第15話 転生者だってバレたゾっ

「お前なぁ、そういう大事なことはもっと早く言えよっ!」

「いってぇ! そこ、ムカデに噛まれたところだからっ」


 勇者様は激おこプンプン丸。髪の触手で拳をつくり、僕の包帯が巻かれた肩を殴った。


 僕はすべてを話した。

 自分が異世界人であること。流れ星に撃たれて死んだ末に、この世界に飛ばされたこと。


 この身体は僕のものでないこと。


【弾倉Ⅰ】黒弾『肉塊』


 スキル『灰色回転銃マイ・リボルバー』により、どこかの誰かさんの肉体を奪い、今の僕がある。


 意外にも、勇者様は僕の話を信じてくれた。

 それから、僕は自分の考えを話した。


 勇者様の亡骸に宿る『再出発リセッタ』により、この肉体から僕の魂を追い出し、もとの持ち主に返すべきだと。


「それでいいのか。お前は、お前自身を消すために旅をすることになるんだぞ」

「迷いがないって言えば嘘になるよ。恐怖もある。『再出発リセッタ』でこの体から追い出された僕の意識はどこにいくんだろう、とかね。でも」


 僕は銀髪を掻き上げる。

「このままこの身体で生き続けても、僕はきっと後悔するから」


 異世界転生は夢だった。この世界に来て、ずっとワクワクしている。

 けど、誰かを犠牲にしてまで生きていたくない。


「ごめん、僕はそういう人間なんだ」

「ふむ。シルルには黙っておけ。どういうリアクションをするか予想がつかん。メンヘラ発揮して発狂されても面倒だからな」

 まったくその通りだ。


 それからシルルが女の子を連れて戻ってきた。僕らが助けた子、エレナである。

 二人とも、腕一杯に薪を抱えていた。


「目が覚めたのね! よかったぁ……」

 エレナは栗色のおさげを揺らしながら僕に駆け寄ってきた。


「ああ、君がエレナちゃんか。ありがとう、君の解毒剤のおかげで命拾いしたよ」

「と、とんでもないっ。こちらこそ助けてくれて、ありがとうございましたっ」

「こいつが勝手に雑魚ムカデに噛まれただけだけどな、ヒヒッ」

 勇者様が下品に笑う。


 シルルが新しい包帯を僕の肩に巻いてくれた。

「隙だらけで魔物に突っ込んでいく愚かさと勇敢さ、さすがハイバラ様って感じでしたっ」

「シルルさん、いちいち毒舌を混ぜてくるよね」


 それからエレナのお手製料理をいただいた。野菜スープとパン。山羊のミルクという質素な食事だ。


 レベロ村のレストランで豚料理を死ぬほど食わされていたので、こういうあっさり系の食事は逆に嬉しい。


「ロンザの街に買い出しへ出かけたおじいちゃんが戻らないの。だから、こんなものしか出せなくて」

「いや、ありがたいよ。特にこのエレナちゃんお手製スープ、絶品だよ」

「うふふ、このスープはね、たくさんの薬草が入っているのよ。身体にもとってもいいの。ロンザが宿場街として栄えたのも、この辺の森でとれる薬草料理が旅人たちの疲れを癒やしたからって言われているわ」

 へー、面白い。


 良い機会だったので、僕はエレナに使える薬草や薬湯の知識を教わった。エレナはテーブルに乾燥させた葉っぱやら根っこやらを並べて楽しそうに語ってくれた。


「エレナ先生、質問ですっ。精力増強にはどの薬草がいいんですか!」

「ハイバラくん、いい質問です! で、セイリョクゾウキョウってどういう意味?」

「精力増強ってのはね……」

「ちょ、ちょ、ハイバラ様。あまり変なことを教えちゃダメですよぅ」

「フンっ。バカは放っておけ。我輩はもう寝るぞ」

 煖炉の近くで毛布にくるまる勇者の生首。


 夜も更けた頃。


「私ね、将来はこの家を出て、薬師になりたいの。この森で獲れた薬草でポーションをつくって、王都にお店を開くの。お金をたくさん稼いで、おじいちゃんを楽させてあげるのっ」


 エレナは恥ずかしそうに夢を告白した。

 しかし、瞳には確固たる意思が光っていた。


「最高じゃん。儲かりだしたら、僕も雇ってよ!」

「エレナちゃんなら、きっとできますよっ」


 夢を持つのはいいことだ。

 夢も希望もない子供部屋おじさんだった僕からしたら、一生到達できない高みにエレナはいる。


 前世の僕だったら、エレナのようなキラキラした子供を疎ましく思っただろう。

 しかし、今は違う。ちゃんと応援できる。心から成功してほしいと願える。


 一度死んで、僕の人生観が変わったからか。それとも、この肉体の持ち主だった少年の性格が影響しているのか。


「そろそろ眠りましょうか。私は山羊と一緒に寝るから。ハイバラさんとシルルさん、そのベッド使っていいよ」


 エレナは屈託のない笑顔で毛布片手に部屋を出て行った。

 残された僕とシルルは目を合わす。


「ハ、ハイバラ様……仕方がないですよね。ベッド、一つしかないのですもの。えっと、わ、わたくしが下になった方がいいですよね……」

 もじもじ。青い前髪をぐいぐい引っ張って、赤く火照る頬を隠そうと必死なシルル。

「いや、下とか上とか、別に重ならないから僕らっ。つ、疲れただろ。シルルさんにベッド譲るよ!」

「あ、あの、ハイバラ様、この硬くて大きな根っこを煎じて飲むと精力増強らしいですよ」

「大丈夫ですっ、まだ自力でイケますんで!」


 なんだろ、シルルのアプローチがだんだんあからさまになってきた。

 デレ展開は嬉しいのだが、ほら僕、童貞だし。


 ぶっちゃけ言おう。ビビってまーすっ。しゃーないだろ、こういうお誘いに免疫ないんだから。


 それからシルルにベッドを譲り、僕は床に毛布を敷いて眠った。

 とても素敵な夜だった。

 勇者様に本音を言えたし。エレナやシルルと楽しく過ごせたし。


 こんな旅なら一生続けたいな。と思った矢先。

 不吉は突然やってきた。


 翌朝、家の扉が荒々しくノックされた。


「エレナッ! じいさんが街で倒れたんだ。あの流行り病に違いない」

 ロンザの宿場街から来た傭兵だった。

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