第11話 やっと旅立ちだゾっ
「ハイバラよ、勇者アルスをくれぐれも頼んだぞ」
「はい、任されました」
ルイーダは王都で公務があると言い、朝の内に宿を出た。
勇者の生首を僕らに託して。
「頼んだぞ、くれぐれもっ。彼女は世界の希望なんだからな!」
10メートルおきに振り返るルイーダ。見えなくなるまで、名残惜しそうに手を振っていた。
「さて、筋肉痛の具合はどうだね。我が下僕、ハイバラよ」
勇者少女アルスは器用に僕の肩に乗っている。長い金髪を僕の銀髪に絡ませてながら。
僕はあんたのタクシーかよ。
「えっと、実はほとんど回復したんだよね」
僕の身体は驚異的な回復を見せた。立ち上がれないくらいの疲労感と激痛だったが、一夜にして走れるまでになった。
生前の僕はアラサーのデブおっさんだったわけで、運動したら二日後に筋肉痛がきていたのに。この身体、どんだけ優秀なんだよ。いや、ピッチピチの少年の筋肉ってみんなこうなのか。
「では我輩たちも出発するぞ」
「えっと、どこへ」
「決まっておろう。我輩の身体『勇者の亡骸』を探しに、だ」
勇者の亡骸とは、一三のスキルを使いこなすチート級の肉体である。
スキル『
首はうるさいからすぐに見つかり、今は僕の肩にとまっている。身体はきっと世界のどこかでまだ彷徨っているとのこと。
魔王を倒し、人類の平和を手に入れるためには、勇者の身体の方が必要なのだ。
「ゆ、勇者様。宛てはあるのですか」
シルルが恐る恐る核心をつく質問をした。
「侮るな、貧乏
この勇者の生首、とにかく口が悪い。
「きっと身体の方も、我輩を探しているに違いない。しかし、首なしの人間では魔物に間違われてしまう。だからきっと、我輩が見つけ出してくれるのを待っているはずだ」
「待ってるって、どこで」
「だーかーらー、旅路で寄った街とか、洞窟とか、遺跡とか。お互いの記憶に残っている場所でだ」
なるほど。つまり、勇者アルスが魔王討伐の旅をなぞるってわけね。
「このレベロの村からひたすら南に進むぞ。森を抜けて、ロンザの宿場街へ向かう。そこから荒野の国ロージアンを目指す。我輩はロージアンの女武道会に飛び入りで出場して、見事優勝したのだ。どうだっ、すごいだろ、褒めてつかわせっ」
「はいはい、すごいっすねー」
「き、貴様っ、馬鹿にしたな! 今、我輩を馬鹿にしたなっ」
「いてててッ。ちょっと髪の毛ひっぱらないでッ」
というわけで、僕らは宿屋を出発した。
清々しい空気、青空、どこまでも続く新緑の草原。気持ちの良い旅立ちだ。
成り行きで『勇者の亡骸』捜索隊となった僕。どうせ目的もない転生だ。もう少しこのまま運命に流されるとしよう。
「シルルさん、それ重くない?」
シルルは
「ぜんっぜん平気ですっ。うふふ……」
青く長い髪で片目を隠しながら不敵に微笑むシルル。うむ、
村の人たちに別れの挨拶をしに行ったときにもらったものだ。
村長のおじいちゃんのおじいちゃんが騎士だったらしく、ご先祖様が愛用していた
僕は好みじゃなかったので、シルルに譲ったわけだが。
「ふんふーん、ふーん。わたくし、ずっと手ぶらで冒険者やっていたので、自分の武器が手には入って嬉しいですっ」
上機嫌で音痴な鼻歌を歌うシルル。まあ、僧侶職だからな。
ひたすら草原に続く砂利道を進む。鳥が青空を旋回していて、魔王の脅威などまったく感じさせない平和な空だ。
僕は、背中に革の鞄、肩には勇者の生首を乗せて歩く。鞄には村人から選別として受け取った食料や毛布などの旅人セットが入っている。
「そういえばさ」
僕はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「勇者様はなんで僕ら二人を選んだの? 他にも強そうな冒険者がたくさんいたのに」
ルイーダは言っていた。勇者が王都の外に出るのですら大変な手続きが必要だと。
そりゃそうだ。魔王討伐に必要な人材なのだから。
そんな英雄の亡骸探しという重大任務を非力な僕らに託すなんて、相当の理由があるはずだ。決して適当に決めたわけではない。僕はそうにらんでいた。
「決まっている。貴様らは我輩にはできないことをやってのけたからだ」
「へ? どういうこと」
「魔王討伐が世界の最重要命題であることは誰もがわかっている。なのに貴様らは、貧しい村をサイクロプスから救った。理由を聞けば、弱い者を救うのは当然だという。その場の情に流される者は多いが、実際に行動する者は少ない。だが、貴様らは実際に弱き者のために戦った。世界の平和をほったらかして、な」
勇者は寂しそうな目で流れる雲を見つめている。
「その回り道の仕方は、我輩にはできないことだった。なんせ、我輩は魔王討伐っていう重大責務を背負っていたからな。一刻の猶予もなかったから」
そっか。全世界の人間たちがこの少女に平和を託したのだ。だからこの子は期待に応えるために必死に戦った。一分一秒も無駄にしまいと、戦い続けた。
そして、敗れたのだ。
「その結果が、このザマだ」
必ずしも、最短距離だけが正しい道じゃない。
僕は前回の人生で、回り道した末にコースアウト。ゴールすら見つけられなかったクズ人間だ。勇者とは真逆の生き方である。
「我輩には仲間がいなかったから、貴様らが初めての仲間だ。初めての仲間だったから、我輩自身で選びたかった。そういうこった!」
「ゆ、勇者さま。わたくし、がんばりますねっ」
「おう、せいぜい頑張ってくれ、幸薄アコライト。貴様にはあまり期待していない」
ったく、こいつは。
僕は肩に乗った勇者のひたいにデコピンをした。
「いってッ、なにすんだボケェ! 誰に向かってデコピンしたかわかってんのか、ああ!?」
「まずは口の悪さを直そう、勇者様。僕らは何があっても君の仲間だ。だからこそ、君にはまっとうな人間でいてほしい」
ぽかん、と口を開けてフリーズする少女勇者アルス。なんだ、こいつ。もしかして叱られたことがないのか。
「僕らは対等だ。上も下もなし。それが仲間ってものだろ。だからシルルさんのことも大切にしてくれ。シルルさんがいなければ、サイクロプスは倒せなかったんだぞ」
僕は微笑みながら吐息する。
「いいかい。この瞬間から、僕らは仲間だ。勇者様も、シルルさんも。お互いを大切にしていこうよ。一人も欠けることなく、旅を終えよう」
「えっと、う、うん。悪かったよ……」
「うふふ。ハイバラ様、素敵ですっ」
心なしか、勇者のほほがぽっと赤らんだ気がした。お? デレたのか。まあ生首少女にデレられてもピクリともしないけどね。
それから僕らは草原に続く道をゆっくり歩いた。
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