第83話 不安要素
ロクからの報告に各々が驚いたりうんざりしたりしているところに、さらにもう一人が広間へと入ってくる。
腰に短めの剣を差して、頑丈そうな布地の服を着た一般的な傭兵風出で立ちの女性。長くて明るい茶色の髪を後ろで縛っているその人の顔は見覚えがあるけど、名前までは知らない。確か林でフックと戦った後に“銀鐘”の拠点内で話したことがあったはずだけど。
「ヤミ様、それに幹部の皆様、私は情報部のノースといいます」
軽く会釈をしながら自己紹介をしてくれた。なるほど情報部の人間だったか。ナラシチが軽く顔をしかめているから、元は警備部に所属していたどこかからの諜報員だったってところだろう。
ちなみにロクが情報部へと引き抜いた人員は、その大部分が警備部からだった。セシルが取り仕切る事務部にも外部の息がかかった奴はそれなりにいたようだけど、その殆どがそうであることをセシルには把握されて、既に従属あるいは協力関係となっていたそうだ。
「ガルスの情勢か?」
「はい、探ってきました」
ロクが確認したように、俺からも気になって頼んでいた今のガルスの状況確認の報告にきたようだ。
「まず噂で聞いていた通り、“銀鐘”の代わりには“血の盃”が入ったようです」
「“血の盃”? 物騒な……、いや傭兵団としてはおかしな名前でもないか?」
後釜が……、というのはナラシチも言っていたけど、実際にそこに収まった傭兵団の名前は初めて聞いた。もちろん知らない名前だったから聞き返したけど、ナラシチとセシルの表情を見るにあまりいい印象のある連中ではないようだ。
「まぁ、一言でいうと戦争狂でやすよ。争いの起こりそうなところに首を突っ込んでは暴れるだけの」
「フラヴィア商会としては取引を避けていた相手ですね。日用品の扱いが多いフラヴィア商会は庶民からの評判も無視できませんから」
なるほど、庶民からの評判が悪い連中だという訳だ。
「そんな連中がガルスに留まる仕事を受けようと判断する状況な訳だ」
笑顔を浮かべながら俺達に悪感情を向けていたガルス領主ショールの姿を思い出して、思わず溜め息が漏れた。
それを聞いたノースは頷いて俺の言葉を肯定してから、冷静に報告を続ける。
「領主は遠くから見ただけなので腹の内まではわかりませんが、領主邸宅内の使用人たちは出ていった“銀鐘”へ何か仕掛けるつもりなのではないかと危惧していました。そしてそういった雰囲気が伝播して町民の間でも不安が蔓延しているのが現状です」
「確定的な情報はないのか?」
「現時点では何も。領主身辺での早急な情報収集は難しいと判断して、人員を“血の盃”へ潜り込ませています。数日後には具体的な報告もできるかと思われます」
ロクとしては使用人の危惧とか、町の人の不安というのは情報未満と捉えているようだ。けどこのノースも手際がいいようだから、手を打っているなら報告を待つだけかな。そもそもこちらからは何かを仕掛けたいというような話ではない訳だし。
「む……」
けどナラシチとしては俺ほどに気楽には考えられなかったようだ。ガルス町民への責任を感じているのかな。
「気になっておるようだのぅ」
「……そうでやすね。出てきておいて勝手なことではありやすけど、あのバカ領主の思っていた以上のバカっぷりにはさすがに……、はは」
ナラシチの漏らした空笑いは、悲痛とまではいかないけどかなり強く心配しているようだった。ナラシチの家で使用人をしていたセテもガルスに残ったようだし、俺が知らないだけで家族や友人を置いてきたような人もいるだろう。
ショールだって領地を預かる貴族な訳だし、最低限自滅するようなことはしないと思っていたようだ。だけどどうやらナラシチもショールの事を過大評価していた、……のかもしれない。
まぁ今の時点では俺達が勝手に不安がっているだけという可能性もあるし、まだしばらくは情報部からの報告を待つとしよう。
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