第19話 敵は気色悪いおっさんだったゾっ
「ちくしょう……ちくしょうっ」
洞窟の中。僕は涙をこらえて必死で走る。
シルルをおとりにしてしまった。ナーガ10体に、あの華奢な
「ハイバラ、みっともないぞ」
肩に乗る勇者様は冷ややかだった。
「何がだよッ! シルルさん一人で勝てるわけないだろッ」
「バカ者! なぜ決めつけるのだ。お前は自分の仲間すら信じられないのか、ああ!?」
そんなこと言ったって……。
罪悪感と憐憫で気が狂いそうになる。
「それよりハイバラ、お迎えがきたぞ!」
洞窟の奥からナーガが二体現れた。
「キィィィイッ、侵入者の肉は俺がいただくぜ」
恐竜ような太く鋭い爪を振り上げて向かってくる。
「どけぇぇぇえ! お前の相手なんてしてる時間はないんだよッ」
早くケリを着けて戻ってあげないと、シルルが――。
ずしりと、右手に金属の重みを感じる。
「邪魔だ! 『
流れるように素早く銃口をこめかみに当て、トリガーを引いた。
キュンッ。
灰色の燐光を纏いながら、銃弾は僕の脳を貫いた。
心臓が大きく鼓動し、獣の血を全身に巡らせる。白い体毛が全身を覆い、骨格が狼のそれへと変形していく。みなぎる力。抑えきれない殺意。
「おお、狼男、再びだな」
爪の破壊力なら、僕の方が上だ。
ナーガ二匹を一撃で屠る。
「クハハハッ、行け! 我が忠犬、ハイバラよッ」
僕は全速力で洞窟を進む。気がつくと本当の狼のように四足で地面を蹴っていた。
奥へ行くにつれて暗闇が深くなる。しかし、今の僕は狼だ。夜目がきく。
途中でナーガ三匹と遭遇したが、一瞬で蹴散らす。
「最奥が近いぞ、油断するなよっ」
勇者の助言通り、堅牢な扉が行く手を阻んだ。
勢いそのままに、僕は扉を蹴り破った。
大広間に出た。壁にはたいまつがかかっていて、その明かりで人影が揺らめいる。
大柄な男が振り向いた。紺色のローブを纏っていて、老人のように猫背だ。焦点の合っていない双眸を僕らに向ける。
笑った。
「ウフフフフフフッ。いらっしゃい、無礼なお客人♪ 狼の坊やと、美少女の生首なんて、刺激的だわぁ」
女っぽい口調だが、濁った太い男の声である。しかも髪型が角刈りであるところがなんとも気持ち悪い。
「あんたが呪術師バイロンか」
「いかーにも。アタイがバイロンよぉ。ナーガの瞳を通して途中まで見ていたけど、あなたたち、ロンザの街から派遣された冒険者? だとすれば優秀だわぁ。アタイの魔素を追ってここを突き止めるなんて」
バイロンはここで寝泊まりしているようだ。藁でつくった簡易ベッドに、書物の山。たき火をしたあとも見える。バイロンの脇には、液体の入った大きな壺。モクモクと不気味な湯気を噴き出している。
「なぜ街に呪術をかけたんだ」
「愚問ねぇ、狼の坊や。肩に乗せているかわいい生首さんにはお見通しみたいだけどぉ」
「お? 我輩がかわいいだと。呪術師にしちゃ見る目があるじゃないか。いいぞ、答えてやろう」
勇者様は謎解きの解を突きつけた。
「ナーガへの生け贄だろ?」
「ウフフフッ、その通り。使役魔族のこと、よく知ってるじゃなーい」
「ただ、解せない事も多い。なぜ街一つを食いものにしようとした?」
なぜそれが解せない事なのか、僕はサッパリだ。
僕の疑問符を読み取り、勇者様が面倒くさそうに吐息する。
「ったく。無知で低脳なハイバラくんでもわかるように説明するとだな。ナーガのような魔族を使役するとき、術者は契約の代償として生け贄を差し出す。生け贄は、だいたい人の命であることが多い。だから呪術師は、生け贄目的で旅人を襲ったり、農村から娘を誘拐したりする」
「そうなのよぉ。魔族を飼うって、大変なのよ~」
「生け贄の調達はバレないようにやるもんだ。騎士団にでも見つかりゃ、打ち首だからな。なのにこいつは、ロンザの街全体を呪術で襲った。しかも、街からたいして離れていない場所にアジトを構えるなんて、身バレの危険侵しまくりだ」
「確かに、言われてみれば……」
すると、バイロンは首を傾けて嬉しそうに笑った。
「ムフフフフフフッ。頭の良い子はだーい好き♪ ねぇ、見てこれ。見てぇ」
バイロンは着ているローブの左裾をめくった。
「うっ……」
左足の、膝から下が欠損していた。傷口は包帯でグルグル巻きにしているが、黒い血が滲んでいる。
「聞いてよぉ。ちょうど一週間前にぃ、たまたま首のない少女のアンデッドに出会ったのぉ。その子、尋常じゃないくらいの魔力と生命力を持っていてぇ、こりゃあ上質な生け贄だわって思ったのよぉ」
「首のない……少女の……」
まさか、それって。
「でねでねぇ、いつも通りナーガたちに襲わせたら、もうソッコー返り討ち。人間とは思えないほど強くてぇ。見たことないスキルや魔法をガンガン使うのよぉ。でぇ、ナーガたちが全滅して、アタイも左足を失ったってワケ。この足じゃ遠くに行けないし。消耗させてしまったナーガたちを復活させるために、大量の生け贄が必要だし。もう踏んだり蹴ったりで、手っ取り早く近くにあったロンザの街から住人たちの命を頂戴しようとしたワケ」
「そのアンデッドとは、どこで出会ったのだ!」
勇者様が剣幕で叫んだ。
間違いない。
そいつが、僕らの探している『勇者の亡骸』。
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