間章 王子様の居場所がわからない

第22話 アタシはアタシのすべてを捧げます

「クンクン……グリム王子のにおいだ」


 ガーゴイルの娘は大空を飛ぶ。眼下には、広大な森。人の街が見える。

 ロンザの宿場街だ。


「間違いない。あそこに王子がいる」


 ガーゴイルの娘に名前はない。

 自分がいつどこで生まれたかすら覚えていない。


 物心ついた頃から、漆黒の血盟ブラッディアの要塞でメイドとして働いていた。


 ガーゴイルはグリム王子のお世話を担当していた。

 自分はトロくて不器用なガーゴイルだったが、グリム王子はひたすらに優しかった。


 ある日の昼下がり、紅茶を淹れたときにティーカップを割ってしまったことがある。ヘマをして泣きそうになっているガーゴイルに対し、グリム王子は優しく抱擁してこう言った。

「ケガがなくてよかった。ボクには君しかいないのだから、気をつけて」と。

 そのときに誓ったのだ。自分はこのお方のために命を賭そうと。


「グリム王子のためなら、アタシはアタシのすべてを捧げます」


 キッと唇を結び、ガーゴイルは地上へと降下していく。

 ロンザの街から少し離れた森の茂みに着陸した。


「魔族の姿のままじゃ、絶対追い出されるよな……」

 コウモリの羽根、山羊の巻きヅノ。少なくとも、この辺は隠さなければ。


「夢にも勝る道化を我に。『変身の幻術トランスフロア』ッ」

 ガーゴイルの体を白い光が包む。


 光が消えた頃には、羽根もツノも消えていた。もともと人間に近い外見であるため、ただの褐色の黒髪少女に見える。


「さて、と」

 ガーゴイルは旅人を装ってロンザの街に入った。


 まるで人気がない。街の飛脚隊も見えないし、往来を通る旅人の姿もない。


「ようこそ、旅のお嬢ちゃん。本来なら歓迎したいところなのだが……」

 適当に入った宿屋の男に話を聞いた。


「実はねぇ、疫病が流行っているんだ。体が石になる病気さ。治療院にはたくさんの患者がベッドに寝てるよ」

 聞くと、この初老の男は町長だという。


「しかしね、先ほど来た冒険者のパーティがこの街を救ってくれると言ってね」

「冒険者の、パーティ……。おじさん、そいつらって、どんな奴らだった?」


 町長はアゴヒゲを触りながら答えた。

「えっと、銀髪の少年と、女の子の生首とー、冴えない僧侶さんの三人組だったなぁ」

 銀髪。間違いない。グリム王子だ。


「彼ら、ただ者じゃないな。流行り病が悪意のある呪術師のしわざだって見抜くなんてさ」

「その銀髪の少年は、今どこに?」

「呪術師の野郎を倒すと言って、西の森へ向かったよ。無事でいてくれればいいが」

 ガーゴイルは町長に別れを告げ、宿を出た。


 疑問だった。なぜグリム王子はこのような街を救おうとしているのか。

 少女の生首とは、勇者だろう。


 勇者の亡骸を手に入れるために同行しているのはわかる。しかし、あくまでグリム王子の目的は漆黒の血盟ブラッディアの繁栄、ひいては魔族と人間の共存だ。


 そのために、強大な魔力と生命力を含有している勇者の亡骸が必要なのだ。

 この街を救って、何のメリットがある?


「サバト女王の言うとおり、まさか」

 ――裏切り?


 街の人間たちが石化する原因は、病でなく呪術だ。間違いない。

 蛇のような生臭いにおいが街に充満している。まさに、呪いのにおいだ。

 しかし、魔物並の嗅覚がなければ気づけないはず。いったい誰が。


「ちくしょう、何がどうなってんの」

 頭を掻きながら大通りに出たそのとき。


「――!? 何かが、来る」


 ガーゴイルの五感は人間の100倍敏感だ。

変身の幻術トランスフロア』を解き、羽根を広げる。


 砂煙を上げて上空に飛翔。再び大空から森を俯瞰すると。

 蛇人間の大群だ。この街目がけて押し寄せてくる。


「ナーガの群れか。一匹一匹が小さいな。どうせしょーもない呪術師が生け贄に困って街を襲わせてんだろ」


 ガーゴイルは虚空に右手を広げた。

「出てこい、『闇闇戦鎌ジョーカー』」

 漆黒の大鎌が現れた。刃も柄も、深い黒。光を決して反射させない絶対闇の大鎌である。


「気に入らない。私利私欲で人を襲う魔族は、漆黒の血盟ブラッディアの理念に反する。アタシにとって、敵だ」


 大鎌『闇闇戦鎌ジョーカー』をブンッと振り上げる。


 もともとガーゴイルは戦闘が本職の魔族だ。城でメイド仕事をするよりも、敵の首を狩る方が性に合っている。


 ガーゴイルは楽しそうに舌なめずり。

「王子が守ろうとしている街を食らおうってなんて、生意気」


 理由はどうあれ、愛しきグリム王子はここに住む人間を生かそうとしている。下級魔族のガーゴイルにはその真意を計れないが、きっと深い思慮があるに違いない。


 背の羽根をしまいこみ、空の青を蹴り込んで急降下。

「死ねッ! 蛇どもッ」


 ガーゴイルはナーガの群れの中央に着弾し、同時に『闇闇戦鎌ジョーカー』を薙ぎ回す。

 闇の円斬は、ナーガどもの首をいっせいに空高く打ち上げた。

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