第6話 初の魔物戦は強敵サイクロプスだゾっ

「おいおい、でかくなーい? でかすぎじゃなーい……?」


 馬車を走らせて一時間。

 満月の月光に照らされて、それは丘の上に鎮座していた。


 一つ目の巨人である。ひたいには立派なツノ、隆々とした筋肉。腰巻きと、どでかい棍棒を装備している。あれだ、こりゃ鬼だ。


「サ、サイクロプスですねぇ……。魔大陸にしかいないはずのB級魔物モンスターですが、なんでこんな田舎にぃ……」


「ねぇ、シルルさん。もしかして、ついてきたこと後悔してる?」

「いえいえっ。そんな、ちょっとしか後悔してないですっ」

 してんのかよ。


 農夫は僕らをレベロの村に案内した。


 控えめに言って、めちゃめちゃだった。木で造られた家々はボロボロに壊され、家畜の豚は頭をかじられて死んでいた。


 広場には臨時の診療所が出来ていて、戦いに傷ついた若い男たちが藁の上に横になっていた。子供や女たちは泣き喚き、老人は女神の石像に祈っている。


「こりゃあ、ひどいな……」

「わ、わたくし、治癒魔法で怪我人の手当してきますっ」

 シルルは広場に駆けていった。


「村にはろくな武器がないもんで、農具で応戦したのですが……。この有様です」

「ま、まあ、あの巨人鬼にカマやクワで戦うなんて無謀でしょ」

 農夫はうつむき、大きなため息。


「農民のほとんどが、奴隷出身者なんです」

 ど、どれい。物騒な響きだな。


 日本には生活保護というセーフティネットがあったから、最悪働かなくても生きていけたけど。この世界の文化レベルでは、人は容易く飢え死ぬのだろう。でなければ、奴隷など誰も望んでやらない。


「俺たちにとっちゃ、この村がやっと手に入れた安息の地なんです。奴隷制度が廃止になっても、生きていく場所は限られていますから」

「世知辛いんだね。っと、呑気に世間話してる場合じゃないでしょ」

「そ、そうでした。サイクロプスは村の家畜を一通り食い荒らした後、広場に仕掛けていた魔法陣『眠りの罠スリーピア』を踏んでくれまして」

「ほう。魔法版の地雷みたいなもんか」

「へ、へぇ。で、あの通り丘に登って眠りこけているって状況です」

「いつ起きるの?」

「さあ。『眠りの罠スリーピア』がB級魔物のサイクロプスにどれだけ効くのかわかりませんので……」

 おいおい、マジかよ。今すぐ目を覚まして襲ってくるかもしれないのか。


「その魔法陣は、誰が何のペンで描いたものですか」

 気づくとシルルが隣にいた。マニアックな質問だな。


「対魔物用の結界として、王都の魔術士に描いてもらいました。確か青の魔法ペンだったと思うのですが」

「ふむふむです。であれば、三時間はもつでしょう。青のペンは威力こそ小さいですが、魔法陣が長持ちします。サイクロプスは知能の低い魔物なので運良く効いてくれましたが、言葉を持つタイプの魔物には効果がないです。ちょっと値は張りますが、赤か黄色のペンで描き直すのをおすすめします」


 シルルは片目を隠すようにボサボサの長い前髪を引っ張っている。陰キャ独特の癖だな。


「すごいな。詳しいんだね、シルルさん」

「ふぇ!? あ、えっと冒険者になる前はお屋敷で魔物の研究をしていたもので……。ハイバラ様に褒められるなんて、光栄です。ぐへへ……」

 ほほを赤くするシルル。なんだよ、ぐへへって。笑い慣れていないのがモロバレだぞ。


「三時間ってことは、あと三〇分もしたら目を覚ましますよ。ど、どうしたら」

 農夫は顔を真っ青にした。


 広場にいる怪我人や子供の数からして、もう逃げるという選択肢はない。


「シルルさん、あの巨人に弱点はないのかな」

「一応ありますが」

「教えてくれ。あと三〇分で戦略を練らなくちゃ」

 シルルは前髪をさらにぐいーっと引っ張り、鼻の頭にくっつける。これは恥ずかしいという合図なのか。


「え、えっと、サイクロプスの弱点は目玉です」

「目玉……」


「は、はい、サイクロプスは一つ目の巨人です。あの目玉を射貫くことができれば、一撃で討伐できるはずです。そのかわり、眼球以外の部位への攻撃は無意味です。あの鋼のような皮膚は、物理攻撃はもちろん、魔法でもダメージを与えられないと思います……」

「そうか。眠っている間にみんなであの体をよじ登って、まぶたを持ち上げてさ、ブスっと」

「む、無理だと思います。あれでいて敏感肌ですから、気づかれちゃうかと」


 むむ、ごつい巨人のくせに敏感肌なのか。


「だ、だから、あの、わたくしが仕留めます」

 気恥ずかしげに、強い語気で言った。


「シルルさんが?」

「狙いは、サイクロプスが眠りから覚めるその一瞬。わたくしの光魔法『虹の大矢レインボーアロー』で目玉を射貫きます。一発勝負です。外せば、みんな死にます。それでも、よければ……」


 ――。

 僕も農夫も、沈黙。


 しかし、他に方法はない。僕の銃も現れてくれないし。というか、あの銃の機能をよく理解していないし。


「ただし、条件があります……」

 シルルはふんふんと荒い鼻息で付け加えた。


「その……えっと……ハイバラ様に近くにいてほしい」

「へ?」


 なんだそれ。それって、失敗したときは守ってくれってことか。僕みたいなヒョロい奴、巨人の一撃で潰されたらトマトばりに飛び散るよ。


「頼みましたよ。村人を代表して、頼みましたからねッ! 俺は村の連中に作戦を伝えてきますから」

 農夫は走り去っていった。逃げたな、あいつ。


「ハイバラさまぁ……」

「ひっ」

 りんごのようにほほを赤くして、恍惚と僕を見上げるシルル。しかも片目で。

 まるで主にデレる捨て犬だ。


「はぁ。わかったよ。そばにいてやるから、頼んだよ」

「はいっ。ま、任せてくだしゃいっ!」

 ここで噛むなよ! めっちゃ心配になってきた。

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