第8話 男はみんな狼なんだゾっ

 垂直に振り下ろされた棍棒を、僕は前腕で受け止めた。


 ギンッ!

 金属同士がぶつかり合うような轟音が響き渡る。足元の地面が陥没し、その衝撃の強さを物語る。痛みはない。むしろ、その逆。沸き上がってくるのは、興奮と殺意だった。


「ハ、ハイバラさま……」

 シルルのか細い声が後ろから聞こえる。僕を心配しているのか、それとも僕の豹変っぷりに恐怖を感じているのか。


 サイクロプスの瞳に映る僕の姿は獣人そのものだった。狼男と呼ぶべきか。白い毛並みに、牙が生えそろった口。吐き出される息は白い。爪は鋭く、ナイフのようだ。


「グ、グ、グォ……」

 サイクロプスは棍棒に力を込める。僕の腕とのつばぜり合い。しかし、あまり重みを感じない。それだけ今の僕は強いということだ。


 直感でわかる。この変身は長くはもたない。


 僕は棍棒をなぎ払った。今の僕には、巨人の豪腕を退けるなどたやすいらしい。

「ウォォォオオオッ!」

 狼の喉で雄叫びを歌う。実に愉快だ。血が煮えたぎり、力が沸いてくる。

 戸惑うサイクロプスは身動きが取れない。


 その隙を逃さない。


 僕は跳躍し、サイクロプスの太い腕を駆け上った。

 肩の上に到達。巨大な一つ目と、再び目を合わせる。


「これで終わりだッ」

 ダイヤモンドのように輝く爪を眼球にねじ込んだ。

「グォォォォォォォオオアアアアアッ!」

 巨人は苦悶の悲鳴をあげ、両手で顔を覆う。やはり目玉が弱点だったらしい。瞳から血しぶきが噴き出す。サイクロプスはその巨躯を発光させ、光の粒となって霧散していった。


 消え去ったのだ。

 討伐、成功だ。


 振り落とされた僕は、ふわりと地面に着地する。

「ふう、なんとか倒せた。死ぬかと思った」


「あ、あの、ハイバラさま、ですよね……」

 恐る恐る近づいてくるシルル。震えている。


 そりゃ怖いだろうな。いきなり自分のことを銃で撃ったと思ったら、狼男に変身したんだもの。ぶっちゃけ言おう、僕自身もこわいわっ。僕の体に何が起きたのー……。


「あ、えっと、僕でーす。ハイバラでーす」

 できるだけお茶目に「てへっ」と舌を出してみた。そして、自分の舌の形状にビビる。人間のそれよりも長くて太い。まるで犬の舌だ。ひぇえ。


「か、かわいい……」


「へ?」

 よく見ると、シルルは前髪で隠していない方の瞳を爛々と輝かせていた。

「人間のハイバラ様も素敵でしたが、犬のハイバラ様の方がかわいいですっ。ていっ」

「ばふっ」

 僕のもふもふの腹に抱きついてくるシルル。顔をうずめてスーハーしている。

 よく見ると、僕の服は所々破けていた。変幻により、体が巨大化したためだ。


「もふもふですぅ」

「ははっ。よしよし、よく頑張ったね、シルルさんも。とりあえず、僕らの勝ちだ」

 爪を立てないように肉球でシルルの頭を撫でてあげる。


 緊張の糸が切れたからか、ふうっと体の力が抜けて座り込んでしまった。腰が地面についたと同時に、僕は狼から人間の姿に戻ってしまう。


「う……」

「ハイバラ様っ」

 体に激痛が走った。ひどい筋肉痛のような、高熱で関節が軋むような、そんな痛み。やべ、立てない。


 それから僕は心地良い疲労感と脱力感も相まって意識を失ってしまった。

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