第8話 銀鈴亭と酔っぱらい

 なんとなく町中を見て回るような気分ではなくなってしまった俺達は、銀鈴亭を探して大通りを歩いていた。

 

 「外観も聞いておいた方がよかったのぅ」

 

 シンが呟いたとおりだったかもしれない、とりあえずはその辺りの通行人に聞いてみるか……。

 

 「あ、あれじゃないか?」

 

 と思ったところで、白い鈴の意匠が描かれた看板を見つける。二階建てのその大きな建物は、大通り沿いにあるだけあって清潔感があって綺麗だ。

 

 扉を開けると、中は居酒屋の様になっていて、食事をする人々に混じって昼間から酒を飲み交わしてる連中も一組いた。

 

 「まだ昼時なのかな、結構賑わってるなぁ」

 「わたし達は食べんでも問題無いから、関係ないけどのぅ」

 

 あ、そうなんだ。特殊な空間での千年間はともかくとして、この世界に来てからは一日も経ってないから、その辺りは考えてもいなかった。

 

 とはいっても、食べても問題ないのならおいしいものはたくさん食べたいなぁ。

 

 とか考えながら入ってすぐのところで突っ立っていたのが目に付いたらしく、気付けば飲み会集団がこっちを見ていた。人数は四人、見た目で判断すると男三人に女一人だ。全員ごわっとした布の普通の服を着ているけど、腰には短剣やこん棒のようなものをそれぞれ下げていて、普通の町人というわけではなさそうだ。

 

 絡まれると面倒だし、店員を探してさっさと宿の部屋をとろう。

 

 「地味な兄ちゃんはともかく、そっちの嬢ちゃんは間違いなく見たことねぇな?」

 

 禿頭の大男がシンをじろじろと見ながら低い声で言う。頭まで真っ赤になっているけど、その目線は鋭く、酔っているのかどうか今一つ判別がつかない。

 

 「ぉおん?」

 

 そしてシンがまた“地味”というワードに反応している。口癖の発音がすでに不穏だ。

 

 「デベルさん! 困ります、他のお客さんに絡まないでよ!」

 

 空いた食器を片付けようとしていたポニーテールの少女が、慌てて声をあげる。ここの店員のようだ。

 

 「挨拶だよ! 何もしてねぇだろ」

 

 しかしすぐに別の酔っぱらいが声をあげると、少女は口をつぐむ。この男も禿頭だけど、体格は小柄だ。けど大男に劣らず目線は鋭く迫力はある。給仕の少女からすればこんな風に言われてしまえば怖くて委縮もするだろう。

 

 同席している他の酔っぱらいも、俯きがちに豆料理をつまみ続けている陰気な男は興味がなさそうだし、にやにやしながら成り行きを見ている女は止める気どころか揉め事を期待しているような雰囲気だ。

 

 「挨拶は大事だもんな。そうだよ、俺達はトトロンに来たばかりだから、誰とも面識はないはずだよ」

 

 片手でシンの腕に触れて制しながら、適当に返事をする。愛想よくはしていないけど、ケンカするつもりも無いのでぶっきらぼうになり過ぎないように気を付けて声をだした。

 

 「地味な兄ちゃんには聞いてないんだよなぁ……。――ぐび、ふぅ。地味に返事すんなや」

 

 合間でジョッキに入った酒らしきものを呷りながら、大柄な方の禿頭男、さっき店員少女からデベルと呼ばれていたか、は目つきの剣呑さを増しながら凄んでくる。

 

 それは別に気にもしてないし、怖くもないんだけど……、触れていたシンの腕がぴくっと動いたのが割と怖い。いや白状するとすごく怖い。

 

 町中でシンが狂神モードになったら、もう滞在できなくなるしなぁ。

 

 というかこの世界の人は、やたらと地味煽りしながら絡んでくるな、なんか流行ってるのだろうか。

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