07.

 「昨日はお楽しみでしたね」

 「(ブフッ!)な、ななな……」

 ジェイムズがピュティアを抱いて“結魂”してしまったことは、翌朝、警備隊詰め所で、ほかならぬケイン隊長の口からバラされることとなった。


 「なぁに、今更照れることはないって。どの道、お前さんも村を出る前に“嫁さん”の披露くらいしていくべきだろうしな」

 「え? で、でも……」

 自分とケイン夫妻以外に見えない娘を「嫁です」と周囲に紹介するのは、少なからぬ頭の気の毒な人と思われるのではないだろうか?


 「ああ、気付いてないのか。あのお嬢ちゃんも、お前さんと結魂したことで、半分人に近くなってるから、ごく普通の人の目にも見えるようになってるぞ」

 「げっ!?」


──バタン!


 「ふみゅ~ん、旦那さまぁ!」

 どうやら本人も気づいていなかったのか、いつも通り、人目に触れないつもりで村を出歩いてたところ、いろいろな人から話しかけられてパニックになったらしい。

 おかげで、村の皆に冷やかされるのが嫌で、できればこのまま彼女を連れて王都に行こうと思っていたジェイムズの意図は、アッサリ覆されることになった。


 「奥手だと思ってたジェイ坊に、こんな可愛い彼女がいたとはねぇ」

 「くそっ、お前だけは我らチェリーボーイ同盟の味方だと信用してたのに、モゲロ!」

 などと、村の衆から暖かい励まし──というよりからかいを受けつつも、皆の好意で、集会所で仮祝言の儀式を開いてもらったピュティアは嬉しそうだった。

 本音を言うなら、ジェイムズだって、決して悪い気はしない。


 「では、行ってきます」

 「おー、嫁さん泣かせるなよ」

 数日後、ケイン夫妻を始めとする警備隊の面々や、近所の人たちに見送られて、王都に旅立つジェイムズとピュティア。

 道中、大したトラブルもなく王都に到着し、恐る恐る城を訪ねたところ、ケインの推薦状が功を奏したのか、無事に元ケインの上司であるアナスン第八戦士団長と面会することができた。


 「ほほぅ、お主があの……」

 あらかじめケインからの手紙でジェイムズのことは把握していたのか、値踏みするようなアナスンの視線が痛い。


 (ま、まぁ、これで、お眼鏡に敵わなくても、僕の責任じゃない、よな?)

 そうなったら、盛大に送り出してくれた村のみんなには悪いが、官費で王都見物ができて儲けものだとでも思っておこう。


 ところが、アナスンは形式的な質問をいくつかしただけで、「それでは、明日からお主は城の宿舎に入ってもらう」と、あっさり入団を許可したのだ。


 「え? あの、僕……いえ、自分の剣の技量とか試さなくていいんですか?」

 てっきりその種の「試験」があると思い、彼なりに精いっぱい正装──この場合は戦士としての武装を意味する──をして来たのだが。


 「構わんよ。ケインの奴が認めた人間なら、第八戦士団ウチに入るだけの最低限の基準は満たしてるだろう」

 どうやら、あのスチャラカ風味な隊長殿は、よほど目の前の団長様に信頼されてるらしい。


 「なに、どの道、ウチに入れば嫌でも先輩からの修練しごきは受けることになるからな」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるアナスン。その表情を見ると、ケインと師弟であるということが、非常に納得できた。


 しかし、ジェイムズとしては戦士団の宿舎に入る前に確認しておかねばならないことがあった。


 「あ、あのぅ、自分は独り身じゃなくて、連れがいるのですが」

 「なに? その年で嫁さん持ちか。いや、田舎なら珍しくはないのかもしれんが」

 「いえ、その、まだ、仮祝言しかしてないので、正式には「許嫁」と言うべきなんでしょうけど……」

 さらに言えば、その「相手」が家憑き妖精(キキーモラ)であることも、説明しておかねばならぬだろう。


 「ふむ。妖精がパートナーというのは、別段構わん──というか、我らとしては、むしろソレがあるからこそ、お主を迎え入れたのだから、その点は問題ないのだが……」

 戦士団側としては、近い将来的に、妖精眼を持つジェイムズに、「妖精憑きの騎士(パジェスタ)」と呼ばれる存在になって欲しかったらしい。

 しかし、まさか、アナスン団長も、ジェイムズ少年がパートナーの妖精と既に「ねんごろな仲」になっているとは思わなかったのだとか。


 「流石は、あの馬鹿ケインの直弟子と言うべきか」

 聞けば、ケインも今のジェイムズ同様、かつて雪妖精の少女(現在の妻ゲルダのことだ)と情を通じて、色々団で揉めたらしい──主に風紀的な面で。


 「あのバカップル共にアテられて、当時の団員からは苦情が連日舞い込んで来たからな」

 「あ……ははは……」

 確かに、あの夫妻のはっちゃけぶりからすれば、十分想像できるのがコワい。


 「そういうわけで、現在、第八戦士団の宿舎では、男女同棲禁止という規則が決まっておる。おるのだが……本音を言えば、お前さん、可愛い嫁さんと離ればなれにはなりたくないだろう?」

 「──はい」

 その点は、しっかり首を縦に振るジェイムズ。


 「かと言って、王都でいきなり家を借りれるほどの金はないだろうし、訓練その他の都合で、ヒラの、それも新人が宿舎以外で暮らすのも、色々不都合があるな……。

 む。そう言えば、お主のパートナーは、確かキキーモラであったな。念のため聞くが、家事は得意か?」

 「え? ええ、まぁ、ケイン隊長の奥さんには劣りますけど、あの方の直伝ですし……」

 団長の問いに、戸惑いながらも素直に答える。


 「ならば問題ないな。よし、ちょうど第八戦士団ウチの宿舎の管理人の女将おかみが、人手不足をこぼしていたところだ。その子には、宿舎付きの使用人として住み込みで働いてもらうことにしよう。ああ、無論、宿舎には暖炉もある。

 それならば、お前さんもひとつ屋根の下にいれて安心だろう?」


 その場は、「一応、本人の意思を確認してみます」と答えて、ピュティアの待つ宿に戻ったジェイムズだったが、話してみると「私なんかでお役に立てるなら」と本人も乗り気だったため、トントン拍子に事が決まった。


 そして、諸々の準備や支度に翌日を費やしたのち、翌々日からジェイムズは晴れて「王国軍第八戦士団の新人団員」に、ピュティアは「第八戦士団独身宿舎の使用人」として、暮らすことになった、というわけだ。


 * * * 


 そして、王都に来てから丸2年の歳月が流れた。

 幸いにして、ケインの見立て通り、ジェイムズにはパジェスタとしての才能があったらしく、最近では第八戦士団の若手の中では五指に入る腕利きとして王都では知られるようになっていた。


 また、ピュティアの方も──当初は、多くの人に自分の姿が「見える」という事実に落ち着かず、多少のドジもあったらしいが──ひと月もする頃には、宿舎を快適に整える使用人メイドとして、多くの団員から好意的に受け入れられるようになっていた。


 そして、つい先月、ジェイムズが小隊長に昇格したのを機に、ふたりは宿舎の近くの一軒家を借りて、晴れて夫婦として暮らすことになったのだ。


 無論、王都の教会で正式な婚儀の式典も挙げた。式には、同僚たちはもちろん、上司であるアナスン団長、さらには辺境からわざわざケイン夫妻も駆けつけて、ふたりの前途を祝福してくれた。

 もっとも、子供ができるまでは、ピュティアは通いで宿舎の女将の手伝いを続けことになってはいるので、普段の生活自体は、今までとあまり変わりないとも言えるが。


 そんなワケで、このふたり、先週からこの家で新婚(まぁ、すでに2年間の蜜月も経験してるわけだが)生活を送っているのだが、生真面目なピュティアはどうもメイドさん気質が未だ抜けきらないらしく、平日の日中は「旦那様とメイド」というスタンスで接することが多い。

 村にいたころの習慣に加えて、この2年間も人目がある場所では、そういう風に振る舞うことが多かったのだから、ある意味仕方ないのかもしれない。


 「──でも、さすがに子供ができたら、もうちょっとこなれた感じになった方がいいんじゃないかな、「奥様マイハニー」?」

 カップの中の紅茶を飲み干しながら、青年へと成長したジェイムズは「新妻」をからかう。

 「はぅ!? そ、そうなったら、善処します、旦那様マイロード……じゃなくて貴方ダーリン


 そう口にしながらも、顔を真っ赤にしてはにかむピュティアだったが、じつは半年と経たずに「そうすべき事態」になる──とは、ふたりともこの時は思ってもみなかったのだった。


 -おしまい-

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つくしんぼ通信~彼女はキキーモラ~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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