第三章 好きで奪ったわけじゃない

第23話 王子様なんて知らないゾっ

 ロンザの宿場街へ戻ると、町人たちが笑顔で僕らを出迎えた。


「おお、冒険者様。呪術師とナーガたちの討伐に成功されたのですね」

 初老の町長が無理矢理僕の手を取り、握手してくる。

「あの、なぜそれを……あっ! エレナ」

 エレナが嬉しそうに駆けてくる。

「ハイバラさんっ、見て! おじいちゃんたちの足、治ったんだよ」


 見ると、石化の症状が出ていた街の男たちが自分の足で立っていた。皆、清々しい表情をしている。


「ハイバラさん、シルルさん、勇者さま。おじいちゃんたちを救ってくれて、どうもありがとうっ!」

「よ、よかったですぅ……。呪術師バイロンを倒したことで、街を包んでいた石化の呪術が解けたみたいですねぇ」

 シルルがほっと吐息した。


「さあ、お疲れでしょう。夕食を用意しておりますゆえ、私の宿へ。もちろん、お代はいただきません。今夜はゆっくり休んで、明日改めてお礼させていただきますので」

「町長さん、まだ終わっていないんです。呪術師が放ったナーガの大群がこの街に向かっているかもしれなくて――」


「いや、いないな」

 僕の言葉を遮るように、勇者様が怪訝そうに目を細めた。


「我輩の『千里暗眼ホークアイ』で街の周辺を見渡した。ナーガの姿も、気配もない」

「ホント?」

「うむ、確かにナーガの大群が森を抜けた跡は見える。ただ、すでに消滅しているようだな。危険は完全に去ったと見てよいだろう」

「なら、いいんだけど……」


 ナーガ軍の襲撃は、呪術師バイロンの狂言? いや、そんなはずはない。一体、なぜ。

 ひとまず、僕らは町長に連れられて、宿へ向かった。


 街の男たちに呪術師バイロンの身柄回収を依頼した。彼をどう罰するかは街のみんなに任せることにする。


「バイロンには聞きたいことが残っているんだ。明日の朝、僕らだけで面会をさせてほしい」

「かしこまりました、ハイバラさんの頼みとあれば」

 街の男たちは洞窟に向かった。


 バイロンは『勇者の亡骸』と遭遇したと言っていた。詳細を聞かねばなるまい。

 すでに夕刻。宿で食事をご馳走になった。


 さすがに疲労がピークに達していたため、シルルも勇者もすぐに眠ってしまった。


「いてて……筋肉痛、くるの早いな。『四肢獣化ビーストキング』、めっちゃ強いスキルだけど反動がきついんだよね」


 体の痛みに顔を歪めていると、町長から嬉しい情報が。

「この街の東側に、薬湯がございます。身体の疲れを取るにはもってこいですよ。もともとこの街が旅人の宿場街として栄えたのは、森で獲れる多種の薬草と、薬湯の大浴場があるからなのです」

「薬湯って、つまり温泉っすか! いいですね」


 夜が更けた頃。さっそく僕は薬湯へ向かった。

 人気のない大通り。冷えた夜の風が心地良い。見上げると、満天の星空が広がっている。


 良い心持ちだ。夜中の散歩は懐かしいものがある。よく深夜のコンビニにカップ麺やお菓子を買いに行っていたから。深夜なら外に出られるのさ! ひきこもりあるあるだねっ。 


 ひとりノスタルジーに浸りながら、静かな大通りを歩いていると。

 違和感は音もなく襲ってきた。


「えっ……」

 体が、動かない。金縛り!? 


 僕は片足を踏み出した体勢で固まってしまった。

 何が起きたかわからない。


 直後、背に人の気配を感じる。


「グリム王子、ですよね。ご無礼をお許しください。念のため、魔法『時間停止ストップ』をかけさせていただきました」


 背後から聞こえたのは、少女の声。知らない声だった。

 グ、グリム王子? 何それ。っていうか、金縛り状態だからこちらは声を発することができないんだけど。


「こ、答えてくださいッ。あなたは漆黒の血盟ブラッディアの次期盟主にして、このガーゴイルの主、グリム王子なのですよね!?」

 危機迫った詰問。


 待って、めっちゃ「人違いです」って答えたいけど、体も喉も動かない。この金縛りの魔法を解いてくれーっ。でないと、しゃべれないぞっ。


 ザッ、ザッ、ザッ。

 足音が近づいてくる。声の主は僕の前にその姿を現した。


 美少女だ。


 街の明かりに照らされた肌は褐色に光る。まん丸の瞳は血よりも鮮やかに赤い。後ろで一つ結びにしている黒髪の髪はしっとりと濡れているように見える。


「答えてくださいッ。グリム王子、なぜサイクロプスを倒したのですか。なぜ今まで、何の連絡もしてくれなかったのですか! サバト女王も、アタシも、とっても心配していたのですよ……」

 うつむきながら、深紅の瞳に憐憫の涙を浮かべている。


 なるほど。この子、アホ属性だ。

 自分でかけた金縛りの魔法のせいで、僕は一言も返せずにいる。


 ツッコミ不在のひとり寸劇を、月だけが見ていた。

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