第82話 こちらでも報告

 「――と、そんな感じでやすね」

 

 昼頃に拠点を訪ねてきたナラシチから簡単な報告を聞き終えたところだ。

 

 「順調なようだのぅ」

 

 内容は要約するとシンが呟いた通りだった。ホルンの集落部に隣接する形で住宅地が完成した警備部は、既に傭兵仕事を方々で請け負っているらしい。現状で教団全体として自分達の食い扶持は稼げているようだった。

 

 細かい運営については俺やシンは関わっていないけど、こうして報告だけは受けていた。俺達がこの深淵邪神教団の一番偉い人になる訳だから、組織としての体裁もあるし意向を確認だけはしておきたいという意図もあるようだ。

 

 そこに専用の小さな出入り口を通って、フックが広間へと入ってくる。

 

 「ホキ」

 「ロクが? そうか、ありがとう」

 

 ロクがホルンへ帰ってきたという報告に来てくれたようだ。ロクが本気で身を隠しながら近づけば、フックの目すらも欺けそうな気はするけど、味方の拠点に帰ってくるのにそんなことはする訳が無いから、普通に歩いて帰ってきたのを上空から見たのだろう。

 

 「情報部を動かしていたんでやすか?」

 

 ナラシチがロクの名前に反応して疑問を浮かべる。

 

 「情報部に頼んでいたことはあるけど、ロクはまた別件だな。辞める職場に挨拶してくるって話だったな」

 「は!?」

 「はぁ……」

 

 俺がロクの用事について話すと、ナラシチからは驚愕の「は」が、そして横で聞いていたセシルからは呆れの「は」がこちらへ向けて吐き出された。

 

 「馬鹿正直に王都まで裏切りの宣言をさせにいかせたんでやすか? セシルさんも知っていたなら……」

 「もちろん止めましたよ。けれどロクさんは大丈夫と断言するし、ヤミ様もシンさんも反対しないとなると、私がそれ以上何も言えないです」

 

 巻き込まれて批判されそうになったセシルが、頬を膨らませて反論する。事務部、警備部、情報部の各部門は協力はするけどお互いに指揮命令権は無いから、情報部のトップであるロクが下した決断に異は唱えられない。

 

 それができるのが邪神として頂点に据えられている俺と、その代弁者という位置付けの執行部になる。とはいえタラスがセシルやナラシチのやることに口を挟むとも思えないから、実質は俺かシンだけが強権を振るえる立場、ということになるけど。

 

 そんなことを言い合っていると、話題の中心といえるロクが相変わらず重心の安定した動作で扉を開けて広間に入ってくる。

 

 「ヤミ様、王都での用事は終わった。これで自分は名実ともに深淵邪神教団の一員として働ける」

 「そっか、問題はあったか?」

 

 先ほどまでの会話があった手前というか、ナラシチとセシルからの目線を意識して、俺からロクに問題がなかったかを問いかけた。

 

 しかし間を空けずにロクは小さく横に首を振る。よかった、何もなかったか……、これで安易な判断をした俺がこれ以上小言を言われることも避けられそうだ。

 

 「そ、それはそれで信じられんでやすね」

 「国王レイギーア様は常識破りなお方だと伺ってましたが……」

 

 ロクの所属していたヒカゲって要するに国家公務員だったってことだろ? さっきはナラシチも裏切りとか不穏な言い方をしていたし、小さな傭兵団とかよりむしろ辞めやすそうに感じる俺はずれているのだろうか……?

 

 「一応、王から伝言は預かっている」

 「え? 俺に?」

 

 この話はこれで終わりにしようとしていたら、ロクから意外な言葉が続く。思わず確認したけど、こくりと頷いているので俺宛ての伝言ということで聞き間違いではなかったようだ。

 

 「ヤミ様への敵対の意思はないということだった。王は強くはないが頭の回る奴だからな、賢い判断だ」

 

 伝言を聞いて室内が静かになる。俺としては一国の王であり前雇用主に対してすごい言い草だなぁという感情だけど、ナラシチとセシルは伝言の内容に対して驚いたようだった。

 

 高く評価されていると喜んでおけばいいのか……、あるいは警戒されていると悲観すればいいのか、どちらにしてもこの先も放っておいてくれることはなさそうだ。

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