第25話 人質ゲットだゾっ

「おいっ、起きろハイバラ。この野郎!」

「ばふっ」


 顔の上にふさふさした重みが降ってきた。

 勇者様の生首だった。

「お、おはよう。ユニークすぎるモーニングコールだね」


 ベッドから起き上がる。肩を回して、屈伸をする。

 薬湯に入って一晩ぐっすり眠ったからか、『四肢獣化ビーストキング』の筋肉痛はほとんど治っていた。


「シルルは一足先に倉庫に向かったぞ。今日は忙しいんだからな」

 僕は上着を羽織り、勇者を肩に乗せた。


 宿屋を出て、町外れの倉庫へ向かった。

 晴れた空。賑わいを取り戻した宿場街。平和の風が吹いている。


 昨日、洞窟内に拘束してきた呪術師バイロンを街の男たちが回収した。今は倉庫内で隔離している。


「さ、早くいくぞ。勇者の亡骸の情報を吐かせてしまえば、あの男は用なし。ルイーダに引き渡して報酬をもらおう」


 バイロンは勇者の亡骸と遭遇したことにより深手を負い、街のそばに潜伏していた。


 呪術の悪用は、もちろん大罪。バイロンに法の裁きを与えるべく、王都の騎士団を呼んだのだ。ルイーダ嬢がこちらに向かっているという。


「ねぇ、勇者様。シルルのところに行く前に一つだけ。漆黒の血盟ブラッディアって知ってる?」


 迷った末に、僕は昨晩のことを打ち明けた。


 ガーゴイルの娘が現れ、僕を『グリム王子』と呼称したこと。僕の、つまりハイバラの魂がこの肉体から離れないと知り、去って行ったこと。


「マジか。ふははっ、笑えるな。ハイバラよ、お前が奪った少年の肉体は、あのグリム王子のものだったのか。大した奴だ」

「別に、好きでこの肉体を選んだわけじゃないんだけどなぁ」

漆黒の血盟ブラッディアってのはな、人間と魔族の共存を謳う秘密結社だ。その次期盟主が、グリム王子その人だ」

「人間と、魔族の共存……。そんなことできるの?」

「知らん。だが、漆黒の血盟ブラッディアの連中は本気でそれを目指している。もともと、魔王と人間の女の間にできた子が立ち上げた組織だと聞く。北の最果てに深い谷がある。その谷底にアジトを構えているらしいが」


「勇者様は行ったことがあるの?」

「フンッ。そんな陰気くさいところ、誰がいくか」

 勇者は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「我輩は王都の命令で魔族を滅ぼす旅をしていたのだぞ。共存を目指すぬるい奴らなぞ、最初から眼中になかったわっ」


 そっか。魔王討伐の使命を負った勇者様にとってみたら、哲学の合わない連中に見えるだろう。


「グリム王子は14代目盟主の一人息子で、めっちゃ期待されている逸材らしいぞ」

「そ、そんな期待の星の肉体を、僕が奪ったわけか。やっぱり罪悪感……」

「いーや、むしろファインプレイかもしれないぞ、ハイバラ」


 勇者はにやりと悪い笑みを浮かべる。

「あのはじまりの夜、勇者の亡骸捜索隊の選考会に、なぜグリム王子が潜入していたんだ? おかしいだろ、こっちは魔王と討伐しようと目論んでいるのだぞ」

「たしかに。漆黒の血盟ブラッディアは魔族との共存を目指しているはずなのに」

「具体的な企みはわからんが、漆黒の血盟ブラッディアも勇者の亡骸を狙っているのだろう。グリム王子は人格者だったと聞く。敵陣に潜入して亡骸を横取りするなんて危うい仕事、他の者には任せられなかったのだろうな。グリム王子自ら、危険承知であの酒場に潜り込んだってとこだろ」

「で、なんで僕が王子様に憑依したのがファインプレイなのさ」

「ったく、お前の知能はゴブリン並だな! 我輩たちから見れば、漆黒の血盟ブラッディアは敵対勢力なんだぞっ。その王子様の肉体を人質に取ったってわけだ」


「ひ、人質って……」


 理屈は理解できるが。そもそも思想が違うってだけで、別に敵同士ではないはず。

「次にそのガーゴイルが現れたときは、ちゃんと捕獲するんだぞっ」


 ガーゴイルの娘の、あの深紅の瞳を思い出す。

 童貞の僕でもわかる。あれは恋した相手の身を按じる恋慕の目だ。悪い子にはまったく見えなかった。


「正義の反対は、悪ではなく別の正義、か」


「あん? なんか言ったか」

「何でもないよ」

 そうして僕らは目的地、町外れの倉庫に到着した。


「あっ、ハイバラさまー、勇者さまー」

 青く長い髪をふわふわとなびかせ、シルルがこちらに手を振っている。


「遅いですよぅ。もうこっちの仕事、終わっちゃいましたよー」

 む? ってことは、呪術師バイロンから勇者の亡骸について情報を聞き出せたってことか。


 シルルに連れられて、僕らは薄暗い倉庫の中に入った。


「うっわ……」

 そこには柱に縛られながら血反吐を吐くバイロンの姿があった。

 頬には切創、体中には殴打の痕。足元には血溜まりが広がっている。


「なかなか口を割らなかったので、すこーしだけ拷問っぽいことを……」

 恥ずかしそうに前髪を引っ張って顔を隠すシルル。

 ひえー。

 あなた、聖職見習いアコライトじゃなかったのー。

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