#13 : Triple Passion / ep.1

 舞台は六本木はずれのガールズバー《antiqua》――ではなく。

 横浜・みなとみらい周辺。

 待ち合わせ場所のカフェでモーニングブレンドを啜っていた美琴の前に、彼女が現れた。


「お待たせしました、美琴さん」


 シャンディの姿は、オフの日特有のゆったりしたもの。ケーブルニットにショートパンツを合わせ、肩口のあたりで金髪が揺れている。美琴もパンツスタイルの大人びた簡素な私服。

 今朝はふたりともオフ。互いに私服での逢瀬だ。


「普段と違うあたしに見とれちゃいました?」

「ええ、その可愛らしさに。謎がより一層深まりました」

「今日はその謎を解き明かしていただこうと思って」


 勝ち気な瞳でくすくす笑って、彼女は美琴のコーヒーを啜った。

 きっかけは昨晩のこと。


 ――美琴さんの地元、横浜でデートしませんか?


 《アロマ・トラップ》勝負のご褒美、シャンディとの店外。

 突然の珍事に美琴が抱いたのは、勝利への確信だった。

 なぜなら美琴にとってアンティッカはアウェー。夜ごとにカクテルと恥辱を味わわされる因縁の地だ。

 だが美琴の地元・横浜ならば。友人達と遊んだ場所や、もはや存在もうろ覚えな歴代彼氏達に愛を囁かれたデートスポットはすべて美琴の頭に入っている。勝手知ったる場所ならば、勝率はグンと上がるはず。


 ――この店外で、シャンディの謎を暴いてみせる。


 かくして美琴は、綿密なプランを用意した。記憶とネットを頼りに一晩寝ずに考えたが、頭はハッキリ冴えている。勝ちに餓えたアスリートのごとく、アドレナリンが瞼を押し上げていた。


「貴女のことが気になって、夢にまで見るほどですから」

「ふふ。そう言えばあたしも、今朝は美琴さんの夢を見ましたよ?」


 注文したジンジャーエールのグラスをストローで弄んで、シャンディは瞳を歪めた。


遊戯ゲームに負けて泣きべそかいてました。シャンディさんには敵いませ~んって、かわいい子どもみたいに」


 誇張した美琴のモノマネを披露して、勝ち気に琥珀色の瞳を輝かせる。

 彼女は今日も負けるつもりはないらしい。


「奇遇ですね。私もシャンディさんの夢を見ましたよ。かわいい子どもみたいにスネちゃって」

「こんな顔ですか?」


 シャンディはひょっとこみたいに顔を歪ませる。明らかに美琴を煽っている。勝者ゆえの驕りだろう、勝負を舐めていると言っても過言ではない。


「余裕でいられるのも今だけです。貴女が纏った謎を脱がせてみせます」

「ようやく裸のあたしを見ていただけるのかしら?」

「ええ、丸裸にしてみせますとも」


 隣の男性客が申し訳なさそうに咳をした。腹の探り合いに意識を集中するあまり忘れていたが、ここはアンティッカではない。普段の言葉選びのままでは、ただの恥ずかしい連中だと思われてしまう。

 シャンディはニヤリと微笑むと、美琴の耳元で囁いた。耳には吐息がかかるばかりか唇が当たっている。狙って唇を当てている。


へ行きますか?」


 暗に示した場所を悟って、美琴は頭を振った。

 何せ薄暗いアンティッカと違って周囲は明るいのだ。ごまかしは効かない。


「まずは普通に観光です」


 向かうはカフェから見える大門の向こうだ。

 食欲をそそる香りと金と朱塗りで彩られた勝負の舞台――横浜中華街。軽く街並みを散策し、関帝廟での必勝祈願を終えたところで、シャンディが口を開いた。


「さて。どんな遊戯ゲームをご用意いただけたのかしら?」

「本日はここ、横浜を舞台にした三番勝負。ひとつでも取ったら私の勝ちとさせてください」

「ずいぶん不公平ですね? あたしはひとつも落とせないなんて」

「おや。貴女ともあろうお方が、ハンデがあると勝てないと?」


 美琴が煽るとシャンディは不敵に笑う。琥珀色はいっそう妖しく輝いた。


「言うようになりましたね。ご褒美は?」

「シャンディさんの望むままに」

「承りました。後悔しても知りませんよ?」

「後悔させてみせますよ。今、ここで!」


 とある店舗の前で足を止め、美琴は言った。シャンディはきょとんとした表情を浮かべるが、すぐに趣旨を理解してにんまりと微笑む。


「……なーるほど、考えましたね。ですか」

「ええ。最初の遊戯は《本音を隠し通せるかどうか》。この店には心が読めると評判の占い師が居ます。つまり、本音を暴かれた方の負け」

「望むところです」


 予約早々、ふたりは個室に通された。隣り合って腰を落ち着ける。ややあって、現れたのは薄いヴェールで顔を覆った占い師だ。

 いかにもな雰囲気を醸し出しているが、やけにフランクに尋ねてきた。


「んじゃ、占いの前にお名前と年齢、誕生日を教えてちょ? そっちのシュッとしたおねーさんから」


 頼もしい前評判は霧散した。占い師の態度はやっつけ仕事でもこなすような、なおざりだ。

 彼女に任せて遊戯が成立するのだろうか。美琴は一抹の不安を覚えてしまう。


「黒須美琴です。26歳。誕生日は3月2日です」

「おけ。じゃー次はそっちの金髪さん」


 占いに必要なもの、それは個人情報だ。遊戯に挑むにはシャンディがひた隠しにしている秘密を明かさなければならない。

 これは美琴が仕掛けた罠だ。思い通りに事が運んだ笑みを堪えて、美琴はシャンディの答えを待つ。

 が――


「魔法少女シャンディ。14歳。誕生日はサバトの夜です」


 占い師は目玉をひんむいた。


「いやいや、つくならもう少しマシなウソをついてくださいよ……」

「だって、やり口が姑息なんですもの。こんな方法で秘密を暴こうだなんて」


 ぷくっと頬を膨らませ、シャンディは怒ったフリをする。ただ、さすがに申し訳ないと思ったのか――


「訳あって名乗れませんが、仮にシャンディと。生年月日は非公開。体重はリンゴ3個分。これでは占えませんか?」

「はいはい、おけおけ。じゃー何占う? 仕事、恋愛、金、健康、人生とかとか」

「ではシャンディさんの人生運を――」


 言いかけたところで、シャンディに割って入られた。


「ふたりの相性を占っていただけませんか? あたし達カップルなんです」

「シャンディさん!?」


 予想外の発言に否定する間もなくて、美琴はただ名前を呼んでいた。一方、占い師は驚いた様子を見せるが「なるへそ」と納得したらしい、22枚のタロットを伏せて、横一列に並べる。


「ちょ、ちょっと待ってください私が占いたいのは――」

「恥ずかしがらないでくださいな。すみません占い師さん、あたしのカノジョは奥手で、すーぐ焦っちゃうんです。ホントかわいくて! ですよね、?」

「わかるー。初々しくていいよねー!」


 シャンディはおろか占い師にまで笑いものにされ、美琴は言葉を継げなくなった。「姑息な手段に出た罰」ということだろう、わずか一瞬で主導権を握ったシャンディは、占い師に指示されるままにタロットを選ぶ。


「ほら、美琴も選んでくださいな。7枚必要だそうですよ」

「うう……」


 美琴が狼狽えるのも当然だ。本当はシャンディの人生運を占わせて、一方的に勝利するつもりだったのだ。自分が占いの対象になることなど想定していない。

 しかも占いは始まっている。もう引き返せない。

 言われるままにタロットを交互に選び、六芒星ヘキサグラムがプリントされた布の上に伏せていく。最後の1枚を六芒星の中央に置くと、占い師の表情はヘラヘラしたものから一転、眼光鋭くなる。


「んじゃ、始めるよ」


 占い師は1枚目をめくる。

 大アルカナ最凶のタロット、【塔】の逆位置。


「あちゃー。過去にスゴい失敗したことあるっしょ? それこそ路頭に迷うレベルの大失敗。経験ない?」

「あたしはまあ、お店を持つときに苦労しましたね。美琴も最悪な状況じゃないですか、進行形で」

「そうですね……」


 今の状況が最悪だ、とは言えなかった。おそらく美琴の仕事のことを言っているのだろう。曖昧に返事をした美琴の後で、占い師は2枚目をめくる。

 【恋人】の正位置。

 「いいタロットが出ましたね?」と喜ぶシャンディへおざなりな返事をする。占い師の解釈は、美琴の耳を右から左へすり抜ける。


「1枚目の【塔】はドン底って意味なんだけど、逆位置になるとこれ以上ズンドコにならないって気づいて開き直るよって意味になるんだよね。なんで、2枚目に出た【恋人】は、おふたりさんの交際関係が人生にとってプラスになってるってこと。よかったじゃん?」

「仰る通りですね。美琴はあたしにとって欠かせない人ですから」

「ノロケか! ファー!」


 占い師は大御所芸人みたいな引き笑いをした。キャラが濃い。

 それにしても、と美琴は思う。シャンディはよくもまあ次から次にウソを並べられるものだ。カップルという前提からしてウソだというのに、どういう思考をしているのだろう。

 クセ強めの占い師は、続いて3枚目をめくった。

 【戦車】の正位置。


「これは前に進む力とか信念って意味。ざっくり言えば遠くない将来、公私ともに支え合えるパートナーになれるってトコかな。【戦車】の車輪みたいに二人並んで、まっすぐ同じ方向へ進める感じ。そのうち一緒に仕事することもあるかもね」

「製造業とバーテンダーが……?」

「まー3枚目までで分かるのは、お二人さんの過去と現在と未来のこと。やー、かなり相性いいよ。ちょっとびっくりだ」


 まずあり得ない。適当なことを言っているに違いない。

 安くない占い料金をドブに捨ててしまった。後悔した美琴の前で、4枚目が姿を現す。

 【節制】の逆位置。


「……だけどさ。ちょーっと浪費が激しいね。あと見栄張ってない? たとえばカネやモノで気を惹こうとしたり、相手に合わせようと背伸びしたり。そーいうの見てる方としてはキュンキュンするけど、節度は欠けてるかもね。あ、だから今ひとつ踏み込めてなかったり?」


 否定した直後にこれだ。身に覚えがありすぎる占いに美琴は固唾を呑んだ。

 夜ごとアンティッカでおカネを落とすと約束したのは、美琴にできる精いっぱいのオトナびたアピール。美琴の背伸びそのものだ。

 シャンディは何も言わず、口元に手を当てて微笑んでいる。


「まーともかく、『ありの~ままの~♪』って感じで気楽にやったら? そしたら深く知れるかもよ?」

「当たってますね、美琴?」

「そんなことありませんけど?」


 この占い遊戯は、本音を暴かれた方の負けだ。美琴はどうにか平静を保とうとする。

 げに恐ろしいのはこの占い師だ。前提が間違っているのに妙に鋭い。「ネットで評判」の謳い文句は、単にクセの強さが理由ではないだろう。占い師は続ける。


「次の2枚なんだけどさ、ウチはお互いの本音を当てるのに使ってんだわ。どっち選ぶ?」

「あたしはこっちで」


 シャンディは左を選んだ。自動的に美琴は右だ。

 占い師はまず右の――美琴の本音を意味するタロットをめくった。

 【魔術師】の逆位置。


「あー、やっぱおねーさんの方が背伸びしてたかー」

「はあ!?」


 狼狽える美琴の一方、シャンディはくすくす笑っていた。


「【魔術師】の逆位置はね、優柔不断とか経験不足で背伸びしがちってヤツなのよ。だからおねーさん、金髪さんから子どもっぽく見られるのイヤでしょ? まー、付き合いたてならしょーがないよねー、分かるー」

「ぜ、絶対違いますから!」

「あ、そう? 自信あったんだけどなー」


 占い師は続いて、左の――シャンディの本音を意味するタロットをめくる。

 【法王】の正位置。


「そゆことね完全に理解した。金髪さんの精神年齢が鬼高いんだわ。寛大で慈悲深い教育者ってことだもん、【法王】って。たぶんだけど、おねーさんが求めさえすればなんでもしてあげる系。自分を犠牲にしてでも尽くすタイプだよね」

「ええ、当たってますね」

「絶ッ対、ウソです!」


 占いなんて眉唾だ。美琴はこれまでの辱めや仕打ちを思い出して叫ぶ。

 あのシャンディが、そんな地母神じみた存在のはずがない。もっと【悪魔】とか【死神】とか【吊られた男】とか、そういった類のはずだ。

 美琴の抗議などものともせず、占い師は最後のタロットをめくった。

 【運命の輪】の正位置。


「さて、本日のまとめ。おふたりの相性はバッチリ、未来も希望に満ちてます。ただ、おねーさんがちょーっと背伸びしてるね? まーでも金髪さんは優しいから、待っててくれてんじゃないかしら。いや? 待ってむしろこれって――」

「ふふ」


 シャンディの強圧的な笑顔に、占い師は言葉を呑み込む。


「……ともかく。最後に出た【運命の輪】は、チャンスが転がってるよーって証。幸運の女神は前髪しかないから、しっかり掴んで離さないよーに」

「ええ、ありがとうございます」

「とりま鑑定は以上です。あーでも特別に、直近の試練を占ってあげるよ。1枚選んで?」

「美琴、選んでくださいな」


 信じる価値のない、当てずっぽうの占いだ。

 美琴は適当にカードを選んでひっくり返した。

 【愚者】の逆位置。


「……んー。迷ってるね、別人の影が見える。【魔術師】逆位置のおねーさんが迷うのは仕方ないし、金髪さんは寛大な【法王】だから許してはくれるよ。ただまー、仏の顔も三度って言うっしょ? 安心させたげたいなら、決めなきゃね」


 *


 クセ強めな占い師の鑑定は終わった。

 占い館を出た美琴はものの見事にすべてを言い当てられて項垂れ、一方でシャンディは上弦の瞳で笑っている。


「あー、おかしかった。気持ちいいくらい当てる占い師さんでしたね。美琴さん?」

「……あんなのウソです。口から出任せです! バーナム効果です!」


 占い遊戯――占い師に本音を暴かれた方の負け――は無効試合。そう宣言しようとした美琴に、シャンディは告げた。


「でも、あたしの本音も暴かれました。これはあたしの負けですかね?」

「ええ!?」


 初めてシャンディが負けを認めた。つまり美琴の勝ちだ。

 が、美琴は即座に考えを改める。なぜなら――


「い、いえ絶対本音じゃないし認めないから! シャンディさんがだなんてあり得ません! 私をからかって遊んでるだけじゃないですか!?」

「あら? なら、あたしの勝ちになりますよ? だって占い師さんは、あたしの本音を暴けなかったことになりますもの」

「そ、そもそもウソの占いじゃないですか! 無効試合です!」

「ふーん? あたしの耳には聞こえてましたけどね、美琴さんはだって。そう言えば以前そんな話をどこかで聞いたような?」

「くう……! わ、分かりました……!」


 美琴は両手を上げた。お手上げ。降参の合図だ。


「……シャンディさんの勝ちでいいです!」

「はい、よくできました」


 頭を撫でられて、美琴の顔面は朱塗りの街並みに溶け込むほどに染まった。

 恥ずかしさと悔しさと惨めさと、わずかに喜ばしい気持ちがない交ぜになってそっぽを向く。あまりに子どもっぽくスネてしまった。見られたくない。


「美琴さん」

「……なんですか」


 スネた美琴の前に、シャンディが躍り出る。そして雑踏の中でもハッキリ通る声で告げた。


「あたしは気長に待ちますよ。美琴さんの決心がつくまで」

「……本音じゃありませんよね?」

「ふふ」


 シャンディは笑顔で答えた。そして「これで終わり」とばかりに手を叩き、美琴に告げる。


「お腹も空きましたしお昼にしましょう。せっかく中華街なんですもの、青島チンタオビールでも飲みませんか?」

「昼間から飲むんですか……」

「昼間から飲めるのがいいんですよ。背徳感は最高のスパイスですもの」


 「ふふ」と笑うシャンディの白い頬が、ほのかに朱く染まっているように見えた。


「エスコートを頼めますか、美琴さん」


 負けてしまったが、まだ2戦ある。

 それになんだかんだ愉しんでいた美琴は、苦笑して返した。


「……かしこまりました、シャンディさん」

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