グリムから目を離さないで」

「はいッ」

「勇者の亡骸さえあれば、グリムは救える。そして、魔王を封じ込め、この世界に理想の平和をもたらすことができる。我々漆黒の血盟ブラッディアが世界を再構築する日も近いぞよ」


 ガーゴイルの体がすっと軽くなる。

 同時に、女王サバトの気配が喉から消えた。


「……アタシがちゃんとしなくちゃ。アタシにしか、王子を守ることができないのだもの」


 再び羽を広げて、大空へ飛んだ。


「グリム王子。ずっと前から、アタシはあなたのことが――」

 そこで言葉をやめた。

 その先は、直接伝えたいから。

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