第7話 人脈、金銭、火種
「おお、これはなかなか大きな町だな」
近くまで来て、思わず声に出して感嘆する。城壁都市といえばいいのか、ぐるりと町を囲む壁の高さは三階建てのビルくらいの高さで、なかなか威圧感がある。
とはいえ、全ての都市機能をその高い壁内に収めている訳ではないらしく、左手の方をみると壁の外に農地が広がっていて、それがさらに腰くらいの高さの壁に覆われている。
「初めて来たのですね、でも名前くらいは聞いたことあるんじゃないですか? 交易で発展した商業都市トトロンといえば他国でも知られる程ですからね」
「というか町の名前以前に、ここは何ていう国なんだ?」
そもそも何も分からないから聞いてみたら、タラスは目を見開いて凝視してきた。
「わたし達はここがどこかも分かっておらんからのぅ。説明が難しいのじゃが、まったく違う場所からがむしゃらに移動してきたものじゃから」
「はぁ……、どういうことかは全く分かりませんが、そうなんですね。ここはスルカッシュ王国です、でここがトトロン、となります」
とりあえず自分達が何という場所にいるのかということだけは分かった。一歩前進だ。
そんな話をしながら馬車がすれ違っても余裕をもって通れそうな大きな門をくぐって町へと入る。何人かの衛兵のような人は立っているし、門の脇には詰め所の様な場所もあるけど、特に入退場の管理はしていないようだ。
「あ、あのっ!」
そこで急にセシルが上ずった声で話しかけてくる。少し前からはタラスの服を掴む手も放していたので、落ち着いてきたのだろう。
「なんじゃ?」
「えと、その、あ、あありがとうございました! 助けていただいて……」
最後尻すぼみだったけど、お礼を言うタイミングを計っていたようだ。そしてはっとした様子でセシルはタラスの背負うリュックの中を探り始める。
しばらくして目当てのものが見つかったらしく、布の小袋を引っ張り出した。微かに金属の擦れる音がしているし、おそらくだけど硬貨が入っているようだ。
「お礼です!」
セシルは小袋を両手で差し出して頭を下げているから、その表情は分からない。けど緊張や、もしかしたら恐怖や警戒もあるだろうに、こちらへ礼をしたいというのはひしひしと伝わってくる。
「ありがとう、実のところ無一文だったから助かるよ」
「はぃ……。あっ、お困りでしたら、フラヴィア商会をお訪ねください」
「フラヴィア……?」
実際助かるので遠慮なく小袋を受け取ると、対照的に遠慮がちなセシルから提案をされる。けど当然知らない名前だ、まぁ商会はさすがに分かるけど、なぜそこを薦められたのかが分からない。
怪訝な声で問い返した俺に、成り行きを見守っていたタラスが補足してくれる。
「セシルさんはフラヴィア商会現当主ミリル・フラヴィア様のご息女なんです。フラヴィア商会はトトロンの統治に関与する顧問会の一員にも入っているすごく大きな商会なんですよ」
セシルは見た目通りのお嬢様だったようだ。それも統治に関与とか言ったな、王国だったはずだけどここに関しては交易で発展って話だったし、大商人は貴族並みに権力があるんだろうな。
「お二人は滞在先も決まってないですよね? 大通り沿いにある銀鈴亭っていう宿に泊まりませんか? アタシもそこに滞在してるので、色々とお礼とかお話とかしたいですから」
この流れで提案したってことはまさか高級な一流ホテルみたいなところではないだろう。それに話をしたいのはこちらも同じだから、断る理由もない。
「わかった、もしかしたら気が変わるかもしれないけど、とりあえずその銀鈴亭に行ってみるよ。シンも、それでいいか?」
「おん? そうじゃな、問題ないの。くつろげるなら何でもよい」
「では宿の人にアタシの知り合いだってことだけ伝えておいてください。夜にでも訪ねますので」
とりあえずこれで今日のところは予定が決まった、宿を確保して、夜にはタラスから色々と話を聞いて情報収集をしよう。
相変わらず直には目が合わないセシルに、なおもぺこぺことされながら、商会まで送り届けるというタラスに手を振って一旦別れる。
町の門から入ってまっすぐ伸びているのが大通りだ。だからここをまっすぐ歩きながら探せば銀鈴亭も見つかるだろう。まだ日は高いから特に急ぐ必要もない。
「む……」
歩き出そうとしたところで、すこし不満を含んだシンの呟きが漏れ聞こえてくる。
「どうしたんだ? ……教会?」
シンの視線を辿ると、そこにあったのは俺の感覚からすると如何にも教会然とした建物だった。知っている教会と違う所としてはシンボルマークが違和感を放っていて、一目で教会と確信は持てなかったけど。
「あれは、太陽の形……だよな。太陽神的なものを信仰してる、のかな?」
「そのようじゃが、なんとも、こう……、首の後ろがちくちくするのぅ。ここまではあやつらの影響もほとんど及ばんはずじゃから、直接関係あるものではないとは思うがのぅ」
太陽から光が連想されるから、何となく警戒したってことか。もしあの教会の信仰するものが俺も知るあの光神そのものだとするなら、町に入った時点で何かあるだろうし、まぁシンの杞憂だろう。
すると、後ろから軽く金属同士が擦れ合うしゃんという音が聞こえる。振り向くと、白と薄黄色が組み合わさったローブ姿の女性が、音の出所らしき錫杖を手に近づいてきていた。
その女性だけ見るといかにも聖職者という感想しかないけど、その後ろを付いて歩く性別不明の十数人の集団が正直不気味だ。白一色の布で全身を覆っているし、顔も薄布に遮られていて、極端な話をいえば人かどうかすらも不明だ。
「教会と信仰は、全ての人に開かれています。不信も警戒も、太陽神は全てを照らしていますよ」
目の前まで来たところで、錫杖の聖職者が優しい声をかけてきた。ただ優しいのは声音だけで、これは要するに「お前らの不敬な話は聞こえていたからな?」という警告にしか聞こえない。
「おん? わたしらにとっては神は間に合ぅておるし、関わりたくなくもあるのぅ」
「……?」
薄く笑みを浮かべたままの聖職者が小首を傾げると、錫杖が僅かにしゃり、と音を鳴らす。
まぁ、いったら俺は邪神でシンは元神で、さらに今一番会いたくないのは光神だ。俺としては、いつかは復讐したい気持ちはもちろんあるけど、今は顔も見たくない気持ちの方が強い。
しかしそんな事情を知る訳もない相手からすれば、シンが面倒くさがって煙に巻こうとしたように思えたのだろう。
「私はそこの教会で司祭を務めるチェルネ・スルタエと申します。用が無くとも、いつでも訪ねてきてください」
一方的にそれだけ言うと、チェルネと名乗ったその聖職者は不気味な白装束集団を引き連れて教会へと歩き去ってしまう。
「光神の影響はともかくとしても、どちらにしても印象は悪いなぁ」
「わたしもじゃな、あれは関わりとぅないわ」
町の外には野盗がいたし、町に入ったら入ったで面倒そうな集団に目を付けられた。千年も苦しめられた後なんだから、緩くぼけっと過ごしたかったけど、さすがに何も起こらず日々平穏に、とはいかないようだ。
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