第一章 なかなか旅立たせてくれない

第1話 イケメンに転生したゾっ

 最初に感じたのは、酒臭さだった。


「ふぇ!?」

 悲鳴を漏らして気づく。これ、僕の声じゃない。

 喉から飛び出したのは、少年のような透き通った響きだった。


 目をこする。視界がだんだんクリアになってきた。

 どこかの酒場だ。


 それも中世ヨーロッパを思わせる古い酒場。

 僕は窓辺の椅子に座っていた。


 目に入る人間たちは、ゲームでよく見る冒険者たちだ。革の胸当てをした軽装のレンジャーや、重厚な鎧を着た剣士。黒いローブをまとった魔法使いの女に、銭勘定をしているシーフ。

 皆、樽のジョッキで乾杯している。


 ここは、まさか。いやいや、きっとそうだ。

 キタコレ? キタコレーーっ!


「異世界じゃーー!」

 思わず歓喜する僕。

「な、なんだ。いきなり大声出すなよ、兄ちゃん」

 隣から忠告が飛んでくる。見ると、初老のおっさん冒険者が僕を睨んでいた。

「ご、ごめんなさい」

「まあいい。気持ちが高ぶるのもわかるさ。今夜はとびきりおいしい仕事にありつけるって聞いて、みんな麦酒を飲まずにはいられねぇんだからよ」


 むむ。そうなのか。

 酒場がクエストの斡旋やギルドの運営をしているってのはお決まりだが。


 僕は窓ガラスに映る自分の姿を見た。


「うほっ、いい男じゃないか」

 女の子ともとれる中性的なイケメンだ。髪は銀色の長め。深緑色のレンジャー服に革のベルトを装備している。腰には短剣を携えていて、いかにも駆け出しの冒険者だ。


 やっべー、めっちゃ主人公っぽいやん。ありがとう、流れ星さまっ。


「兄ちゃん、大丈夫か」

「い、いや。なんでもないっす。それよりも、おいしい仕事って何ですか」

 とにかく状況確認だ。


 ここはどこで、僕はなぜ酒場に来たのか。

 初老の冒険者は意味ありげににやつきながら、アゴヒゲをさすった。

「捜索隊の募集さ」

「そうさくたい?」

「ああ。『勇者の亡骸』を探す捜索隊だ。兄ちゃんもそのくちだろ?」

「えっと、もちろんっす」

 適当に話を合わせて、愛想笑い。


「勇者が魔王に倒されて二年が経つ。戦いに敗れた勇者は、今も世界のどこかでアンデッドとなってさまよっているって話だ」

「へー。そういう世界設定なのね」

「設定? 残念だが、事実だぜ。勇者との決戦で魔王も痛手を負ったらしい。今は静寂を保っているが、人類が生き残るには勇者に復活してもらわねぇと困るって話だ。活発化する魔物たちのせいで、騎士団どもは国外に出られねぇ。そこで、身軽な冒険者の出番ってわけよ」


 なるほど。

 そして今夜、王国の騎士団が『勇者の亡骸』捜索隊の候補者を募集したらしい。んで、その選考会場がこの酒場だという。


「王国が依頼主のクエストだぜ? 達成すれば、きっと一生遊んで暮らせる金が手に入るはずだ。だから今夜は、国中の荒くれ者がここに集まってるってわけさ」

 言われてみれば、冒険者たちはただ酒を飲んでいるわけではないようだ。


 武者震い、とでもいうのか。ギラギラと瞳を輝かせ、自身の武器を磨いている。勇者の亡骸探しという前代未聞の大冒険に備えて。


 うひょー。オラ、わくわくしてきたぞっ。


 捜索隊の選考会か。僕、面接とか超絶苦手だけど頑張るぞ。

 ここで『勇者の亡骸』捜索隊に入隊することができれば、めでたく僕の物語がスタートするわけだ。


 あとはご都合主義で勝手にうまくいくだろ。なんたって、僕は主人公っ。絶妙なタイミングで覚醒するチートスキルに、運良く手に入る強力な武器。ヒロインはおっぱい大きい子がいいな。童貞の僕をリードしてくれる積極的な子がいい。


「お、おい、兄ちゃん。すっげーゲスい顔になってるぞ」

「はぇっ!?」


 おっといけない。

 夢あふれる妄想によだれを垂らしていると、酒場の扉が勢い良く開かれた。


「待たせたな、冒険者の諸君!」

 茶髪ポニーテールの女が立っていた。無骨に軍靴を鳴らし、一直線に酒場の中央まで入ってくる。鉄の胸当て、腰にはレイピア。赤いビロードのマントには、剣をクロスした十字架の紋章が縫い付けられていた。


「私の名はルイーダ。騎士団の採用担当をしている。本選考会の責任者だ」

 ルイーダと名乗る女の一声で、酒場は静かになった。


「まずは諸君らに感謝を表する。危険な任務と知りながら、よくぞ集まってくれた。ご承知の通り、今宵『勇者の亡骸』捜索隊を若干名募集する。心して選考会に臨んでほしい」


 む? なんだありゃ。

 ルイーダは鳥籠のようなものをテーブルに置いた。布が巻かれていて、中身は見えない。


「フフッ、先に言っておこう。君たちの合否を決めるのは私ではない。捜索隊の採用基準は、彼女の独断と偏見によるものとする」


 ぶわっと、ルイーダは鳥籠に巻かれた布を剥いだ。


「なんじゃありゃ……」

 酒場はいっせいにどよめいた。

 鉄製の鳥籠には人間の――少女の生首が入っていた。

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