間章 王子様の気持ちがわからない
第12話 ガーゴイルの娘は恋をする
とある深い谷底に、『
「お呼びでしょうか、サバト様」
名もなきガーゴイルの娘は玉座に向かってひざまずいた。
女王サバト=グレンデル。
黒いマントと黒いロングドレス。闇の衣とは対照的に、長く編んだ髪は銀色だ。
その厳かな気品にガーゴイルの娘は圧倒されていた。
「ガーゴイルよ。グリムのことで、少々面倒ごとを頼まれてくれるか」
「グリム王子の……。はっ。なんなりと」
女王サバトは指で宙に円を描いた。
魔法だ。燐光が妖精のようにふわりと舞うと、円の中に映像が映し出された。
「グリム王子ですね! 元気そうでよかった。この巨体は、サイクロプスですか」
円の中では、銀髪の少年がサイクロプスに立ち向かう姿が映っている。
「確か、グリム王子は『勇者の亡骸』捜索隊に潜入していると聞いていましたが」
「うむ。潜入はうまくいった。グリムは無事に王都騎士団に認められ、捜索隊に潜り込んだようだ」
コホン、と。サバト女王は小さく咳払いをして続ける。
「お前も知っての通り、
「はい。そのための潜入作戦ですね。危険な任務と知りながらグリム王子が自ら手をあげたときは、このガーゴイル、感極まるものがありました」
騎士団へのスパイ行為がバレてしまえば、打ち首か火あぶりの刑だろう。
この要塞には、言葉ある魔族と人間が合わせて一万人(匹)が生活している。
魔王がまだ地上にいた頃、ひとりの人間の女と恋をし、子を成した。
その子こそ、一代目盟主シンシア=グレンデルである。
シンシアが誕生してすぐ、地上では『言葉なき魔物』が人間を襲うようになっていた。人間たちにとってみれば、『言葉ある魔族』も『言葉なき魔物』も同じ人外だ。
人々は報復として、シンシアの母を殺害した。
魔王は激怒した。それから、魔王率いる魔族と人間たちの大戦争が始まったのだ。
シンシアは迷った。母を殺し、父を狂わせた人間たちとどう向き合うべきか。
そして、一つの結論に至る。
それが
シンシアの血族、すなわち魔王の血は代々と受け継がれ、グリム王子がその末裔というわけだ。
「問題はここから」
女王サバトは眉根を寄せた。
「こ、これは……」
円の中の魔法映像で、グリムの身体が変形した。
ヘンテコな黒い金属をこめかみに向けた直後、グリム王子は獣人――狼男と化したのだ。
その俊敏性と腕力の凄まじさは、画面越しでもはっきりわかる。一撃でサイクロプスを屠ったのだから。
「す、すごい……。グリム王子、こんな変身スキルをもっていたなんて」
「そんなスキルはない」
「え?」
「それに、サイクロプスは私が放った魔物だ。騎士団の実力を測るため、選考会の夜に合わせて召喚する手はずになっていたのだ。もちろん、王子もそれを知っている」
「ということは」
「グリムがサイクロプスを倒すなどありえないのだ」
グリム王子は勇者の亡骸を横取りするために、騎士団の捜索隊に潜入した。サイクロプスを倒してしまえば、騎士団や勇者の生首の実力を見る機会を失ってしまう。
「グリムが使える異能は一つだけ。このような獣の姿になるスキルは持ち合せていない」
「その、異能とは……」
ガーゴイルの娘は唾を飲み込み、女王サバトの返答を待つ。
「魔法、『
女王は指で十字を切り、映像を消した。
「『
一呼吸、沈黙を置いて続ける。
「私には発動させることができなかった魔法だ」
「と、いうと……?」
恐る恐る、ガーゴイルの娘は質問する。まるで禁忌に触れるように。
「魔王の血を引く銀髪の一族に受け継がれた魔法なのだが、扱うには膨大な魔力と才能が必要なのだ。グリムには、その素質がある。『
「は、初耳です……」
「口外してくれるなよ。これは我々の切り札なのだから」
ガーゴイルの娘はずっと気になっていることを聞いた。
「サバト様、なぜアタシなんかにこのようなお話を」
「ふふ、お前はガーゴイルの分際で、グリムを好いているだろう」
「な、なぜそれを!?」
図星だった。
「ふん、わかりやすすぎるのだ。お前、城のゴミ収拾の仕事をしているだろう。グリムの部屋のゴミ箱だけ別の袋に移して、持って帰っていたではないか」
「ヒェェェェエエッ! お、お許しをッ」
ストーカー行為までバレてしまっていたことに、ガーゴイルの娘は涙目になった。
たしかに、好いていた。
下級魔族である自分と、次期盟主の美男子王子。
釣り合うわけがない。そもそも、グリム王子はガーゴイルのことなど知らないはずだ。
「ガーゴイルよ。お前のグリムに対する忠誠心と恋心を見込んで、頼みがある。ここを出て、グリムを追え」
「アタシが、ですか」
「そうだ。グリムと会い、真意を聞いてこい。なぜサイクロプスを殺したのか。なぜ――」
少しためらい、それでも女王サバトは続けた。
「なぜ我々を裏切るようなマネをしたのか」
ガーゴイルの娘は悟った。
「はい。お任せください。このガーゴイル、しかとグリム王子の真意を聞いて参ります」
「期待しているよ」
ガーゴイルの娘はコウモリのような羽根を広げて飛び立った。
後ろで一つ結びをした黒髪がパタパタとなびく。褐色の肌が夕日のオレンジに染まって明るく光る。
「ああ、グリム王子。待っていてください。すぐに参りますから」
想いを寄せる男の子のところへ飛んでいける。
それが嬉しくて、ガーゴイルの娘は沈みゆく夕暮れの太陽に向かって一直線に飛行した。
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