第24話 初めて女の子を泣かせたゾっ

「も、申し訳ございません、グリム王子。アタシの魔法『時間停止ストップ』がかかっていれば、そりゃしゃべれないですよねッ」


「ぷはっ。ゼエハア、ゼエハア。死ぬかと思ったよ。しゃべるどころか、息すらできなかったんだから!」

 僕は呼吸を落ち着かせ、見知らぬ褐色肌の少女と向かい合った。


「えーっと、そのう、人違いだと思うよ。漆黒の血盟ブラッディアとか王子がどうとか、何の話をしているのかさっぱり……」


 少女はキッと目を細くした。

「そんなはずはありません! その銀髪と、端正なお顔立ちはまさにグリム王子その人です。もう偽らなくてもよいのです。ガーゴイルはあなた様の味方なのですからっ」

「ガーゴイル……」


 えっと、ガーゴイルってロープレのゲームで出てくるモンスターの、あれのことか。


 少女は閃いたようにぽんっと手を叩いた。

「あっ、人間の姿じゃアタシがガーゴイルってわかりませんよね。今、『変身の幻術トランスフロア』を解きますね」


 パチン、と指を鳴らす。すると白い燐光が少女を包み、光が消えるとそこには。

「ひっ、魔族!?」


 黒髪から生えたたくましい巻きヅノ、背中にはドラキュラのような翼。爪は鋭く伸び、牙のような八重歯がキラリと月明かりに光る。

 褐色の肌と少女の顔立ちはそのままだ。


「アタシです、ガーゴイルですよう。ずっと王子のお世話係をさせていただいていたメイドです」


 たじろぐ僕。

 頭のよくない僕でも、そろそろ状況がわかってきた。

 この娘、『肉塊』の知り合いだ!


灰色回転銃マイ・リボルバー

【弾倉Ⅰ】黒弾『肉塊』

【弾倉Ⅱ】黒弾『四肢獣化ビーストキング

【弾倉Ⅲ】黒弾『呪詛無効アンチカース

【弾倉Ⅳ】白弾 【弾倉Ⅴ】白弾 【弾倉Ⅵ】白弾


 僕の銃は撃った相手のスキルを奪う。


【弾倉Ⅰ】黒弾『肉塊』は、僕がこの世界に転生してきた時点ですでに装填されていた黒弾だ。


 つまり、僕の魂が奪ったこの肉体のことだろう。


 今目の前にいる魔族の娘は、この肉体の持ち主だった少年にメイドとして仕えていたらしい。


 どう対応するか逡巡した結果、僕は偽らないことを選んだ。

「えっと、ガーゴイルさん。僕はあなたの言うグリム王子ではないんだ」

「え……」

「落ち着いて聞いてほしい。僕はこの世界の人間じゃないんだ。魂だけ転移してきて、この少年の肉体に憑依した」


 真実を告げる気になったのは、罪悪感が原因だった。


 このガーゴイルの娘は、グリム王子を慕っている。おそらく、恋心だ。その彼の肉体を奪ったのだから、僕は彼女に対して説明責任を果たさねばならない。


「この少年はグリムくんっていうんだね。なぜ憑依先がこの肉体だったかはわからない。ごめん。僕が憑依したことで、グリムくんの意識はたぶん僕のスキル内に閉じ込められている」

「そ、そんな……」

「勘違いしないで。不本意であれ、勝手に人の体を奪うなんてことはしたくないんだ。僕もグリムくんの魂を解放してあげたい。そのためには、『勇者の亡骸』を探し出さなくちゃいけないんだ。勇者の持つ力、スキルを無効化する『再出発リセッタ』で……って、えぇえええ!?」


「グリム王子の中から、出て行けッ!」

 ガーゴイルは怒号を上げると同時に、華奢な右手を天に向けた。すると現れたのは黒の大鎌。闇夜にも染まらないほど漆黒の大鎌である。


「くっ」

 僕も臨戦態勢に入る、が。

「いっててて……」

 例の筋肉痛でうまく動けないっ!


 ガーゴイルは大鎌を振った。弧を描く刃の先が、僕の首筋に触れる。ひやりと、嫌な冷たさを感じる。


「もう一度だけ言う。グリム王子の体から去れ。卑しい愚民の魂めッ」

 ぐ、愚民ってひど! まあ合ってるけど。


「ダメなんだ。どう頑張っても、僕はこの体から抜け出せないんだよ。僕も、無傷でこの肉体をグリムくんに返したい。でも、今はその術がないんだ。ごめん」


「くっ……」

 鎌の刃は僕の頸動脈をとらえたまま、微動だにせず。

 向かい合う僕とガーゴイル。そのまま沈黙が続いた。

 すると。


「ひっく……ぢぐじょう……えっぐ」


「え?」

 まさかの。ガーゴイルの娘が突然泣き出した。


「ちょ、ちょ、ちょ。君、なんで泣いてるの!」

「だって! ひっく、せっかく大好きなグリム王子を見つけたのに、わけわかんない奴に乗っ取られてて、どうしようもできないなんて……あんまりだぁー」


 うわぁぁぁああん。


 情けない感じでむせび泣く魔族の娘。ちょっとかわいい。

 手放した大鎌は空気中に霧散し、消えていった。


「うう……ひっく……貴様、名は」

 一通り泣き終えたガーゴイルは、精一杯恐い目つきで僕をにらんだ。

 なんかもう、それすら愛らしいんだけど。


「僕はハイバラ。ハイバラ、ユキオ」

「ハイバラ!」

「はいっ」

「グリム王子の体を傷つけたら、タダじゃ済まないからな! また来るッ」


 ばっと黒い羽根を広げ、ガーゴイルは夜空に向けて跳躍した。

 まばたきをした間に、すでにどこかへ飛び去っていった。


「ハイバラさまっ」

 聞き慣れた嬌声。駆けてきたのはシルルだった。


「大丈夫ですか! 今のは、魔族……?」

「ああ、いいんだ。大丈夫。たぶん、悪い奴じゃないから」


 きっとまた会うことになるだろう。

 魔族とは言え、女の子を泣かせてしまった責任は重いな。

 必ず、『勇者の亡骸』を見つけてグリム王子とやらに体を返してあげなければ。


「シルルさん。薬湯、一緒に行く?」

「ふぇ?」

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