そよ風が頬に当たる。木々が揺れて、葉が重なりあっている音が聴こえた。


 ちょろちょろ、という感覚が俺の手を包む。段々と意識がはっきりとしていき、周囲の音が鮮明になってきた。


 ゆっくりと目を開ける。


 眩しいくらいの青空。両脇にそびえ立つ、青々とした樹木。


 どうやら俺は、本当に異世界にやって来たようだ。


 両手に力をこめ、立ちあがる。


 まるでこの世のものでないような風景が、辺り一面に広がっていた。


 ……いやまあ、すでにこの世と呼べるかどうかは微妙だが。


 俺の立っている場所は、ちょっとした広場のようになっていた。苗色なえいろの草が生え、その外側に低木、森と続いている。見た感じ、森の奥は鬱然としているようだ。


 なるほど。初期地点としてふさわしい。


 まるで評論家のようなことを頭に思い浮かべながら、ふと、一輪だけ咲いていたピンクの花に目を移す。


 名前は分からない。よくある、異世界特有というヤツだろうか。マリーゴールドのような形をしていた。なんというかこう、心に安らぎをもたらすと形容すればいいのか、そんな感じの花。


 優しくそれを摘み取る。なんとも落ち着くような、力が抜けるような感覚。視界が耀かがよう。


「ちょっと、あなたそこでなにやってんの!?」


 するといきなり、後ろから鋭い声が飛んだ。驚いて振り向くと、金髪の女性が腰に手を当ててこちらを睨んでいた。


「え?」


「え、じゃないわよ……それよりあなた、大変じゃない! カリノソウを嗅いだりなんかしたら、死ぬわよ!」


 ごめん。ちょっと本当に意味が分からない。


「カ、カリノソウってこの花のことですか?」


 話の展開についていけないが、とりあえず応じてみる。果たしてこれが吉と出るか凶と出るか。


「そうそれよ。って、近付けないで!」


 俺が花を近付けようとすると、彼女が一歩後ずさった。


「そんなに危険なんですか、この花は?」


 見た感じ、この花を恐れているようだ。はて。


「危険も危険、致死性の高い花よ。あなたよくそんなに平気で持てるわね」


 まじ? 転生して数分で死ぬの?


「その匂いを嗅げばクマも昏倒し、触ればフェニックスも死に至らしめるといわれているわ」


 そんなにやばいのか。めっちゃ嫌な予感がする。


 でもなんで俺は平気なんだろうか。


 そこまで考え、あることに思い当たる。


「もしかしたら、俺が強い耐性を持っているからかも」


 俺が転生する際に受け取った、神経魔法。神経というからには毒耐性や麻痺耐性なんかも含まれているのだろうか。だとしたらものすごいチート能力だぞこれ。


 俺的にはちょっと相手の意識とか自分の能力とかを操ることが出来ればいいな、ぐらいの気持ちで言ったのだが、どうやら予想異常に強力なようだ。


 ワンチャン、無双ハーレムルート。

「ええっと、あなたの名前は?」


 こういう最初の出会いは決まって重要だ。某ソードアート系のラノベは公認カノジョがいながら別ゲーの人に浮気しているので、俺も将来は公認浮気、もとい合法ハーレムが望める!


「私? 私はアリスよ。アリス・ローゼ」


 早速某アンダーワールド系のラノベにケンカ売るのやめてもらっていいですか? 著作権がめっちゃ不安。主に作者が。


「このへんの敷地は全部ローゼ家の土地だから、誰もいないと思ったんだけど……まるっきりの部外者がいるとはね」


 さっきまで困惑の視線を向けていたアリスだったが、今は明らかに警戒ムード。


 ……誰だ、最初の出会いが重要だって言ったのは。


「いや、俺は決して怪しいヤツではっ……って、アリスさんはここでなにをしようとしていたんですか?」


 ふとそんなことが気になる。


 彼女の服装をよく観察すると、おおよそ戦闘向きとは思えない薄着のシャツ?みたいな服を着ていた。全身黒タイツみたいな格好だし、いくら敷地内とはいえ無防備すぎるのではないだろうか。


 というか、色々と視線に困る。出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいる。


「えっ!? い、いや別になにもしようなんか考えてないわよ?」


 ……。


 この世界で初めての神経魔法、使うか。


 こういうのは大体、魔法の名前を唱えて発動するんだけど……参ったな、名前を聞いていない。


 女神さーん、手違いがありますよー。


 そんな念力を送っていると、空耳が聴こえた。


 名前は、ナビオスですー。


 ……。


 さすが、異世界。


「ナビオスッ!」


 アリスに向かって、魔法を放った!


「……なんですか、それは」


 しかし何も起こらなかった!

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神経魔法で無双したかった! おとーふ @Toufu_1073

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