第81話 報告は動揺と策謀を引き起こす

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 スルカッシュ王国王都では、今日も国王レイギーアが相談役である老人アカイブと共に、国政に頭を悩ませていた。

 

 「仕事が減らんな。イルアもまだ帰ってきてないしなぁ」

 「将軍なら今はガルスを視察中です」

 

 王の執務室内で今日も空いている一席に座るはずの人物について、アカイブからの報告にレイギーアは口を尖らせて不満そうにする。

 

 「やっぱり“銀鐘”が動いた影響はでかいなぁ。行った先を探らせているロクも今日あたり一旦報告に戻る頃合いか?」

 「そうですな、もうじき訪ねてくるはずです」

 

 そんな話をしてからしばらくは無言で時間が過ぎ、扉がノックされる音がしたところで、アカイブが口を開いた。

 

 「入ってよいぞ」

 

 誰かも聞かずに許可を出したのは、そのノックの仕方で誰かがわかったからだった。王直属の秘密部隊であるヒカゲは、普段は使用人として王城内にいるが、ヒカゲとして王に拝謁を求める時には様々な符丁を用いるのが常であった。

 

 「失礼します」

 

 非常に丁寧かつ柔らかい声音で返事をして入ってきた黒髪の青年執事は、室内に入って扉を閉めた瞬間からその雰囲気を一変させる。表情の消えた顔からは何も読み取れず、その身のこなしは、生ける伝説とすらいわれるアカイブから見て背筋が寒くなるほど洗練されている。

 

 「で、どうだった?」

 

 迂遠な事を嫌うレイギーアが、単刀直入に報告を要求すると、執事服を着たロクはやはり無表情のままで口を開く。

 

 「深淵邪神教団が崇める邪神ヤミ様は本物だ。だから自分もヤミ様の下にゆくことにした。この報告がここでの最後の仕事になる」

 

 頭の回転が抜群に速いレイギーアも、冷静で経験豊富なアカイブも、どちらも予想の範疇にない報告内容に言葉が出てこず無言となってしまう。

 

 「それは――」

 「何を言っておる! ロク隊長はそのような事を軽々しくできる立場ではない!」

 

 普段は一歩引いた立場を保つアカイブが、レイギーアの言葉を遮って声を荒げる。その行動がアカイブの動揺を何より雄弁に示していた。

 

 「立場……? お前の方こそ、自分にそんなことを言える立場か?」

 

 ロクは無表情な顔の中で、目だけを細めてアカイブに反論する。

 

 ロクの所属するヒカゲは王直属部隊であり、同じく王直属の相談役であるアカイブとはいってみれば同格であった。とはいえそんなことではなく、ロクは己の信じる価値観、つまり強さのみを問題にして文句をいっているのであった。

 

 「それでも――」

 

 全盛期であっても敵わなかったであろう王国暗部の頂点から見据えられたアカイブは、唇を震わせながらも反論を試みる。しかし言い切る前に、今度はレイギーアの方がアカイブの言葉を遮った。

 

 「待てアカイブ。ロク、一つ確認させろ」

 「なんだ?」

 

 レイギーアの質問に対するロクの不遜な態度は以前から変わらないものだったが、アカイブには以前よりもさらに態度が悪くなっているように感じられた。それがすでにロクの中ではヒカゲをやめるというのは過去の事になっているということを言葉以上に示している。

 

 しかしそんな態度の微妙な変化には構わず、レイギーアは余裕すら感じさせる鷹揚さで言葉を続ける。

 

 「それはオレ達への敵対宣言か? それともこれからも呼べばここへは来るのか?」

 「は? 王よ、何を仰って……」

 

 秘密部隊のよりにもよって隊長が抜けるといっている状況にも拘わらず、レイギーアは経緯も理由も問わなかった。その事にアカイブはさらに動揺を深めるが、聞かれたロクは少し考える素振りを見せてから、淡々とした態度で口を開く。

 

 「それを判断するのはヤミ様になるが……、現状では敵対はしていない。今ここへ来ることも許可されてのことだ」

 「そうか」

 

 レイギーアは一言で頷いたものの、アカイブはもはや理解ができなかった。ロクの行動も、レイギーアの反応も、そして得体の知れない邪神とやらの判断も。

 

 「なら構わん。帰ってオレに敵対の意思はないことを新しい主に伝えろ」

 「新しい主ではない。ようやく見つけた最初で最後の主だ」

 

 さらに無礼を重ねるようなことを言うロクであったが、レイギーアは「いいから伝えにいけ」と雑な身振りで促す。

 

 それを受けてロクは入口の方へと下がり、来た時の様な穏やかな笑顔に戻ってから扉を開く。

 

 「それでは失礼致します。ご用の際にはまたお呼び下さい」

 「ふん」

 

 わざわざ偽装の執事状態で先の質問へ答えて去るロクに、レイギーアは面白くないという感情を隠さずに鼻を鳴らした。

 

 「……良かったのですか?」

 

 扉が閉まった執務室内で、アカイブが掠れた声で言葉を絞り出した。

 

 「ロクが決めてしまったのなら、止めるにしろ罰するにしろ全軍を動かすくらいの覚悟でもしないと無理だろ」

 「むぅ」

 

 軽い調子で、個人としての最大戦力が抜けたという重い事実を口にするレイギーアであったが、その口角は上がっていた。

 

 「そんなことよりも、ロクがあれ程に入れ込む邪神とやらが現状敵対してないことがわかったのは朗報だな」

 「得体の知れない相手の事を信用はできません」

 

 楽観的に聞こえたレイギーアの考えに、アカイブは相談役として忠告を口にする。しかしレイギーアは状況を楽しむかのような緩んだ表情を見せる。

 

 「ロクが実際にここへ来た、それが何より信用できる伝言だよ。邪神……、ヤミとか言ったか? 相当な知性と胆力を併せ持った面白い奴のようだ」

 

 単純に国も王も軽く見ているだけのヤミが何も考えずに許可を出しただけとは知りもしないレイギーアは、邪な神と呼ばれるに相応しい人物像を頭の中に浮かべていく。

 

 謀略に長けた貴族達を手玉にとって纏め上げ、他国の首脳と渡り合ってきたレイギーアは、それ故に視野が狭くなっているということには、まだ気付いてはいないのだった。

 

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