第26話 いざ次の街へ出発だゾっ

 夕刻。ロンザの宿場街、酒場にて。


「呪術師バイロンの話によると、首なし少女のアンデッドは『荒野の国 ロージアン』方面へ消えていったようです。ひっく」

 シルルは葡萄酒をちびちびと飲みながら、バイロンを拷問して得た情報を展開した。


「シルルさん、お酒飲めないんじゃなかったっけ」

「えへへー、街の人たちがどうしてもっていうからー。げっぷ」


 げっぷって……。シルルのお淑やかキャラが日に日に崩壊していく気がする。


 街を石化の呪いから救ってくれたお礼にと、今宵は町長のおごりで宴会が催されていた。

 僕は骨付き肉をくわえながら頬杖をつく。

 皆、街に平和が戻ってきたことを心から喜び、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ。


 そんな中、向こう側のテーブルでは別の催し物が。


「これは腰痛に効く薬草よ。絞り出したエキスを布に含ませて、患部に当てるの」

「ああ、ありがとう。エレナちゃん」

 エレナが薬草を並べて商売していた。相当儲かっているように見える。


「フンッ、エレナめ。この一件で薬師としての知名度を一気にあげおって」

「あはは……。僕らの怪我が治ったのはエレナちゃんの薬のおかげなんだから、いいんじゃないの」


 僕らがバイロン討伐で受けた傷をエレナの薬で治療したところ、次の日からエレナの薬が大人気。アイドルが使った商品をみんながこぞって買う、みたいな現象だ。


「エレナちゃんのお薬はすごいですよぅ。わたくしの治癒魔法よりも回復力高いかも……」

「それって、シルルさんの治癒魔法がショボいだけじゃ……」

「はうっ」


 すると突然、酒場の扉が勢いよく開かれた。


「ルイーダっ!」

 勇者様がキラキラした瞳で飛び上がった。金髪触手をバネのようにし、跳躍。

 ルイーダのふくよかな胸にポフっと埋もれた。


「久しぶりだな、勇者アルス」

 茶髪のポニーテール、腰にはレイピア。イケメン女子、ルイーダである。

 騎士団の人事担当をしていて、勇者の亡骸捜索隊の責任者だ。

 僕とシルルの雇用主でもある。


「ハイバラ、シルルよ。この度は呪術師バイロンの身柄確保、ご苦労であった」

「うっす」「はいです」


 ルイーダは葡萄酒をウエイターから受け取り、僕らと同じテーブルに腰をおろした。


「実はバイロンの首には賞金がかけられていてな。ギルドから預かってきた。受け取れ」

 金貨の入った麻袋を渡される。

「おおッ! ありがとうございます。これで貧乏旅を卒業できるっ」

「フンッ。シルルはもともと一文無し。ハイバラに至ってはアイテムすらほとんど持っていないダメっぷりだからな」


 そうなのだ。僕らは貧乏パーティである。

 人助けをしてきた結果、タダで飲み食いさせてもらったり、宿に泊まらせてもらったりと何だかんだで路銀ゼロ旅を続けてこられた。


「ルイーダ、聞いてくれ。シルルがバイロンを拷問して聞き出したんだがな、勇者の亡骸が荒野の国ロージアンへ向かったらしいのだ」

「ふむ、ロージアンか。もうすぐ女戦士武闘会イヴコロッセオが開催される時期だな」

女戦士武闘会イヴコロッセオ?」


 無知な僕にルイーダが教えてくれる。

「女戦士のみが出場を許される決闘大会だ。こんな言い伝えがあってな。もともと、ロージアンは資源の乏しい荒野の国。男たちが必死で鉱山を掘り進んでも、銀すら出てこなかった。しかし、突然女神が現れ、女の採掘師たちを別の鉱山に導いた。そこで金の鉱脈を見つけ、今の繁栄があると伝えられている。それから、『女神の祝福を受けられるのは強い女性だけ』という伝承が広まり、最強の女戦士を決める武闘会が国政主導で開かれているに至ったわけだ」


「へ~、おもしろ」

 僕は感嘆。勇者が捕捉する。


「ロージアンは面白い国だぞー。世界で唯一、奴隷制度が合法的に残っている国だしな」

「ど、どれい?」

「そう、奴隷。数年前、モラル的にダメってことで、人身売買が世界的に違法になったんだがな。『奴隷制度の廃止は伝統の否定だ』って主張して、今でもロージアンの貴族は奴隷を飼っている。例年、女戦士武闘会イヴコロッセオの優勝賞品は奴隷さ」


 ガタリッ。

 隣で椅子が倒れる音。シルルが恐い顔をして立ち上がり、唇を噛んでいた。


「ど、どうしたの。シルルさん」

「わ、わたくし、気分が悪くなってきました。一足先に、宿で休んでいますねっ」

 酒場を出て行ってしまう。


「なんだよー、シルルさん。まだ夜は長いのに。何かあったのかな」

「フンっ。まあ、察しはつくがな」

 勇者様とルイーダは、しらけたような笑みを浮かべて葡萄酒を飲んでいた。



 翌朝。


「ハイバラさん、これをお持ちください」

 出発の刻。街の人たち全員から見送りを受けた。

 僕は町長から木の札を受け取った。


「それは飛脚をいつでも無料で仕えるパスです。この街を救ってくれたお礼です。ロンザの街一同、旅の無事をお祈りしています」


 おお、ありがたい。

 飛脚とは、宅配便みたいなものだ。このロンザの宿場街は、旅人から預かった荷を運搬する飛脚行を生業としている。


「私、みんなのこと一生忘れないからっ。旅を終えたら、ぜったいまたこの街に寄ってねっ」

 エレナが涙をボロボロ流して見送ってくれた。


 エレナは選別だと言い、特製の水薬をくれた。患部にかければ、たちまち傷が癒えるという。


「じゃあ、みんな。元気で」

 大きく手を振りながら、僕らはロンザの街をあとにした。


 森を抜けて、さらに南へ。


 大空は高く澄んでいて、鳥が気持ちよさそうに旋回している。見渡す限りの大草原。二日も歩けば、荒野エリアに入るらしい。


「新しい国かぁ。楽しみだね」

「ハイバラ、お前。観光旅行じゃねーんだよ。我輩の体探し! 目的を忘れんなっ」

「うふふ、でもわたくし、とっても楽しいです。お二人と旅ができて、心から幸せです」


 シルルは青い前髪で顔面を半分隠しながら笑った。

 昨晩の不機嫌事件など忘れてしまったかのような、優しい笑みだった。


 旅は次の目的地へ。

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