第84話 表出した不安と対処する決意

 不安な報告を聞いてから数日経って、特に何もない日々が続いていた。

 

 「ヤミ様おはよう」

 「おはよう、腰の調子は良くなったのか?」

 「今は昔より色々と出回るようになったからね。トトロンでたくさん売れているっていう塗り薬を使ったらすっかり良くなったよ」

 

 恰幅の良い中年女性とそんなことを話す。ホルンの中に関していえばむしろ以前より平和なくらいだ。

 

 セシルが流通を整えて農作物を売ったり、そのお金で都会で出回っていたようなものを買ったりできるようになったことが大きいらしい。それに流通を担う商人とかこの村自体の護衛をするナラシチ達もいるし、暗躍する輩はロクが人知れず対処している。

 

 「タラスちゃんにもよろしく言っといておくれよ」

 「あ、ああ……」

 

 他の教団幹部メンバーと違って、ほとんどの村人からちゃん付けで呼ばれるタラスは、特に中年や老人から好かれているようだ。こういう時には別れ際に大抵こうやってタラスの名前が出される。

 

 なんでもシュットと一緒になって布教活動というか、邪神の何たるかを村人に広めているらしいけど……、まぁ村人から俺への態度が変な方向へ変わったりもしていないし好きにさせている。

 

 そうやって何人かの村人と世間話をしたりしつつ村内を歩いていると、少し先でロクが突っ立っている。ナラシチも隣にいるけど、何か報告か?

 

 「ヤミ様、ガルスの事で追加の報告がある」

 「……」

 

 難しい顔で黙り込んでいるナラシチは既にその報告内容を知っているようだな。

 

 「“血の盃”を中心に調査するって言っていたな。どうだったんだ?」

 

 雰囲気からして楽しい内容ではないだろうけど、聞かない訳にもいかない。

 

 「“血の盃”は完全に“銀鐘”との戦争に備えている。後は領主からの命令という大義名分を待つだけという状況だ。連中が勝手に暴走しているだけという可能性もあるが、こちらとしても無視はできないというのが情報部としての見解となる」

 「そうか……」

 

 思ったよりも悪い話だな。しばらくはちょっかいというか、嫌がらせみたいなことをしてくるかも、くらいに考えていた。けどナラシチが言っていた“血の盃”は戦争狂だという評価を軽くみていたようだ。

 

 けど無視はできないと言われてもなぁ……。

 

 「だとしても下手な先手を打ちたくはない。それこそ際限なく戦争をすることになりそうだし」

 「領主だけを消すこともできそうだが?」

 「いや、それはきっと余計にまずくなりやすよ。今となっては領主のショールが連中の“たが”になってるようでやすから」

 

 ロクなら確かにうまく暗殺することはできそうだけど、王国上層部にはバレるだろうし、結局はより大きな問題の種になりそうだ。

 

 それにナラシチの言う事にも同意できる。“血の盃”はショールが呼びこんだのだろうし、今にも暴走しそうな連中を抑えているのもショールなのだろう。

 

 まぁ暴走じゃなくて実はショールが煽っている……、とかいう最悪の可能性もあるけどな。

 

 「とにかく、様子を窺いながら待ちに徹して、こちらに向けて傭兵達を動かしたらホルンまで来る前に迎撃しよう」

 

 俺の無難というかやや消極的な意見に、ロクは素直に頷いた。ロクの印象は戦闘狂だったから、もっと戦いたがるのかと思っていたけど、これまでの行動を見る限りはそんなことは無いようだ。

 

 というか、ロクの中では戦うということそのものよりも、その結果として自分より強かった俺に従うという事の方が優先順位は高いようだ。結局のところ戦闘狂というよりは強さ至上主義者、って感じだったのかな。

 

 「……、提案なのでやすけど」

 

 意外なことにナラシチからは意見があったようだ。さっきから何か考えている様子ではあったけど。

 

 「俺っちに教団の代表として交渉に行かせてくれやせんか?」

 

 そうきたか……、俺としてはあのショールと穏当な話し合いは無理だと思うけど……。

 

 けど、長くあの町で拠点を構えて傭兵団をやっていたナラシチが言う事だし、任せてみるべきかもしれない。

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