第9話 勇者に向かってガチキレしちゃったゾっ

「ハイバラ様、バンザイ! シルル様、バンザイ!」

 翌日のお昼、僕とシルルは村の小さなレストランに招かれた。

 テーブルにはところ狭しと豚料理が並ぶ。


「いやぁ、あの巨人が家畜の豚をかじっていったので、腐る前に料理しました。たくさんあるんで、遠慮なく」

「はは……。魔物の食い残しかよ。イテテッ」

 僕は痛む体を引きずって店内を進む。


 サイクロプスを倒した夜。

 意識を失った僕はそのまま朝まで眠ってしまった。

 目覚めると正午近く。全身を強烈な筋肉痛が襲った。あの変身の後遺症だろうか。


「ハイバラ様、ゆっくり」

「ああ、ありがとう。シルルさん」

 シルルに肩を貸してもらい、なんとか椅子に着席する。


「よっ、救世主。勇者なんかよりも、あんたらの方がヒーローだぜ」

「村に石像をたてよう。狼男のハイバラ様と、虹の弓を引くシルル様の」

 村人の男たちは僕らに嬉しい言葉をかけてくれる。


 この人たちも一生懸命戦ったんだ。結果的にとどめの一撃を食らわせたのが僕であって、命を賭けて大切な人を守ったのは皆同じである。


 僕たちはあたたかすぎるもてなしを受けて、もう満腹。豚料理と薄い酒をたらふくごちそうになった。


「いいのか、こんな宴会しちゃって。ぶっちゃけ、ここはお世辞にも裕福な村とは言えないだろ。サイクロプスに家を壊された人もいるだろうし。怪我人だって」

 ふと不安になった僕に、レストランのコックが料理片手に微笑む。

「お構いなく。あなたたちは村の恩人だ。ここでもてなさなければ、バチがあたるさ。それに、怪我人はシルル様が治療してくれたよ」

「そう、だったのか」


 僕が眠っている間にシルルが怪我人に治癒魔法をかけて回ったという。


 シルルは頬を赤らめて前髪をぐいっと引っ張った。

「え、えっと。微力ながら、わたくしもお力になれればと……」

「微力だなんて、とんでもないです。あなたたち二人の名は後生に語り継がれることでしょう」


 おいおい、こんなに人から感謝されたのは生まれて初めてだぞ。こんなときどういう顔をしたらいいか、わからないの。


 所在なく頭をぽりぽりと掻いていると、レストランの扉が勢い良く開かれた。


「たのもうッ! ここに冴えない銀髪の少年と、貧乏くさい聖職見習いアコライトが来ていると思うが」


 騎士団のルイーダだ。例のごとく、鳥籠を背負っていた。中には、生首の勇者様。


 ルイーダは隣街の酒場で『勇者の亡骸』捜索隊を募っていた女騎士である。

 そこで勇者の生首が面接と称して冒険者に「ふごうかーくっ!」と罵声を浴びせる遊びをしていたという、なんともヘンテコな喜劇がすでに懐かしい。


 何の因果か、僕とシルルはその捜索隊の面接に合格したのだ。というか、あのアホ勇者の生首が勢い余って僕ら以外の全員を不合格にしちゃっただけなのだが。


「いるではないか。返事をしろ、水くさい」

「そうだぞっ。我輩を無視するなんて、ふてーやろうだ!」

 この勇者娘、なんたって口が悪い。


 レストランのコックが仁王立ちで立ちはだかる。

「おいおい、止まりな。てめぇら礼儀ってもんを知らねぇのか。だから都会の奴らは。この二人はな、命がけで村を守った英雄さんたちだ。この人たちに無礼を働くなら……」

 ぐい、と。ルイーダはコックに何かを押しつけるように渡した。


 黄色の羽根ペンだった。


「魔法ペンだ。さきほど、村の広場に魔除けの魔法陣を描いてきた。昨晩のサイクロプス襲来で、今までの魔法陣がダメになってしまったようだしな。この魔法ペンをもっていろ。黄色い羽根が抜け落ちる頃に、魔法陣の更新が必要だからな。そのときは騎士団を訪れるといい。格安で承ろう」

「あんた、なんで……」

「別に、気まぐれだ。そこの二人は私の部下だ。部下が守った村が、またやすやすと魔物に襲われてしまうのもしゃくだしな」

「ありがてぇ……恩に着るぜ」

 コックは涙ぐみながら黄色い羽根ペンを胸に抱いた。


「礼ならこの勇者アルスに言うがいい。高価な魔法ペンを買えたのは彼女の資金力によるところが大きい」

 なんだこの人たち。良い人なのか。


 ルイーダは僕とシルルのテーブルについた。

 テーブルに勇者アルスの生首を置く。


「なぜ勝手な行動を取った。あの場で、貴様らは『勇者の亡骸』捜索隊として採用されていたはずだ」

 ルイーダは鷹のように鋭い目で僕に問うた。


 僕は黙っていた。シルルはというと、泣きそうな顔でうつむいている。


「説明したはずだ。貴様らの仕事は、勇者の亡骸を探すことだと。勇者が首だけになっても生きていられるのは、一三あるスキルの一つ『不死再生イモタリティ』があるからだ。ゆえに、首から下の身体は今も世界のどこかをさまよっている。アレがないと、魔王を倒せない。いいか、これは世界を救う最重要任務だ。そう、言ったよな?」

「そうだそうだー。ルイーダの言うとおりだっ。もぐもぐ……」

 ブロンドの髪を器用に操り、ナイフとフォークで豚料理を食らう勇者様。


「今一度、問う。ハイバラ、シルルよ。世界を救うために、貴様らは『勇者の亡骸』捜索に身と心を捧げる覚悟はあるのか」


 最後通告だ、と言わんばかりの迫力。

 はあ、と僕は吐息した。


「目の前で苦しんでいる人を見捨てて、何が勇者っすか」


 ピキッ。ルイーダのこめかみに血管が浮き出る。

 しかし、僕は怯まない。続ける。もう後悔はしたくないから。


「僕はねぇ、ここに来る前、ずっと部屋に引きこもっていたんですよっ! 小さい頃からいじめられっ子で、嫌われ者で、友達もいなくて。大人になっても、救いがなかった。働こうとしたけど、やっぱりダメで、また部屋に閉じこもる。その繰り返しでしたよ、ええっ!」


 ずっと押さえつけていた感情の栓が抜けた。

 止まらない。


「そんなときにねぇっ! この世界にはないかもしれないけど、ゲームとかマンガとか、小説が僕の楽しみだった。物語に出てくる勇者は、強くて、優しくて、絶対に誰も見捨てなかった。僕も、ああなりたいと思いましたよ」

「ハイバラ様……」

 シルルが憐れむように僕を見た。


 ああ、情けないだろう。しかし、これが僕だ。


「もう後悔はしたくないんです。僕は弱い人間だった。だから、苦しんでいる弱い立場の人たちを見捨てるなんて、絶対にしません。たとえ、この世界にいる本物の勇者に逆らうことになったとしても」


 僕はテーブルの上の勇者アルスを睨んだ。ここで僕が折れたら、またあの辛い現実世界に戻ってしまいそうな気がした。僕とこの異世界を繋いでいるのは、後悔したくないという信条だけだ。


 この気持ちを捨ててしまえば、僕は昔の僕に成り下がってしまう。


 僕の意気込みが伝わったのか、勇者はフンっと笑った。

「やっぱり、我輩の判断は間違っていなかったな」


「……へ?」


「最っ高だ! ルイーダよ、久しぶりに我輩のハートが熱くなったぞッ。決めた。こいつらと一緒に旅に出る。我輩も、我輩の身体を探す旅に出るぞッ!」

「えぇぇぇぇえええ!? それ、めっちゃ困るぅぅううう! 王都から君を持ち出すだけで、私がどれだけ苦労したかわからんのか! 勇者は世界の最後の希望なのだぞっ」

「勇者である我輩に振り回されるのが騎士団の仕事だろう、フハハ」

「違うわっ! ああ、もう。こいつ、一度言い出したら聞かないもんなぁ……」


 頭を抱えるルイーダに、勇者アルスがとどめの一言。


「よくわかっているじゃないか。我輩の決定は絶対なのだっ。なぜなら、勇者だからな」

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