第16話 聖職見習いにお任せだゾッ
「ちょ、ちょっとエレナちゃん。どういうこと。流行り病って何」
半泣き状態で薬湯や解毒薬を鞄に詰めるエレナ。手を止めて、唇を噛んだ。
「ひっく……つい一週間くらい前から、ロンザの街で流行り病が蔓延しているの。私、実はおじいちゃんを引き留めたんだけど、俺は身体の丈夫さだけが取り柄だからって聞かなくて」
「流行り病……」
「私には、おじいちゃんしかいないの。たった一人の家族なの。すぐに街へ行かなくちゃ」
話によると、ロンザの宿場街まで森の中を半日歩かなければならないらしい。
知らせを届けてくれた傭兵は隣町まで薬をもらいにいくという。護衛は頼めない。
またムカデ野郎に襲われたら大変だ。
僕は勇者様の顔色をうかがった。勇者様もそれに気づいたようで。
「ったく。ハイバラ、お前はどんだけお人良しなんだよ」
「あ、わかった? よしっ! これから我がパーティはエレナちゃんを護衛しつつ、ロンザに向かいますっ。異論は認めません」
「ハイバラ様の優しさはぶれませんねっ」
「ハァ……。我輩の亡骸探しはいつになったら進むのやら」
「別にいいだろ。どうせロンザの宿場街を通過する予定だったんだからさ」
というわけで、僕らはエレナとともに木こりの家を出発した。
半日歩き、到着したのは正午すぎだった。
ロンザの宿場街。
中央通りは閑散としていた。店のほとんどが閉まっている。うろついているのは山羊と犬くらい。大通りを囲うように家々が建っているが、人気がない。鎧戸が閉められ、外の空気を遮断しているように見える。
僕らは治療院に急いだ。
「おじいちゃんッ!」
エレナは老人の眠るベッドに駆け寄った。
「こりゃひどいな……」
陰鬱な空気が充満していた。
礼拝堂の祭壇を取っ払ってつくられた簡易的な大部屋に、ベッドが二列並んでいる。計20名ほどの大人が横になっていた。
白衣を着たシスターがせっせと世話をしている。
「う……エレナ……なぜ来たんだ」
「そりゃ、来るよッ! おじいちゃんは私の大事な家族なのよ。なんで、どうして……。買い出しで一日滞在しただけじゃない。そんな短時間で、なんで流行り病なんかに」
老人のしわがれた声が僕らに向けられた。
「君たちは」
「エレナちゃんにお世話になった者です。僕らの目的地もこのロンザの街だったもので、護衛もかねて、ともにここへ」
「そうか、ありがとう。ではもう一つ、頼まれてくれないか。一刻も早く、エレナをこの街から遠ざけてほしい」
「おじいちゃん!?」
そりゃそうだろ。ここにいたらエレナも流行り病に感染しかねない。
老人は続けた。
「わしの足を見ろ」
肌の色が黒く変色していた。
「石みたいに硬いのだ。この奇病は人を石化させる。それも、恐ろしい速さでな。ここにいたら、君たちも……ゴホッ、ゴホッ」
「おじいちゃん、これ飲んで! 私が調合した万能薬」
エレナは鞄から小瓶を取り出した。新緑色の液体が揺れている。
「ああ、ありがとう……」
老人はまだ動く左手でゆっくりとエレナの薬を飲み込んだ。
すると、誰も予想していないことが起きた。
「う……ぐ……ゲホッ」
「おじいちゃん!? そ、そんな……」
老人が咳き込むと、手足の黒石化がみるみる進んだのだ。先ほどまでハッキリしていた意識は消え、昏睡状態となる。
おいおい、万能薬じゃなかったのか。
異変に気づいたシスターたちが集まってきて、僕らは治療院を追い出されてしまった。
「いろんな薬草を調合した薬だったの。効かないわけないの。なんで……」
エレナは悔しそうに唇を噛んでいる。
自慢の薬だったはずだ。しかし、飲んだ瞬間に症状が悪化するとは。
「エレナさん、これは病気ではありません。呪術です」
「え?」
指摘したのはシルルだった。
青い前髪をぐいぐい引っ張りながら、珍しくハキハキした口調で続ける。
「わたくしは
すげー。珍しく頼もしい。
「どうすればいいの!? このままおじいちゃんが死んじゃったりしたら、わたし……」
エレナはシルルのローブにすがりつく。涙は止まらない。
「この街に呪いをかけた呪術師がどこかにいるはずです。そんなに遠くない場所に、必ず」
「なるほど、そいつを見つけてボッコボコにすればいいんだな。くっくっく、やっと我輩のスキルの見せ所がきたってわけかっ」
生首の勇者は金髪の触手で鼻の下をこすっている。絵に描いたようなドヤ顔だ。
「なんかできるの? 勇者様」
「おい、クソハイバラ。我輩の力を甘く見ると、また肩の傷に髪の毛パンチを食らわすぞ」
「やめてくれっ。せっかくシルルさんにヒールしてもらって治りかけなんだから!」
コホン、と勇者様は咳払い。得意げににやついた。
「13個あるうち、生首である我輩に残った唯一のスキル『
僕は例のごとく勇者様をデコピン。
「自慢はいいから、話を進めて」
「ぐぬぬ……。フンっ、『
「それって」
シルルは閃くように目を開いた。
「そう。病人どもから出ている魔素の行き先をたどれば、黒幕の呪術師に行き着くってわけだ」
「すごいじゃん、勇者様!」
「ヌハハハッ! 今頃気づいたかっ。もっと我輩を褒め称えるがよい。なでてくれてもよいぞっ」
乗りかかった船だ。
エレナには、一宿一飯の恩がある。
勇者の亡骸探しも大事だが、目の前で苦しんでいる人たちを見捨てるなど僕にはできない。
異世界転生したときに誓ったのだ。もう絶対、後悔はしないと。
シルルも同じ気持ちのようだ。勇者様も「やれやれ」とぼやきながら鼻をほじっているが、呪術師討伐に反対はしなかった。
この勇者、根は良い奴なのだ。口が悪いだけで。
「お願いだよ、ハイバラさん、シルルさん、勇者様。絶対に、悪い呪術師をやっつけてね」
エレナをシスターに預け、僕らは治療院を出た。
いざ、呪術師討伐だ。
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