「……おーい、おーい」


 はて。声がする。死後の世界かな?


「起きてください、目を開けて」


 せかせかした声とともに、身体が激しく揺さぶられる感覚。


 ……心なしか手が華奢な気がする。


 ゆっくりと目を開ける。光が入り込んでくる。


 俺の顔を覗き込む、銀髪の女性がいた。


「っ!?」


 一気に意識が覚醒し、ガバッと立ち上がる。


 きょろきょろと周囲を見回すと、タージ・マハルのような神殿を見つけた。壁は白く、まるでお約束の展開。


 これはもしかして。


「やっと起きましたか、池上さん」


「……えっと、状況を……」


 もしかすると。


「はい。池上魁聖さん、18歳。あなたは通り魔に刺されるという不幸な死に方を遂げたので、転生ルートに入りました」


 キタコレ。神。


 転生成就のお守りを買うまでもなかった。中1の頃から短冊の願い事に書き続けた甲斐があった。


 銀髪の女性に見えないように、軽くガッツポーズをする。


「転生ルート! 説明をおねが」


「説明はしません。あなた、勉強もロクにせず、転生モノの本ばかり読んでいたらしいですね?」


 よくお分かりで。なんでもばれるのかよ。


「……はい」


「いいですか? 日本人が過度な幻想を抱くせいで、私たち女神連合はあなたたちを次から次へと転生させなければならないのです。しかも特殊能力を欲しがるし」


 知りたくなかった裏事情。なんか急にリアルになったな。


「そ、そうなんですか……。なんかすいません」


「池上さん、謝らなくてもいいです。ただ私たちにとっては煩雑な事務作業でしかないので、行きたい世界と特殊能力を選んでください」


 前半でいきり立ったものの、後半がめっちゃ残念。いちいち余計な情報を挟まないでほしい。


「わ、わかりました」


 ふむ。行きたい世界か。悩むな。


 やはり全人類に共通する願いとして、獣耳は避けて通れないだろう。できれば奴隷制度とかがあると、主人公補正で女の子たちとイチャイチャしやすくなる。


 いや待てよ。ここは一旦、魔法の世界を望むべきなんじゃないだろうか。男子ならば誰しもが夢見る『俺の封印された右腕』をぜひ再現してみたい。


 いやいや、そもそもの大前提を忘れていた。魔王という王道の存在がいなければ、俺の異世界人生は退屈になってしまう。仲間とパーティーを組み、協力して魔王を打ち破るという展開は必須だ。


「……という世界があれば行きたいんですが……」


 結局決めきれずに俺の願いを全部ぶちまけると。


「ありますよ。日本の人は大体そういう世界を望むので、別枠としてありますね」


 なんと。やはり俺らの願いは、ひとえに獣耳だったわけか……。


「じゃあその世界でお願いします!」


「分かりました。で、特殊能力の方は」


 そう。これこそが、俺が期待していた要素!


 世界最強の剣だとか超能力だとか、異世界モノに大抵出てくる主人公専用のチート能力!憧れますね。


「そういえば、俺の死因ってなんだったんですか?」


 なにげなく聞いてみる。


「えーっと、脊髄を刺されての失血死ですね。全身不随」


 げ。結構インパクトがあるな。夢に出てきそう。


「それじゃあ、神経魔法をお願いします」


 脊髄というワードでひらめいたのだ。コイツなら、誰の神経でもあやつって意のままにできる! ついでにあんなことやそんなこともできる!


 そう、例えば身体強化だったり、意識改変だったり。無敵やん。


「神経魔法とは、またへん……個性的ですね」


「いま変って言いそうにならなかった? 聞こえてたよ?」


「言ってません! それより早くしないと、また次の転生者が来ちゃいます。神経魔法でいいんですね?」


 あれ? 俺の扱いってこんなに雑なの? もっとこう、いってらっしゃいとかないの?


 そんなことを考えていると、シッシッと追い払うような仕草を見せられた。


「……」


 俺は複雑な気持ちになる。


「池上さんの望む異世界はそこの赤いドアで行けますから! それじゃあ、二度目の人生を楽しんできてください!」


 それだけ言うと、銀髪の女性は忙しそうに神殿の中に入っていった。


 なんだか少し、俺の予想していた展開と違うな。どっちかというと害虫? まあいいか。


 これからの俺には、王道のラノベ的展開が待ってるんだ!


 半ばやせ我慢しつつも己を鼓舞し、俺はくだんのドアを開いた。まばゆい光が体を包んだ。


 いでよ、夢の異世界!

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