第85話 送り出す、……悪い予感しかしないけど
ナラシチからガルスへ交渉に行きたいと提案された日の夕方、俺はシンとロクと三人で拠点の広間で話していた。
ちなみにセシルには声を掛けたけど、決まった内容を教えてくれればそれでいいと言われてしまった。タラスは実は部屋の隅にいるけど、この話に参加するつもりはなさそうでなんかうとうとしている。
「それで、ヤミはどう考えておるんかの?」
ここまでは経緯を話したくらいで、結局どうするかは決められていない。
「どう、っていっても、ナラシチが行きたいっていうなら行かせるしかないかなぁ、と」
もっというと、俺としては強く反対する理由はないというところかな。
「ロクはどう考えてる?」
ロクも基本的にセシルと同じく、俺が決断してからそれをサポートするという思考のようだったから、意見を引き出してみる。
「自分はヤミ様が昼にいっていた案が妥当だと考えている。待った上で相手が動くようなら迎撃する、後の先はこの場合悪くないと」
まぁ確かになぁ、そう思ったから俺も言った訳だし。待ってみたら結局ガルス側は何もしないかもしれないし、動かれても今の情報部がある俺達ならすぐに気付ける。
ナラシチもそれについてはおそらく同意見なのだろうけど、その上で今のガルスの状況は見過ごせないのだろうな。
「ナラシチに行かせるとして、一人でっていう訳にはいかないよな。とはいえ交渉に強いのはセシルだけどさすがにそんな危険な役目はさせられないし」
「自分に命じてもらえれば影から護衛することは可能だが、そういった難しいことをすればするほど不確定な要因もまた増えるのが道理だ」
ロクの言う事はもっともだろう。“血の盃”っていうのがどれほどの傭兵かは知らないけど、ロクが護衛につけばおそらく無事に帰ってこられる。だけど不測の事態は起こるものだし、その可能性を上げることはするべきじゃない。
「いやまぁ護衛がどうとかいうなら俺とシンがついて行けばいいけどさ」
「わたし達は顔を覚えられとるし、恐れられてもおるじゃろうから、交渉どころではないだろうのぅ」
シンのいう通りだと思う。何せ領主の目の前で一回力を見せているからなぁ。
「――っと、来たか」
そこでナラシチが広間へと入ってくる。その後ろには銀髪を三つ編みにした女性、確かネイリアというナラシチの片腕ともいえる剣盾使いの戦士、がついてきていた。
「おん? ネイリアではないか、……なるほど、お前がついて行くということかの」
納得がいったように呟かれたシンの言葉に、ネイリアは静かに頷いて肯定する。ほとんど話したことのない俺と違って、シンの方はネイリアとはよく話すらしい。ホルン村防衛戦時に顔を合わせたことがきっかけで打ち解けたとシンからは聞いているけど、俺としてはこのネイリアの声すら聞いたことないのだけど……。
とはいえ、このネイリアは“銀鐘”の初期からナラシチを支えていた歴戦の傭兵で、“影矢”のナラシチと“光剣”のネイリアとしてスルカッシュ王国内ではかなり知られる程の実力者らしい。
「俺っちと、護衛兼補佐としてネイリアと二人で行こうと考えてやす。人数が多いと警戒されやすし、最悪の場合にも身動きが取りにくくなりやすから」
「なるほどな……、まぁ、わかったよ。ただし、護衛と連絡役にロクはつけるぞ?」
「わかりやした。明日出発しやすので、その前に警備部の方でもできる準備はしておきやすよ」
信用されてないようで嫌がるかと思ったけど、そこは経験豊富なナラシチというべきか、保険をかけるのは当然のことと受け取ったようだ。
「最悪の場合を想定して“血の盃”内に潜り込ませた人員は引き上げておく。戦うことになった場合も気にせず殺して構わんからな」
「……、ありがたい配慮でやすねぇ」
ロクから完全に交渉が失敗する前提みたいなことを言われて、今度はナラシチも嫌そうな表情を見せる。交渉事が下手と決めつけられている訳だし、信用とか経験とかは関係なく単純に腹が立ったようだ。ナラシチからするとロクは教団加入に至る過程で色々あったしな……。
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