第20話 おっさんに舐められたゾっ

 呪術師バイロンが遭遇したという少女のアンデッド。

 ナーガたちの襲撃を撥ねのけ、バイロンの左足を奪ったほどの強さを持った首ナシ。


「間違いない、我輩の亡骸だ」

 神妙に勇者様がこぼす。

 まさかこんなところで『勇者の亡骸』の情報が得られるとは。


「あらぁ、あなたたちのお友達だったのぉ? なら話が早いわぁ。そのアンデッドちゃんの代わりに、あなたたちが生け贄になってもらわなくちゃ、ムフッ」

 バイロンは低い声で笑うと、バッと両の腕を広げた。


 合図だった。背後で扉が閉まる音がする。

 閉じ込められたッ!?


「くるぞ、ハイバラッ」

「くっ……」

 僕は勇者の生首を背中に乗せて、四本足でしっかり地面をとらえる。


「ムフフッ、わざわざアタイがながーい無駄話をしたのは、これの熟成を待っていたから」

 バイロンは傍らに置いてあった壺をひっくり返した。


 紫色の液体が流れ出る。もくもくと煙幕のように白い煙が噴出し、刺激臭が僕の鼻をついた。

 異変はすぐに起きた。


「う……なんだこれ……力が抜けて……」

 脱力感が全身を襲う。直後、僕の身体から灰色の燐光が漏れ出し、『四肢獣化ビーストキング』が解除された。

「お、おいおいおいっ。何スキル解いてんだよ!」


 勇者様の文句も虚しく、僕は人間の姿へと戻ってしまった。筋肉が弛緩していく。立っているのもやっとだ。


「これはねぇ、相手の生命力を奪う魔法薬なの。アタシの自信作♪ 命の灯火が消える瞬間ってのがたまらなく好きでねぇ。すぐに死ぬことはないわぁ。ゆっくーり弱っていくから。ムフッ、ムフフフフ……」

「くっそ……」

 僕はたまらず膝をついた。


 ガクガクと震える膝。倒れたら、きっと起き上がれない。

 意識すら朦朧としてきた。強烈な吐き気。鼻腔を通る胃酸の臭い。


「ハイバラ、冗談じゃないぞっ。外で戦っているシルルはどうする気だ、ああ!? お前がここで諦めたら、全部パーだぞ!」


 わかってる、わかってるっての!

 でも、身体が、動かない……。


「ムフッ」

 ぬっと、大きな影が近くに来た。

 呪術師バイロンである。ひどく楽しそうだ。


「ムフフッ、ハア、ハア、ムフ。ああ、綺麗な銀髪ねえ。サラッサラで、憎らしい。アタイなんて剛毛の天パだから、髪を伸ばせないのよぉ」


 僕の両脇を抱えるように、正面からハグしてきた。

 鯖折りような体勢。耳元で、男の荒い呼吸が聞こえる。嫌悪感しかない。


「ああ、かわいい。カワイイかわいいカワイイ。女の子みたいな顔だち、華奢な骨格。アタイが求めている全部を持ってる。かわいすぎて、憎さ100倍♪」


 抵抗できない。

 調子に乗ったバイロンは、僕のほほをベロリと舐めた。

「んんッ! おいしい」

 やっべ、こいつ狂ってる。マジで絶対絶命。


 シルルさん、ごめん。迎えに行けなそうだ。勇者様、早く逃げろ。


「アタイねぇ、呪術師になる前は王都で教師をしていたのよぉ。子供に初級魔法を教えていたの。けど、このゴツい身体と怖い顔のせいで、あんまり人気なかったんだけどねぇ」


 消えゆく意識の中で、ふと疑問が浮かんだ。

 あれ、なんでこいつは――。


「ある日ねぇ、生徒をひとり殺しちゃったのよぉ。だって、アタシを指差して『キモい』って言ったんだものぉ。自業自得よねぇ。そこから、王都を追われて呪術師になったのぉ。あれが転機だったわぁ」


 なんで、こいつは平気でいられるんだ。

 僕と同じく、紫の液体から噴き出す湯気を吸っているのに。


「呪術は人の欲望を実現してくれる最高の魔法なのよぉ。副作用で死んじゃう人もいるけど、アタイ、身体だけは異常に強いの」


 身体が、強い?

 違う。きっとこいつ特有の体質なのだ。


「アタイは美少女になるわ。みんなから好かれるような見た目になるの。だから、あなたの綺麗なお顔をいただくわねぇ」


 呪術の毒素が蔓延したこの部屋で正気を保っているのは、そういうスキルがあるからだろッ!


 僕は最後の力を振り絞って、その可能性に賭けた。

 いつの間にか右手にあった回転式拳銃リボルバーを、密着しているバイロンの脇腹に当てる。


「んんー? なにかしらぁ」

 もう遅い。銃口の向かう先は、心臓。


 ――『灰色回転銃マイ・リボルバー』 発動。

 弾倉Ⅲ 白弾 をセット。


 僕は震える指でトリガーを引いた。

「ぎゃああッ!」

 慎ましやかな銃声と太い悲鳴。バイロンの胸部を白弾が貫いた。


 ――弾倉Ⅲ に 黒弾『呪詛無効アンチカース』が装填されました。

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