017.脊柱起立背筋に愛を捧ぐ
「すいっませんでした!!!!」
目の前で土下座するJKアユミ。
こんなキレイな土下座、見た事ないわぁ。
「落ち着け」
呆れた顔で声をかける王太子と、面白いものを見るようにニヤニヤしているサーシャ殿下。
アユミちゃんは完璧な土下座スタイルを崩さない。
あの後、すぐに王城から各地に使いが向かわされた。
魔物による被害状況を把握する為の文官と、怪我人の治療をする為の魔法士が派遣された。
ほんのわずかの間とは言え、被害は確実に出た筈。少なくとも闘技場は凄い事になっていたし。
獣王は負けを認めた後、獣人を引き連れて国に帰って行った。
随分あっさりしてるなと腑に落ちないでいる私に、サーシャ殿下が教えてくれた。
「それはそうだろう。そなたは番ではないのだからな」
「はぁ?!」
その場にいた全員が声を上げた。
「番、番と騒いでいるがな、獣人の殆どは
殿下が教えてくれた内容としては、番を見つけた獣人は極度の興奮状態になり、力づくでも何でもして番を自分のものにするのだそうだ。相手の気持ちなんか関係なく。その為なら殺しもやぶさかではないらしい。
運命っていうか普通に犯罪じゃないの……。
そこまでとは知らなかった私達は、あまりの凄さに絶句する。王太子も知らなかったようで、顔が引きつっている。
「バシュラはそなたの前でも理性を保っておったからな、番ではないだろうと思った。何を持って奴がそなたを番などと言い出したのかと思ったが……」
「何故その事実が知らされていない?」
至極もっともな質問を王太子がする。殿下は肩を竦ませて言った。
「番を見つけたら犯罪を犯してでも手に入れようとする、などと言う事実が知れたら、どの国も獣人の受け入れを拒否するだろう? それに、程度の差もあるようだしな」
あー……。
それは確かにねー……。
「我の予想ではあるがな、バシュラは獣人の番狂いを止めたかったのであろう。その為に自らがリサの番だと名乗り出て問題を起こし、番を探す為に各国を周る獣人を規制しようとしたのだろう」
「そんなの、各国に依頼すればいいだけなんじゃ?」
「いや、そうはならない」
私の言葉を王太子が即座に否定する。
「獣人の国は一つではない。バシュラが要請出来るのは自国のみだ」
あぁ、それはそうね。
かつて魔族と戦争をしたのは、バシュラ王のいる国とは違う獣人の国らしいし。
「そこまでして獣人の番探しを規制したいのは、犯罪抑止の為だけなのかしら?」
テーブルに置いてあるクッキーを手に取り、レオ様の口元に運ぶ。
赤い顔をして戸惑いつつも、口を開けたレオ様に、クッキーを食べさせる。
初めの頃は呆れた顔をしていた王太子も、もはや私が好きなだけレオ様にべたついても無反応。
そうそう、温かく見守ってちょうだい。
アイリスは変わらず呆れた顔をしてるけど。
「番を探しに行く獣人が増え、国内の守りが手薄になっている国が多いとは聞いた事がある」
それは由々しき問題ね。
魔物を目の前で見た身としては、思い出すだけで震えがきそう。
騎士として鍛え続けてきたレオ様でも、倒すのにあれだけ時間を要していたのだから。
「獣王による暴挙はこれで二例目だ。各国は対応を迫られるだろう」
「獣人同士で番えば何も問題ないのにね」
「それをバシュラは、他の獣人の国に提案するのだろう」
ちらりと部屋の隅に積まれた品々に目をやる。そこには獣王から届いた詫びの品がわんさかとある。
王太子には獣王が持つ鉱山資源の優先販売が提示されたらしい。
……全部、獣王の掌の上だったってことかしらね?
なんだかモヤモヤするわぁ。
「……あのー……」
か細い声が足元からした。
「そろそろ、立ち上がっても、イイですか……?」
アユミちゃんが泣きそうな顔をしてこっちを見てた。
あら、すっかり忘れてたわ。
って言うかまだ土下座してたの?
アイリスに支えられながらヨロヨロと立ち上がったアユミちゃんは、ソファに腰掛ける。
今度はアユミちゃんの話になる。
何故結界が壊れたのか、について。
今にも泣き出しそうな顔で、アユミちゃんは話し出した。
自分の結界を下からぶつけてみたのだそうだ。
そこに至るまでにどれだけ苦心したかと言う説明付きで。
結果として前聖女の結界は壊せたものの、自分の結界も同時に消滅してしまって魔物が入り込んで来てしまい、惨事を引き起こしてしまったのだと説明すると、アユミちゃんは居た堪れなくなったのか、深々と頭を下げた。
「そなたが悪いのではない。無理をさせていたのはこちらなのだ。幸い結界が消失していた時間は短い。
これまでの結界張り直し時の被害と比較すれば格段に少ないと言える」
王太子がアユミちゃんを慰める。
「でも、ごめんなさい……」
「時間が経過したら消えてしまう結界。新しい結界を吸収しちゃう……厄介ねぇ……距離を離して上から新しい結界を張るとか、今ある結界に触れて力を注ぎ込むとか、そう言うのじゃ駄目なのよね?」
私がそう言うと、アユミちゃんがまた泣きだした。どうしたのよ?!
「リサさんに相談ずればよがっだぁぁ……」
煮詰まってるのは知ってたけど、そういう内容だったのね……。
再び泣き出したアユミちゃんをアイリスが背中を撫でる。いつの間にか仲良くなってるのよね、この二人。
アユミちゃんが結界を張るのに焦っていたのは、私の為だったらしい。
私が獣王の妻になる事になったら、すぐにでも
立ち上がってアユミちゃんの前で屈む。
泣いてる彼女の頭を撫でると、泣くのを堪えようと、口がへの字になった。
「ありがとう、アユミちゃん。私の為に頑張ってくれて、本当に嬉しいわ」
わっと泣き出したアユミちゃんを抱きしめて、背中を撫でる。
妹がいたら、こんな感じなのかしら。
*****
今日、アユミちゃんは
儀式の間に、王太子、私、レオ様、アイリス、アユミちゃんの侍女、皆が集まった。
魔法陣の真ん中に、来た時と同じ制服を着たアユミちゃんが立つ。
泣きそうな顔になってる。
もう、会う事はないものね。本当だったら接点を持つ事だってなかっただろう私とアユミちゃん。
指に嵌めていた、社会人になった時に自分の給料で初めて買った指輪を外す。
それをアユミちゃんの指にはめると、目をパチパチとさせた後、私を見上げる。
「あの時薬局ですれ違わなかったら、アユミちゃんと知り合う事も、レオ様に会える事もなかった。巻き込まれる形だったけど、お陰で私はここでレオ様に会えたの。
ありがとう、アユミちゃん」
アユミちゃんの大きな目からボロボロと涙が溢れる。
私の横に立ったレオ様が頭を下げる。
「聖女アユミ。私からも心からの感謝を捧げる。この国に守りを与えてくれた事、最愛のリサを連れて来てくれた事、感謝にたえない。本当に、ありがとう」
泣いてる所為で、上手く答えられないようで、あい、とアユミちゃんは返事をした。
「アユミ、本当に報酬は良いのか?」
王太子の問いにアユミちゃんが頷く。
彼女はあの結界が消えた一瞬の惨事に責任を感じ、王太子からの礼を受け取る事を拒否した。
金とか受け取ってもどう換金して良いのか分からないし、親になんて説明すれば良いのか分からないと言っていたが、それはそうかも知れない。
それもあったし、私からの感謝と、ここでの事は夢ではなかったのだと伝えたくて、指輪を渡した。
「これからどんな事があっても、アユミちゃんならやり遂げられるわ。無理は駄目よ? でも、自分なんて、と卑下する必要はないわ」
試行錯誤して、この国を貴女は守ったんだから。
義務も何もないのに、報酬も受け取らずに、やり遂げたのだもの。
何度も頷いて、涙を拭いてから、アユミちゃんは微笑んだ。
「頑張れそうです」
「大丈夫よ、私が保証するわ」
「はい」
眩しいくらいの笑顔を見せる。
出会った時はあんなに自信がなさそうだったのに、今はやり遂げた自信からなのか、目に力がある。
アユミちゃんはこれから先、頑張っていけるだろうと確信が持てる。
「直に陣が発動します。皆様、離れて下さい」
レオ様に手を引かれて魔法陣から離れる。王太子も、アイリスも離れる。
淡い光が魔法陣から漏れ、光の粒子が集まり、あっという間に光の柱が立ち上がった。
「ありがとうございました!!」
感謝の言葉と共にアユミちゃんは消えた。目の前から。
直ぐには受け入れられなくて、そのまま魔法陣を見つめてしまう。
胸に込み上げるものがあって、涙が溢れそうになるのを堪えようと目を閉じると、レオ様が私を抱き締めてくれた。
いつでも
今更ながらに家族や友人の顔が頭に浮かんでくる。
もう二度と会う事はないだろう人達。
そんな私の不安定な気持ちを感じ取ったのか、レオ様が真っ直ぐに私を見つめて、手を握りしめて言った。
「幸せに、する、絶対に」
「私も、レオ様を幸せにします」
笑いかけると、王太子の呆れた声がかかる。
「そう言うのは二人の時にやってくれ。胸焼けする」
「本当です」
アイリスまで、言いたい放題に言ってくれるわねぇ。
王太子が部屋を出て、部屋を出る際に振り向いた。
僅かに残る魔法陣の上の光の粒子が、揺れていた。
「またね、アユミちゃん」
レオ様に背中を支えられ、部屋を出る。
聖女のおまけとして紛れ込んだ女から、異世界から来て騎士団長の妻になる女になった。
ここが、私の生きる世界。
振り向くとアイリスが微笑んでいた。
「これからも、よろしくね、アイリス」
「はい、勿論にございます、リサ様」
レオ様を見上げると、目を細めたレオ様が優しく微笑んでいて、「行こう、リサ」と声をかけてくれて、私の額にキスをしてくれた。
「レオ様! する場所が違うのでは?!」
自分からしてきたのに、赤い顔をして、そそくさと逃げるようにその場を立ち去るレオ様を、追いかける。
大きな広背筋めがけて、走る。逃げるレオ様。
何かしらこれ? デジャヴ?!
「リサ様! 淑女はそのように走らないのですよ?!」
背後から遠く聞こえるアイリスの声を聞きながら、レオ様を追う。
前を走るレオ様の笑い声が聞こえた。私もおかしくなって笑ってしまった。
誰もいない中庭で、ヒールで走るのに疲れた私は座り込んだ。
鳥の鳴き声が聞こえて、空が青くて広くて、生温い風が頰を撫でた。
「リサ?! 足を痛めたのか?!」
追いかけて来ない私に気づいて、レオ様が慌てて駆け寄って来た。
「いいえ」
「じゃあ、何処か別の場所が痛いとか?」
首を横に振る。
「幸せだと思って」
私の言葉に、レオ様は瞬きをして、横に腰掛けた。
「ここに来れて良かった。レオ様に会えて、本当に良かった」
「それはこちらの台詞だ、リサ。
私を選んでくれてありがとう。
全身全霊をかけて守る。リサだけを愛し、大切にすると誓う」
レオ様の顔が近付いて、目を閉じると、唇に柔らかな感触がした。
嬉しくて、胸が震えた。
こんなに幸せなキスは初めてだった。
私も、全力でレオ様を幸せにするって、誓うわ。
誰よりも幸せにしたい。
この不器用で、誠実な、私だけの人を。
人族の別の国が聖女を呼び出した。
名前はアユミと言うらしい。
…………まさかね?
君の筋肉に恋してる 黛 ちまた @chimata
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