第二章 次の街でも人助けの流れは止まらない
第13話 スキルなしだと僕は雑魚だゾっ
「丘を越え~、ゆこうよ~♪ くち~ぶえ~吹きつ~つ~♪」
「おい、ハイバラよ。我輩の耳元でヘンテコな歌をうたうなっ」
「勇者様が僕の肩に乗ってるのが悪いんだろ。左肩だけめっちゃこるんですけど」
「うふふ、ハイバラ様のお歌、とっても素敵です。すごくヘンテコですけど」
「ああ、シルルさんまで……」
三日間歩き続けた僕らは、やっとこさ平野を抜けて森に入った。
この森を抜ければ、ロンザの宿場街だという。
広葉樹が生い茂り、昼間なのに薄暗い。高湿な空気と青臭さで息がしづらい。
ぶっちゃけ、ぐったりだった。歌でも歌わないと足が動かない。
「ねぇ、勇者様。あとどれくらいかかるの」
「なんだ、もう疲れたのか。情けない奴め。これだから最近の若い奴は」
「あんたは自分の足で歩いてないしょーがッ! っていうか、最近の若い奴はって、勇者様いくつなのさ。僕はこう見えてアラサーなんですけど……」
ぴたり。
シルルが足を止めた。
「静かに。悲鳴が聞こえます」
「へ?」「あん?」
口喧嘩していた僕と勇者アルスは口をつぐむ。
「こっちです!」
駆けだしたシルル。慌ててあとを追う。
「確かに聞こえましたッ。 女の子の悲鳴です!」
マジか、全然聞こえなかった。
木々を縫うように走ると、開けた場所に出た。
「た、助けてッ!」
おさげの女の子が肩から血を流して倒れていた。革靴が泥で汚れている。枝に引っかけたのだろう、スカートも破けていた。
何かから逃げていたのだ。
すぐにシルルが駆け寄り、傷口を確認する。
「もう大丈夫ですよ。わたくしたちは旅の冒険者です。傷は深くありませんから、すぐに治癒魔法を……」
「き、きたっ!」
女の子は怯えた顔で、茂みの向こうを指出した。
「カラカラカラ……」
「うお!? なんだあれ……」
巨大ムカデだった。乾いた鳴き声とともに白い瘴気を吐き出している。
全長は2メートルほど。脂ぎった真っ赤な胴体からは無数の足が生えている。蛇のように身体半分を直立させて、僕らを威嚇した。
「なーんだ、名もない低級の魔物じゃないのさ」
金髪の触手で鼻ホジする勇者様。おいっ、僕の肩に鼻くそつけるんじゃねーよ!
「逃げるのは無理そうですね……。ハイバラ様、この子の治療が終わるまで持ちこたえてください!」
「うむ、ここはハイバラに任せよう。我輩も避難だ」
「え!?」
シルルは聖なる光で少女の傷口を癒やしている。勇者様もひょいっとシルルの肩に乗り移った。
「カラカラカラッ」
巨大ムカデは紙切り歯を開いた。口からは粘着系の唾液が漏れ出ている。
完全に捕食体勢じゃないか。
ぼ、僕はどうしたらいいんだ。こんなときこそスキルを発動すべきなのだが、
「くっそ、やってやる」
僕はおもむろに腰ベルトから短剣を抜いた。
「うぉぉぉおおおッ」
叫ばないとやってられねぇッ。
僕は雄叫びをあげてムカデの胴体に刃を突き刺す、が。
ギィィィイン!
はじき返される。え、めっちゃ硬い。
押し返された僕はバランスを崩し、ムカデの真ん前でよろめいた。
「あ……」
見上げると、ムカデ野郎の醜い顔が目の前にあった。
不気味に光る虫の目。そして、生臭い紙切り歯がゆっくり開いて。
ガブリッ。
「ぐぁぁぁああああ! いってぇぇええ!」
噛まれたッ。右肩をがっつりと。
尖った歯が食い込む。目がくらむような激痛だ。
「ハイバラ様!」
シルルの声。
「ぐあ……」
噛みつかれた傷口からムカデ野郎の唾液が浸入してくるのがわかる。それは意思を持ったスライムのように、僕の体内へ滑り込んだ。
「うっ……なんだこれ……」
いきなり強烈な吐き気と悪寒に襲われる。傷の痛みとは別の苦痛が体内を暴れ回った。
ひどい貧血のように視界が色を失っていき、そして僕は意識を失った。
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