刺青の女(その2)
翌朝。
浮多郎は、奉行所に呼び出され、両国橋へ向かった。
両国橋上流の東岸で、同心の岡埜吉衛門が待っていた。
大川が大きく湾曲するこのあたりは、激流が東岸の土手を削るのをふせぐため、無数の杭が岸辺に打ち込まれている。
俗に「百本杭」とも「千本杭」とも呼ばれるあたりを、夏の朝の日差しが赤く照らしていた。
「あれを見よ」
岡埜が指さす先に、杭にからみつく裸の女が、見えた。
小者とふたりで、胸まで水につかり、女を土手下まで引き上げた。
「ご苦労」とも言わず、岡埜は仰向けに転がる女の溺死体をつぶさに検分していたが、
「昨日の女と同じか?」
不意に振り向き、浮多郎にたずねた。
「へい。顔は水でむくんでいるので分かりませんが・・・」
と言いながら、左の太ももに「写楽命」の刺青があるのを確かめ、
「刺青は同じです」
と答えた。
「同じ女か、と聞いておる」
いつものごとく、岡埜は浮多郎につらく当たる。
「写楽命」などとふざけた刺青をしている女など、ふたりといないはず・・・
「へい。同じ女です」
と浮多郎は答えた。
昨日の女は白い袷で、チラと見えた下帯は赤だったが、波に洗われ、着物も下帯も流され丸裸だった。
「与太は大川橋から身投げしたと言ったが、とんでもない嘘つきだ」
浮多郎は、顔を上げて岡埜をにらんだ。
「喉を見よ。赤紫の斑点がついておる。縄か手で絞めた痕だ」
岡埜は鼻先で笑った。
浮多郎は女の喉をたしかめ、次に腹を調べた。
溺れたのなら、水を飲んで腹がふくれるのだが、むしろ腹はへこんでいる。
「首を絞めて殺したあと、裸にむいて大川に投げ込んだのでしょうか?」
下駄の鼻緒のようなゲジゲジ眉をさらに寄せた岡埜は、
「そうだろうよ。だから与太は大嘘つきじゃ、と申しておる」
と言い捨て、柳橋あたりで朝湯にでも入ろうとするのか、怒り肩を揺らして歩み去った。
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