刺青の女(その4)

浮多郎は、大川橋をすぐ右へ折れ、大川沿いにしばらく歩き、小名木川にかかる万年橋を渡った。

与太によれば、刺青の女は、吉原土手から聖天稲荷、浅草寺を抜け、大川橋で身投げしたという。

たしかに、養父の政五郎の言う通りだ・・・。

伝法な口調で啖呵を切り、太ももに刺青を彫るなど、堅気の女のすることではない。

女が渡ろうとした大川橋の先の、いちばんの岡場所は、深川の富岡八幡宮近辺にある。

ー門前仲町で、養父が教えてくれた、岡っ引きの浅太郎親分の土産物屋をさがした。

「蝮は、その後どうだい?」

すぐ見つかったその店のあがりはなで、キセルを手に大股開きで往来をながめるやる親分は、二年前に小塚っ原で斬られて寝たきりとなった養父の仇名を口にした。

挨拶もそこそこに、

「最近いなくなった深川女郎はおりませんかね?」

とたずねたが、親分は首をひねるばかり。

あわてた浮多郎が、

「きのうの朝、若い女の溺死体を、両国の百本杭で見つけました」

と言うと、親分は素っ気なく、

「ああ、それは奉行所から言ってきた。絞殺されて裸で大川に投げ込まれ若い女がいるそうじゃないか」

と答え、キセルの煙を獅子っ鼻から勢いよく噴き出した。

吉原の向こうの岡っ引き風情に、『じぶんの縄張りを荒らされてたまるか』という本音が煙の向こうに透けて見える。

「『写楽の居所を教えろ』と押しかけて来た不審な女を下っ引きにつけさせたら、目の前で大川橋で身投げして」

と教えると・・・。

親分は太い眉根に皺を寄せ、

「どうにもわからんな。奉行所は絞殺と言ってるのに、てめえは身投げしたと言う。蝮の倅にしては、いい加減な奴だ。まるでトウシロじゃねえか」

と、獰猛な野犬のような顔でにらみつける。

ぐっと詰まった浮多郎・・・。

「親分さんは、太ももに『写楽命』の刺青を彫った深川女郎をご存知ないですか?」

浅太郎親分の濁った目が一瞬光った。

「きのう百本杭で見つかった女の太ももに『写楽命』の刺青がありました」

親分は宙を見つめ、ぐるりと首を回したが、何も答えない。

「ご存知ではない?」

念を押すと、

「悪いが、帰ってくれ。忙しいんでな」

親分は、浮多郎を鶏のように追い払った。

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