第21話 新しい弾丸を手に入れたゾっ 

「あがが……なんで……ぐるじいんだけどぉ……」

 呪術師バイロンは膝をついた。苦しそうに喘鳴を荒げながら、嘔吐した。


「うぼぁっ! ゼェゼェ、これってもしかして……」

「ああ、お前の呪術でつくった魔法薬の毒素だ。どうだ、苦しいだろ」


 僕はスキルで具現化した回転式拳銃の銃口を自分のこめかみに当てる。

「『灰色回転銃マイ・リボルバー』、弾倉Ⅲに黒弾『呪詛無効アンチカース』をセット」


 キュンッ。

 トリガーを引いた。脳を黒弾が貫いたのと同時に、僕の身体から毒素が抜けていく。


「ふう、危なかった」

呪詛無効アンチカース

 呪術によるあらゆる攻撃を無効化させる耐性スキルか。


「こ、こんなの初めて……アタイが……アタイ自身の魔法薬で死にかけるなんて……ゲボッ」

 うええ、バイロンは黄色い嘔吐物をぶちまけた。


「バイロン、お前は呪術に対する耐性スキルを持っていた。だから魔法薬で毒された空気を吸っても平気だったんだ」

「じゃあ……今のアタイは……オエェェェエエッ!」

 おっさんの嘔吐シーン、きついな!


「僕の『灰色回転銃マイ・リボルバー』でお前の耐性スキルを奪ったんだ。僕の苦しみ、わかったか」


 バイロンは地面に突っ伏した。完全勝利。呪術師バイロン、討伐成功だ。

 はっと、気づく。勇者様はどこだ。


「勇者様っ!」

 周りを見回すと、勇者の生首はちょこんと岩に乗っていた。


「また新たな弾丸を手に入れたのか。いつ見ても面白い能力だな」

「だ、大丈夫なの?」

「我輩か? 甘く見るなよ。もともと首チョンパされても生きてるんだぞ。『不死再生イモタリティ』は、いわば不死身スキル。たいていのことではダメージを受けない。って、ハイバラ、それ以上近寄るな。お前、そのおっさん呪術師にハグされたり舐められたりしてただろ。変な菌が移るから、近寄るなッ!」

「ひっど! 変な菌って、子供の悪質なイジメかい! こっちは死にかけたってのに」


 右手から銃の重みが消えた。例のごとく、銃は灰色の燐光となって消えていく。

 危機が去った、ということだろう。


「ハイバラ、急いで阿呆の聖職見習いアコライトを助けにいかねば」

「そうだッ。シルルさん!」


 シルルは僕らを先に行かせるために、毒牙を持つナーガたちと一人で戦ってくれているのだ。無事でいてくれればいいが。


「すぐ戻ろう。勇者様、乗って」

 勇者の生首を肩に乗せ、踵を返したそのとき。

「グフフフ……もう遅いわぁ……あの聖職見習いアコライトもロンザの住人も、全員食われている頃よぉ……」


 足が止まった。

 振り返り、僕はバイロンの胸ぐらを掴み上げる。

「どういうことだ」


 バイロンはよだれと嘔吐物を垂らしながら、勝者のような笑みを浮かべている。

「グッフフ……すでにあんたたちが来る前に、ナーガの大群をロンザの街に向かわせたのよぉ……今頃、良い感じに石化した住人たちをむしゃむしゃしている頃でしょうねぇ……オエッ」


「ハイバラ!」

「うん、急ごう」

 バイロンの手足を縄で縛り、ひとまずここに放置。


 すぐに洞窟の復路を駆け上がる。一刻も早くシルルを助け、ロンザの街へ引き返さないと。

 エレナが危ない!


「そんなことより、ハイバラ」

「なにっ」

「お前の袖、あのおっさんのゲロがついてるぞ」

「ええっ!? 気持ちわる!」

「コ、コラァァァア! 我輩の髪で拭こうとするなよッ。マジでキレっぞ!」


 ダッシュで洞窟を抜け出した。

 まぶしい太陽の西日。目を細め、人影を探す。


「シルルさんッ! どこ!? 無事!?」

 すると、茂みの奥から聞き慣れた嬌声が返ってきた。


「ハイバラさまぁー。こっちですぅー」


 声の方向に走っていくと、そこには血まみれでへたり込んだシルルがいた。

 白いローブはちぎれて真っ赤。あらわになった肩には、三本爪のひっかき傷が痛々しく浮かんでいる。


「シルルさんっ! ごめん、ホントごめん。遅くなって。僕らがぐずぐずしていたから、こんな怪我させて……」

「あ、いや、平気ですぅ。傷自体はヒールで全然治せますので……」

「そっか。ホント、生きていてくれてよかった」


 足元には紫色の体液をべっとりとつけた鉄槌矛メイス

 辺りを見回すと、頭部を潰されたナーガの死骸がそこかしこに転がっていた。


「こ、これ全部シルルさんが倒したの?」

「あ、えっと、はい。一応。ギリギリでしたけど、えへへ……」


 いやいや、凄すぎるでしょ。だって、魔族ナーガを10体だぞ。補助職の聖職見習いアコライトが一人で倒せる相手じゃないっしょ。


 賞賛する僕とは違い、勇者様は怪訝そうに眉をひそめた。

「シルルや、お前のその肩の傷、ナーガの爪によるものだよな」

「ああ、えっと、はい」

「ナーガの爪には神経毒がある。お前が言っていたよな。激痛が数日続くと」


 そういえば。


「ええっと……そうでしたっけ……」

 いきなり歯切れが悪くなるシルル。


「なぜお前は平気でいられる? しかも、傷跡は左肩の一カ所だけ。受けた攻撃はその一撃だけか? お前は毒牙の激痛に耐えながら、そのあとの攻撃すべてを回避したっていうのか?」

 勇者様は恐い顔で詰問した。


「ええ……えっとぅ……うう」

 ったく、こいつは。


 僕は金髪頭に空手チョップ。

「いってぇえ! 何すんだ、ハイバラのアホぅ!」

「勇者様、詮索はあと。今はシルルさんが無事でいてくれただけでもよかったじゃないか。それに、まだ戦いは終わってないんだ」


 僕はシルルの手を取って走り出した。

「ちょっ、ハイバラ様」

「呪術師バイロンはすでにナーガの大群をロンザの街に仕向けていたんだ。奴を倒しても、ナーガたちは止まらない」

「そ、そんな……」

「エレナが危ない。急いで街に戻ろう」


 勇者様は僕の肩でふてくされている。

 人には知られたくない秘密の一つや二つあるもんだ。無理に聞き出すモノじゃない。野暮ってもんだ。


 落ち着いたら、その辺を教えてやるか。

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