第7話 一発勝負は死亡フラグだゾっ

 満月は丘の輪郭をくっきり浮かび上がらせる。

 棍棒を抱きかかえながら、一つ目の巨人は寝息を立てて座っていた。


「もうすぐ目を覚ますはずです。詠唱を始めますから、えっと、近くにいてくださいね」

「おう。ちゃんといるよ。だから落ち着いて」


 シルルは僕の知らない言語で呪文を唱え出す。魔法だ。聖職見習いアコライトは光の低級魔法が使えるらしい。


 サイクロプスが眠りから目覚めたその瞬間、開眼した一つ目に魔法の矢を撃ち込む。

 タイミングの勝負。つーか、ほぼ運だろ。


「はぁ、あの生首め。今頃は街の酒場で酒盛りしてんだろーな。勇者様が聞いて呆れるわ。僕らの方がよっぽど勇者らしいっつーの」

 勝手にこぼれ出る愚痴。


 標的から五〇メートルほど離れた場所に、僕らは陣取った。

 一角獣のごとき角を生やした筋骨隆々の巨人。眠る直前に家畜の豚を食い荒らしたためだろう、血や臓物の匂いが鼻をつく。


「詠唱完了しました。いつでも撃てます」

「オッケー。あとはあの野郎が目を覚ますのを待つだけだな」

「緊張しますね。一発勝負……」


 サイクロプスはもともと防御力の高い魔物だ。この起き抜けの一発で仕留められなければ勝機はない。


「村人たちと、僕の命。シルルさんに預けたよ」

「ぷ、ぷれっしゃーかけないでくださいっ」

「大丈夫、僕がついてる。それに、もしシルルさんが失敗したとしても、誰も君を恨まないよ」

「ハ、ハイバラ様……」


 ふふ、きまった。現実世界では女の子と話すとじんましんが出たりしたけど、この世界の僕はジャニーズ系の少年。シルルが陰キャだってわかったし。

 少しくらいかっこつけてもいいよね。


「ハ、ハ、ハイバラ様っ」

「なんだい、シルルさん。僕の決め台詞にキュンってなるのもわかるけど、ここは討伐に集中……」

「ち、違います! ハイバラ様っ、うしろ!」

 へ? 僕は振り返る。


 月光に照らされた丘の峰のど真ん中。狙いの巨人、サイクロプスはその巨躯を僕らの前で初めて動かした。


「起きた! シルルさん!」

「はいッ」

 シルルは弓を引くポーズを取る。虹色に輝く光の弓が具現化された。思いっきり引き絞って、放つ。


「光の加護よ、矢となりて悪を射貫けッ。『虹の大矢レインボーアロー』ッ!」

 ひとすじの虹の矢が弾かれた。


 巨人はぐらりとよろめきながら、二本足で立ったところ。

 でかい。これが、サイクロプス。身長はゆうに一〇メートルはある。


 待ちに待った瞬間だ。ぎょろりと巨大な一つ目を――

 ――開けたッ。


 月の明かりを反射して、白く真珠のように光っている。

 格好の的だ。

 虹の矢は狙い通り、ほうき星のごとく燐光をはためかせて目玉へ一直線。


「いけぇぇぇぇええ!」「お願い、当たって……」


 僕らの祈りが天に届いたのか、サイクロプスの顔面に命中する。虹の矢は衝突とともに爆発を起こし、霧散していく。


 敵は倒れない。しかし、顔を両手で覆って動けないでいる。

 肝心の目玉は見えない。爆発によって虹の粉塵が舞っているからだ。


「やったのか」

「わかりません」

 二秒後。爆発で起きた煙が晴れていく。そして、見えたのは。

 肩を怒らせた巨人のシルエットと、変わらず輝く一つ目の眼球。


「嘘だろ……」「ひっ」

 僕らは同時に絶望の悲鳴を漏らした。


 サイクロプスの目玉は無傷だった。

 仁王立ちをし、棍棒を持ち上げて肩に乗せている。

 

 臨戦態勢!

 よく見ると、ひたいの角が折れている。

 外れたのだ。虹の矢は、目ではなく角に当たった。

「やべッ。逃げ……」

 慌ててシルルの手を取り、走り出そうと踵を返したそのとき。


 サイクロプスは跳躍した。

 満月に届かんばかりのジャンプ。そのまま星空に弧を描き、僕らの前に着地した。


 ドォォォオオンッ!


「きゃッ……」「くっそ……」

 地響きと地割れ。巻き上がる土けむり。さっきまで平らだった地面が巨人の体重で沈み、そして隆起する。


 こりゃ、マジでヤバい。逃げようにも、これじゃあ走れないッ。

「ハイバラさまぁぁぁあ! いやぁぁぁああっ!」

「え?」


 視線を上げると。

 巨大な一つ目と目が合った。びっしり牙の生えた大きな口。生臭い息。木の枝のような太いヒゲ。

 サイクロプスは眼下に僕らを見下ろしながら、棍棒を振りかぶっている。


 あ、こりゃあ死んだ。一瞬、諦めが浮かぶ。しかし、負けを許さなかったのはシルルの手の感触だった。僕の手をぎゅっと握っている。


 そっか。ここで僕が諦めたら、僕がこの子を『殺す』ことになるのか。

 何のために転生したんだ。あの夜、何のために流れ星に願った。

 ――やりなおすためだろッ! もう後悔はしたくないんだ。僕はもう、昔の僕じゃない。


「出たッ!」

 ずしりと思い金属の感触。右手にはあのときの回転式拳銃リボルバーが現れていた。黒と白の燐光を纏っている。


 同時に脳内でホログラムのように文字列が浮かぶ。


灰色回転銃マイ・リボルバー

【弾倉Ⅰ】黒弾『肉塊』  【弾倉Ⅱ】黒弾『四肢獣化ビーストキング


 スキル『四肢獣化ビーストキング』。

 酒場で傭兵ダンカンから奪った能力だ。

 もしかして、こいつを僕自身に撃ち込めば――。


「来いッ、化け物!」

 迫り来る一つ目の巨人をにらみ返す。

 どうにでもなれッ。


 僕は背中でシルルをかばいながら、回転式拳銃リボルバーの銃口を自分のこめかみに当てた。


 迷うな。恐れるな。後悔するより、ぜんっぜんマシだろ。

 そうして、引き金を引いた。


 ――キュンッ。

 小さな銃声とともに、鋭い痛みが頭蓋骨を貫く。


「グァァァァァアアア!」

 サイクロプスの咆哮が夜に鳴り響く。振り下ろされる棍棒の一撃。

「ハイバラさまぁぁぁぁああ!」

 守るべき人の、僕を呼ぶ声。


 恐れはなかった。絶望も消え失せた。あるのは、怒気のみ。

 満月の下、僕は獣人となっていたのだから。

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