#65 : Walk Around

「貴女、本当に葵生ちゃん置いてくつもり……?」


 凛子の問いかけに、琴音は口元に人差し指を当てるジェスチャーを返した。


 六本木のテレビ局、地下駐車場。琴音愛車のSUV車内。

 《Mステ》の収録は滞りなく終わった。ご時世に配慮した軽い打ち上げの話も出たが、ひふみは飲み会NG、琴音は運転手なのでアルコールNG、凛子にいたっては枕営業野郎――ドラマ班の壬生Pを蹴り飛ばして局NGのため、三名は逃げるように楽屋を後にした。

 問題は、楽屋に置き去りにしてきた葵生である。


「だって葵生と住みたくないっしょ?」

「私は貴女とも住みたくないんだけど」

「壬生P蹴っ飛ばして出禁になった責任取って」


 琴音は真顔で告げる。マネージャーとして、ファンとして琴音を守るための行動だったと言えど、やはり局――すなわちクライアントを蹴り飛ばすのは悪手も悪手だったかもしれない。


「……やっぱりマズかった?」

「ん。ヤバかった」


 凛子の全身から血の気が引いた。が、直後、琴音に唇を奪われる。深紅のリップが触れた。


「あんなことされたら惚れ直しちゃうよ。あんがと、凛子」


 照れくさそうにはにかんで、すぐに琴音は前を向く。そして始動ボタンを押して、エンジンに火を入れた。車内を低いうなりと小刻みな振動が満たす。

 身体の震えや静かな鼓動の高鳴りの正体は、SUVの振動。決して琴音が寄越してきた感謝のせいではないはず。そう思い込むことにして、凛子は助手席のシートベルトをカチリと締めた。


「さ、ひと仕事終わったし帰るぞー!」

「…………あの子はいいの?」

「いーんだよ。あいつ今カネ持ってんだから」


 後部座席のひふみに、琴音は心底うんざりしたとばかりに吐き捨てた。

 いとこ・黒須葵生は天衣無縫で純粋な田舎娘のようでいて、なかなかしたたかな女だった。

 琴音の財布から抜いた十五万円の受け取りを渋った葵生だったが、凛子が壬生Pを蹴り飛ばして楽屋に戻った時には現金は消えていた。あげく、いつの間にかひふみの楽屋に上がり込んで「お金がないんよ」と泣きつき、さらに十万円を。最終的に凛子も泣きつかれ、なけなしの三万円を――おそらく戻ってはこないだろうと思いつつも貸し付けてしまった。

 鮮やかな手法だ。詐欺師に向いている。


「悪いね、凛子ちゃん。葵生に貸したの建て替えるよ」

「そうして。……あ、待って?」


 おカネの話をしたところで、凛子は本日の日付を思い出した。

 奇しくも本日は明治文具時代の給料日、二十七日だ。


「マネージャーのお給料っていつ貰えるの? ていうか私、事務所と守秘義務契約NDAしか結んでないよ? 雇用契約は?」

「その話面倒くさいから、あとで私の税理士から聞いて?」

「なんで貴女の税理士……」


 そこまで話して、事務・経理としてのスキルがある凛子は気づいた。

 琴音は芸能事務所に所属しているが、雇用契約を結んではいない。事務所とマネジメント契約を結んだ個人事業主だ。となると凛子の雇い主は所属事務所ではなく、凛子が挙げた五つの約束の四つ目、破格の好待遇をすべて呑んだ人物。琴音である。


「……あきれた。家でも仕事でも独占したいなんて……」

「言ったじゃん? ガキみたいな恋愛しかできないからさ。凛子ちゃんにはいずれ、私の青色専従者になってもらう」

「分かりづらいプロポーズはやめて」

「あはは。さすが元経理事務は詳しいね? 税務もやってくれたらお給料上乗せするよ」

「無理」


 年収三億円の確定申告など、ヘタを打ったら即スキャンダルだ。絶対に担当したくない。凛子は琴音から視線を外し、地下駐車場を徐行する車窓に目をやった。

 ここにはもう、しばらく訪れることはない。

 SUVは六本木のテレビ局を後にした。


 ――その後ろを、一台のタクシーが尾行していることには凛子も、ヘッドフォンで自分の世界に没入しているひふみも、さらには運転手の琴音すらも気づかなかった。


 *


 同日。世田谷区、経堂。

 祈るような思いで待っていた電話口の相手からを告げられて、美琴はがっくりと肩を落とした。


「あらあら。また祈られちゃったんですか」

「これで三社目……運に見放されてる……」

「祈られすぎて女神様にでもなりそうな勢いですねー」


 くすくす笑うシャンディに頭を撫でられて、美琴はソファに顔を埋めたのだった。

 凛子がうっかり就活を成功させた一方で、美琴の就活は暗礁に乗り上げていた。それもそのはずだ。美琴がエントリーする企業はどれも明治文具と同程度の中小企業。さらには営業や事務などなど、今までの職歴を無視した業種にばかり面接を申し込んでは断られている。


「未経験者歓迎なんてきれい事だよね……」

「どうしてそこまで未経験にこだわるのでしょうね?」

「それは――」


 言いかけて、シャンディには就活の相談をしないと宣言したことを思い出して美琴は押し黙った。

 美琴が企画・広報を狙わず未経験分野ばかり狙うのは単純に、実績が伴っていないからだ。明治文具で働いた五年の間、美琴は広報らしい広報の仕事を打っていないし、打てども空振りの不運そのものだ。企画はたまたま運がよかっただけの、偶然起こった奇跡だ。


「……企画も広報も向いてないからダメ」

「泥棒されちゃうような企画を考えたのに?」

「あれは運がよかっただけ」

「運も実力だとあたしは思いますけどね。ふふ」


 シャンディの弾むような、それでいて困ったような、どちらか分からない嘲笑を美琴は聞いていた。現状は、シャンディいわくモラトリアム遊戯ゲーム。遊戯となった途端、シャンディの真意は――普段も完全に読めているかと言われると疑問は残るが――まるで読めなくなる。

 シャンディは、美琴が専業主婦になることを望んでいるのかもしれない。

 ただ、甘えるワケにはいかない。シャンディを好きだからこそ対等でありたい。どうにか釣り合う自分でいたい。それに盛大な式を挙げると背伸びして約束してしまった以上、後には引けない。

 美琴はがばっとソファから頭を上げた。


「……ダメなら次。次受ければいいだけ!」

「そうそう。えらいえらい」


 シャンディは瞳を輝かせてただ笑っていた。約束通り美琴の就活について踏み込んではこないのだ。その配慮が嬉しくも悲しい。


「さて、そろそろ遊戯はいかがかしら?」

「むう……」


 琥珀色の瞳は上弦だ。愛を育んだアンティッカでのシャンディと同じく微笑んでみせて、美琴にしなだれ掛かってくる。不採用を喰らってすさんだ美琴の心の傷に染み込むのは、彼女の甘い体温だ。


「……何をするつもりですか、シャンディさん?」

「本日の遊戯は、お外で行いましょう」


 時刻は午後三時。まだ日は高い時間だ。とは言え現在は自粛期間真っ只中である。


「不要不急の遊戯は控えるべきでは?」

「美琴さんにとっては急を要するお散歩遊戯ですもの。ふふ」


 結局、シャンディに抵抗する意思すらも持ち合わせず、美琴は不承不承外出の支度をするハメになったのだった。


 *


「静かなものですね」

「そうだね」


 シャンディに連れられて、美琴は経堂のマンション周辺をぷらぷらと散歩していた。ひとけのない街中をマスクをして、手を繋いで歩くだけ。遊戯の全容はさっぱり分からない。


「それで、今日の遊戯の内容は?」

「ええ。実はあたしも決めかねているんです。どういった内容であれば愉しんで戴けるかと思いまして」


 美琴の隣を歩くシャンディは、何かネタは見つからないだろうかと視線をあらゆる方向へ送っていた。どうにかして美琴を辱めるためのネタを探しているのだろう。遊戯は絶対に自粛しないというシャンディの熱意がおかしくて笑ってしまう。


「じゃあ、お祈りまみれで悲しい私を遊戯で愉しませてもらえますか? シャンディさん」

「そのつもりですよ――あ、ではまずはこれを」

「自販機ですか?」


 告げて、シャンディは路上に設置された自販機の前で立ち止まった。見たところ、何の変哲もない飲み物の自販機だ。あまりCMやスーパー、コンビニの店頭で見かけない、マイナーな銘柄が並んでいる。


「ただの自販機ではありません。この子はズルい子なんです」

「ズルい?」


 むすっとした表情で、シャンディは小銭入れから百円玉を取り出して《梅サイダー》のボタンを押した。その直後、シャンディは投入金額を表示する七セグメントディスプレイを指さす。四桁の表示が順に7、7、7と揃っていく。

 いわゆる《当たりつき自販機》だ。

 食い入るように表示を眺めたシャンディは直後、「やっぱりズルい」と唇をすぼめる。四桁のうち、最後の一桁だけが8になっていた。


「何度挑戦しても揃ってくれないんです。あたしここで梅サイダーをもう百回は買ってるんですよ? 確率論的にはそろそろ当たる頃だと思いません?」

「あー……」


 シャンディがむくれる理由はあまりに子どもみたいなものだった。美琴も同じく百円を入れて、無糖のブラックコーヒーを押す。表示ルーレットは先ほどと同じく、7が並んだあと一桁だけ8になった。


「ぶー。いかさま自販機」

「これはね、当たらないようにすることもできるんだよ。設定を弄って確率をゼロにしてあったら、何度やったって一緒」

「法的に問題ないんです? それ」

「その証拠に、《当たりつき》なんてどこにも書いてないから」


 一歩引いて、自販機を眺める。本来このタイプの自販機は、プラスティック製の看板や、四桁表示の下にシールが貼ってあるものだが、美琴の指摘通りどこにも《当たりつき》なんて書いていない。そもそも百円の安売り自販機に当たりを求めるのも酷ではある。


「ならルーレット機能もなくすべきだと思いません?」

「イタズラ心じゃない? シャンディさんみたいなカモを捕まえられるから」

「ここでしか買えないレア商品を扱ってるからって調子乗ってます。悪い子め」


 こつん、と自販機にデコピンを喰らわせて、シャンディはプルタブを開けた。炭酸の抜ける音が無人の路地裏に響く。ほとんどヤケ酒のような勢いで缶を呷って、ふうと息を吐いた。


「美琴も呑んでみます? 間接でよければ」

「今さら間接キスなんかじゃ恥ずかしがらないよ?」

「ですね」


 渡された梅サイダーは、どこまでも分かりやすい味だった。甘ったるい梅シロップと微炭酸のノンアルコールカクテルだ。頻繁に飲むと飽きが来てしまいそうだが、たまに無性に飲みたくなるような類いの味わいである。

 買った缶を片手に再び経堂の街を散策していると、普段買い物に来ているスーパーに辿り着いた。


「晩ご飯の買い出し遊戯でもする? そろそろタイムセールかもだし」

「それも愉しそうですけれど、あたしのお目当てはアレです」


 いかさま自販機に続いてシャンディが指さしたのは、スーパーの入口そばに並んだガチャガチャだった。上下二段に六台ほど並んだ筐体を真剣そうに品定めして、「これにします」と静かにつぶやく。


「何か欲しいものあるの?」

「いーえ、特に何も。気の向くままです」


 身をかがめてシャンディが指した筐体には、プラカップに入った色とりどりのスライムの写真が飾ってあった。スライムなんていつぶりだろうと美琴は昔をぼんやり思い出す。


「うわ、スライム懐かし! 琴音が幼稚園くらいの時かな。『赤のスライムがほしいのにぜんぜん出ない!』ってよく泣いててさ」

「今では想像もつかないお話ですね」

「本当にね。昔は可愛かったんだけど」

「ふふ。うらやましい姉妹愛ですこと」


 再び小銭入れから百円玉を取り出して、シャンディはガチャガチャのハンドルを回した。自販機よりはいくぶんか小さな音を立てて、カプセルが取り出し口に転がってくる。綺麗な球形の、ピンク色のカプセル。中身のプラカップ入りスライムは赤色だった。


「あたしね、ガチャガチャの中身よりカプセルの方が好きな子どもだったんですよ」


 中身にはさしたる興味がないのだろう、スライム入りプラカップをパラッツォパンツのポケットに入れて、シャンディはカプセルを懐かしそうに眺めていた。

 彼女が自身から過去を語るのは珍しい。美琴も身をかがめて肩を寄せ合い、尋ねてみる。


「どうして?」

「綺麗じゃないですか。丸くて。それに中身のオモチャは何度か遊ぶと飽きちゃいますけど、カプセルは別の中身を入れると何度だって愉しめます」

「そういえば私も、ヘアゴムとか入れてたかも」

「ええ。ですが、あたしはカプセルから多くを学びました」


 空のカプセルを握りしめて、シャンディは続けた。


「美琴、質問です。空のカプセルと宝石入りカプセルだったら、貴女はどちらを選びます?」

「普通は宝石の方を選ぶんじゃない? 私はさほど宝石に興味はないけど」

「じゃあ、どうやって宝石入りのアタリを選びますか? このカプセルのように、開けない限り中身が分からないとしたら?」


 再び百円玉を投入して、もう一度スライムガチャのハンドルを回す。シャンディの手には、二つの同じ形のカプセルが握られていた。ピンク色のカプセルの中身は伺えない。


「重さを量るとか、振って音がするか確かめてみるとか?」

「それができないとしたら?」

「となると……」


 触れずに中身を調べる方法は、他にもいくつか思いついた。非破壊検査だ。音波や赤外線、健康診断で用いるX線などなど、やりようはいくらでもある。ただ、シャンディの問いかけの意図からは遠いだろう。


「……勘かな。当たってと祈りながら選ぶしかない」

「そう。つまり運試しということです」


 シャンディはにこやかに微笑んで、二つのカプセルを後ろ手に回した。そして美琴の眼前に突き出す。右手と左手に一つずつ、ピンクの球体が握られている。

 これは二者択一の遊戯だ。


「あはは、アタリのカプセルを当てられたら私の勝ち?」

「ふふ。当てられますかね?」


 右、左でカプセルに差はない。重さを量ることもできない以上、シャンディの言うとおりに運試しだ。

 美琴はしばし悩んで、右のカプセルを掴む。

 遊戯の結果は即座に分かった。軽い。ハズレだ。


「ハズレだったね」

「ふふ、残念ながら両方ハズレですよ」


 選ばなかった方のカプセルを開けて、シャンディは笑った。おそらく背後に手を回した瞬間に、美琴から見えないようにカプセルを開けて中身を抜き取ったのだろう。


「いかさまじゃない……。さっきの自販機じゃないんだから……」

「イタズラ心ですよ。美琴はいいカモですから」


 琥珀色の瞳は上弦だ。美琴の反応を愉しんだのかご満悦のシャンディは、空のカプセルを持っていたバッグにしまい、再び散歩に戻っていく。

 シャンディの真意は、いまだに謎のままよく分からない。それでも手を繋ぎ、ひとけのない経堂の街を歩いていると、いつの間にかそんなことも気にならなくなってくる。ただぼんやりと愉しい。試されてそわそわする気持ちと、妙に落ち着き払った気持ちが、美琴の意識を前へと向かせる。

 またしばらくふらふらと経堂を探索し、シャンディは今度は鳥居の前で足を止めた。


「美琴は神様とか信じる方です?」

「困った時だけね」

「なら問題ありませんね。今まさに困ってますもの」


 ともに鳥居をくぐり、お賽銭箱に百円玉を入れた。二礼二拍手一礼をしっかりと守るシャンディは、郷に入っては郷に従う精神なのだろう。

 横目に見た彼女の金髪と白磁の肌は、神社境内の中だと異質だ。それでも、美しくて優しい彼女の隣に並び立てることが――そして、そんな彼女と永遠に幸せであれますようにと祈れることが美琴の胸を温かくする。


「ふふ。何を祈ったか当ててあげましょうか?」

「そんなの当てるまでもないでしょ?」

「ええ。あたしは貴女を幸せにできていますか?」


 太陽が西日に変わり始めた時間帯。赤みを帯びた光の中では、シャンディの顔色を正確に窺うことはできない。それは当然、美琴も同じこと。ふたりして似たようなことを祈っていたと分かって、じわりと血液が顔に集中する感覚を覚える。


「祈るまでもないよ」

「……大好きよ、美琴」


 時折、シャンディは敬語を抜く。わざとやっているのか、それとも自然と抜けているのか。謎まみれのシャンディが意図したギャップなのかどうかは不明だが、美琴を一気に紅潮させるにはそれで充分で――


「可愛すぎるよ、ホント……」

「ここまで骨抜きにしたんですもの、責任とってくださいな」

「……ええ、大いに取りますとも!」

「夕焼けよりも真っ赤ですよ?」


 ――背伸びして覆い隠しても無駄だった。

 堪えきれずシャンディから視線を逸らして、西の空に傾き出した太陽を見つめる。

 あの不運な冬の日に出逢って、初めての春が過ぎ去ろうとしている。まだ三ヶ月しか経っていないのに日々はとても濃密で、運は緩やかに上り調子だ。この先、夏、秋、二度目の冬、さらにはその次とこの幸運が続けばいい。


「美琴。今日の締めはアレです」


 シャンディが最後に指したのは、無人のおみくじボックスだった。いかさま自販機、ガチャガチャときて最後はおみくじ。今日のシャンディはずいぶんと運を試したがる。

 さしもの美琴もようやくにして、シャンディ曰くのお散歩遊戯の真意が理解できた。


「その前に。お散歩遊戯に決着つけてもいい?」

「あら、どういうことかしら?」

「シャンディさんのことだから、私が散歩の意図に気づけるかどうか試してたんでしょ? いろいろヒントも出してくれてたし」


 シャンディは一瞬、驚いて目を見開く。不意を突けて美琴は満足したが、今度はシャンディを満足させるためにも遊戯に正解しなければと意気込む。


「では、どうぞ。美琴のお答えは?」

「……今日のキーワードは、運。シャンディさんは、運なんてどうにもできないものにこだわるなって、私に伝えたかったんじゃない?」

「伝えてどうしようとしたのかしら?」

「私を励ましたかったんでしょ? ここのところ不運続きだから」

「さあ、どうかしらね?」

「当てられて恥ずかしいからはぐらかした?」

「いーえ。お散歩遊戯はただのお散歩遊戯ですよ」


 相変わらずの回りくどい愛情。そしてそれを認めようとしない。「しーらない」とばかりにぷいっとそっぽを向いた彼女に、思わず美琴は笑っていた。


「ならそれでいいよ。いい気分転換になったから」

「それはよかったですねー」


 なおもしれっと照れ隠しの棒読みをして、シャンディは百円玉を投じておみくじ箱の中に手を突っ込んだ。続いて美琴もおみくじを掴む。小さな巻物といった様相のおみくじを二人して開いた。

 結果は――


「いや、大吉って……。仕事運最高って書いてあるなら内定ちょうだいよ、神様……」

「あたしは末吉でした。なーんかコメントしづらいですねー。待ち人来たる、のトコだけは当たってますけど」


 結局ふたりしておみくじを結んで奉納し、神社をあとにする。

 西日を背に、ふたり並んで家路につく。通りがかった公園のスピーカーからは、子ども達に帰宅時間を伝えるアナウンスが流れていた。

 美琴は静かに嘆息した。


「でも……。今日もなーんにも進展のない一日だったなぁ……」

「なんてことない一日は、いつかかけがえのない特別な思い出になるものですよ」

「出た、シャンディさんの名言」

「受け売りですよ。あたしの言葉じゃありません」


 シャンディが強く、美琴の手を握ってくる。


「これから毎日、美琴とかけがえのない思い出を作っていきたい。それがあたしが神様に祈ったこと。ちょっと贅沢だったかしら?」


 美琴は繋いだ手を握り返した。


「神様が叶えてくれなくても、私が叶え続けてあげる」

「頼もしいですね。もうすぐ無職になるくせに」

「それは言わないでよ……」

「ふふ」


 ――本日の恋愛遊戯、美琴の勝利。

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