刺青の女(その3)
「きのう『写楽に会わせろ』と押しかけて来た女が・・・」
半身不随で奥座敷に横になる政五郎に、けさ両国の百本杭から引き揚げた女の死体の話をする浮多郎。
「身投げした女をいったん助け、それから首を絞め、大川に投げ込む。・・・いくらなんでも」
政五郎は、しきりに首を振り、
「大川橋でその女を絞め殺して、大川に投げ込んだだけのことだ」
きっぱりと言った。
「女はじぶんで欄干を乗り越えて身投げした、と与太は言ってましたが・・・」
そう言われると、政五郎は黙るしかない。
時に、下っ引きもやる与太の目が節穴とも思えない。
あるいは、わざと嘘をついたのか?
どうして?
「身投げした女と、絞殺された女が別々にいて、ふたりの女の同じ左の太ももに、同じ『写楽命』の刺青があるだって?・・・ありえない」
政五郎が「ありえない」を繰り返すので、こんどは浮多郎が黙った。
「声はどうだった?」
「きのうの女の声ですか?・・・ずいぶんと伝法な口のききようでしたが」
「それだ!・・・すがたは見なかったが、わざと蓮っ葉な口ぶりで啖呵を切っているように、儂には聞こえた」
「地じゃなくて、わざとそんな口ぶりで、ということで?」
政五郎がうなずいた。
そこへ、お新が台所から、政五郎の薬と白湯を運んできた。
浮多郎が、きのうの女のことを聞くと・・・
「驚いたのなんのって、埒があかないからって、いきなり裾をめくって・・・」
お新は肩をすくめた。
「堅気の女は、はじめて会った男にそんなことはしないでしょう。ましてや、相手は目明しですよ」
「お新ちゃんは、男の扱いに慣れた岡場所の女とでも・・・?」
浮多郎は、幼馴染の恋女房にいつまでも「ちゃん」づけだ。
お新はうなずいたが、
「でも変ね・・・」
と首をかしげた。
「何が?」
「岡場所の女ではない、・・・と思う」
きのうのことを思い起こしていたお新は、
「いいところの若奥様のように、とても品のいい顔をしてた。それに肌もすべすべで真っ白だったし」
と、まったく逆のことを口にした。
お新は吉原で三味線をひく芸者なので、荒淫して満足に食べれない女郎の肌がどんなかは、よく知っていた。
「堅気の女は、太ももに刺青なんかしないだろう!」
政五郎があきれたように言うので、お新は黙った。
ー与太の仕事場が深川の先にあるので、岡場所をたずねがてら、与太にもう一度確かめてみよう、と浮多郎は思った。
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