第5話 もう後悔はしたくないゾっ

「い、今の、もしかしてスキルですか」

 気づくと、隣にシルルがいた。


「スキル、なのかな……」

 いきなり現れた回転式拳銃リボルバーと、流れ星の声。

 どう理解したらいいんだ。


「うわっ」「ひぃっ」

 僕とシルルは同時にたじろいだ。

 僕の右手におさまっていた銃が灰色の砂と化し、霧散したのだ。


「うっ……」

 ぐらりと目眩を感じる。


灰色回転銃マイ・リボルバー

【弾倉Ⅰ】黒弾『肉塊』  【弾倉Ⅱ】黒弾『四肢獣化ビーストキング

【弾倉Ⅲ】白弾      【弾倉Ⅳ】白弾

【弾倉Ⅴ】白弾      【弾倉Ⅵ】白弾


 いきなり脳内に字面が浮かんだ。

 これが僕のスキルなのか。

 だとすれば、流れ星に願った通りのものだ。チート的で、遠隔武器。


 直接的に相手へダメージを与えるというよりは、敵の能力を奪うって感じだろうか。

「使える。こいつは使えるぞ……」


「あ、あのぅ、ハイバラ様」

 ちょいちょい、と僕のマントの裾を引っ張るシルル。ほほを赤くしながら、もじもじと肩を細めている。

「何はともあれ、た、助けてくださり、ありがとう、ございました……」

「あー、いやいやっ。全然平気。めっちゃ殴られて右ほほの感覚ないけどっ」

「ご、ご、ごめんなさいですっ。わ、わたくしのせいで。すぐにヒールを……」


 嗚呼、やんごとなきデレ展開。

 シルルさん。幸薄系の貧乏ヒロインっぽいけど、まあいい。きっとこれから別のヒロインとも出会うはず。ゆっくり、舐めるように各ヒロインを攻略していこう。


「フハハハッ。面白い戦闘バトルだったぞ、合格者よ」

 勇者の生首が吠えた。酒瓶と並んでテーブルに置かれたそれは、意地悪そうに高笑している。

「何か、黒くて硬そうな武器を具現化したようだが、あれはいったい何なのだ」


 勇者は金色の髪の毛を手足のように自在に操り、ぴょいと僕の目の前まで飛んでくる。

 うわ……。控えめに言って気持ち悪い。触手かよ。


「えっと、必死だったからよくわかんなかったけど、銃みたいですね」

 空っぽになった右手を見る。どうやって出したんだろう、あの銃。


「ジュウ、とはなんぞや」

「え? 銃ですよ。引き金を引いて、銃弾を撃つ武器の」

「初耳娘だな。世界中を旅した我輩が知らないとは。どこの国の武器だ」

「ど、どこって……」


 おや。この世界には銃火器の類いはない?

 シルルに同意を求めたが、困ったように小首を傾げた。

「わ、わたくしも存じ上げません。少なくとも、この地方にはない形状でした。ハイバラ様は、どこのご出身なのですか」

「え、えっと。あはは……」


 日本生まれの日本育ちでたぶん異世界人です、などとは言えまい。


 煮え切らない僕の態度を不審に思ったのか。ルイーダがワイングラスを置いて立ち上がる。

「怪しいな。お前、国はどこだ。なぜ勇者の亡骸捜索隊に志願した」

「えー……今まで応募者の素性は全スルーだったじゃないですかっ。勇者様と目を合わすだけの適当な面接しておいて、今さら根掘り葉掘り聞くんですかっ」

「黙れ! まさかお前、魔族のスパイか」


 どうしよう。魔族なんて知らない。自室では裸族だったけど、魔族なんかでは決してない。


 いきなりの職務質問に戸惑っていると、酒場の扉が勢いよく開かれた。


「ハァハァ、助けてくださいッ。レベロの村が、巨大な魔物に襲われているんですッ」

 入ってきたのは農夫だった。ここまで必死で走ってきたのだろう、泥のついた作業着に、砂まみれの革靴。


 ざわざわと冒険者たちがどよめき出す。しかし、誰も農夫と目を合わせようとしない。


 農夫は諦めず、酒場の中央まで出てきて膝をついた。涙ながらに、懇願する。

「お願いですッ。あんたたち、冒険者なんだろ。強いんだろッ。今はなんとか村の男たちが食い止めているけど、長くはもちそうにない。村には子供や病人もいる。金は払うから、力を貸してくれよッ」


 それでも、全員が無視。農夫は腰を深く折り、ひらすら土下座を続ける。


 冒険者の誰かが、ぼそりと呟いた。

「巨大な魔物? ごめんだぜ……」

「そうだ。レベロみたいな貧乏な村じゃ、どうせ報酬もショボいんだろ」

「命をかけて農村を守るなんざ、銭勘定のできないアホのやることだ。ハハッ」

 誰かが笑い声をあげると、続けざまに嘲笑は伝染した。


 そこからはもう、ただ残酷だった。


 涙と嗚咽を垂れ流しながらひたいを床にすりつける農夫。

 それを囲うように冒険者たちが嗤笑する。悪が群れれば、それはもう悪ではない。多数決でつくられた虚構の正義だ。赤信号、みんなで渡れば恐くないってか。


 僕はこの光景に見覚えがあるんだ。

 昔、いじめられていた僕自身だ。この農夫みたいに、どこかの誰かに助けてほしくて泣いていた。


「僕が行くよ。場所はどこだい」

 体が勝手に動いていた。腰を屈ませ、農夫と目線を合わせる。精一杯、優しく微笑みながら。


「僕が、その村に行くよ」

「よ、よろしいのですか」

「いいさ。一刻を争うんだろ?」

「はいッ。ありがとうございます!」


 巨大な魔物か。勝てるかわからない。負けて、死ぬかも知れない。でも、もう後悔だけはしたくなかった。


「わ、わたくしも行きます。お供させてくださいっ」

 シルルは唇をきゅっと結んだ。さすが聖職見習いアコライト。優しい子だ。

「さんきゅ。じゃあ出発だ」


 酒場を出るとき、後ろから勇者様の怒声が飛んできた。

「おい! 勝手なことをするなッ。貴様らは我輩の体を捜索するという大事な任務が――」

 無視して、扉を閉める。


 満月は夜空を明るく照らしていた。

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