三人目 静葉(Si-zuha)
コン、コン コン、コン…
俺はまたしてもこの音で目覚めた。
3回目ともなると、目覚めて見上げる天井の模様にも驚かなくなった。
目覚まし時計を見ると、18時5分前だった。
しかし、俺は、女といるとき以外は、全部、眠っているのだろうか。
コンコン、コンコン…
(さすがに、今度は、女じゃなくて、新聞屋かなんかだろう)
「はい」
俺は、部屋の電気を点けてから玄関に行って短くそう返事をした。
「シズハです」
俺は、ドアのノブの鍵をひねって縦にして押し開けると、本当に静葉さんが立っていた。
「こんばんは。真っ暗だから居ないと思ったわ」
「静葉さん、どうして、此処が?」
「うん、柚木のアパート、電話がないから、孔雀亭のママに住所を聞いてね」
「あ、ああ、そうだったんですか。じゃあ、今日、秋田から?」俺は、驚きを隠せなくて息を弾ませながらそう言った。
「そうなの」
「上がりますか?それとも、夕飯がまだだったら外で食べましょうか?」
「そうね…柚木はどうなの?」
静葉さんは、こうやって、俺のことを苗字呼び捨てで呼ぶ。
「この辺りは、気の利いたお店、なんにもなくて、おでん屋か中華食堂みたいなのしかないんですけど、それでも良かったら、外にしましょうか」
静葉さんは、俺よりも5歳年上なので、俺はこうやって敬語で話す。
「そうね~ 今夜は寒いからおでん屋さんがいいかな」
「わかりました。じゃあ、そのボストンバッグだけ部屋にあげて、急いで着替えますんで待っててください」
俺は静葉さんから茶色のボストンバッグを受け取って部屋に上がり、パジャマ替わりにしていたスエットを脱いだ。静葉さんは、今日、地元の秋田から出てきて、四谷にある孔雀亭に寄ってから此処に来たはずだから、秋物のニットのワンピースに、肌触りが良さそうなチェスターコートを着ていた。まあ、近所のおでん屋に行くだけだから、俺は、ジーンズにダンガリーシャツ、そして、MA-1を羽織ることにした。
「おまたせしました」
俺が玄関のドアを開けると、そこに静葉さんは居なかった。ドアを閉めて鍵をかけると、ニャーニャーと猫の声がしたのでそちらを見ると、アパートの通路兼ベランダの端でしゃがんでいる静葉さんがいた。
どうやら、いつもの野良猫の親子が居るんだろうと思ったけど、俺はその場を動かないで見守った。
「柚木、この猫たちは、いつも、此処に来るの?」しゃがんで俺に背中を向けたまま静葉さんは言った。
「そうなんです。今頃、いつも来ます。でも、俺がエサをあげようと近付いても逃げちゃうんです」
「そうなんだ。じゃあ、この猫ちゃんたちはきっと私のことを人だと思ってないのかもね」
静葉さんがそんなことを言うものだから、そーっと体を曲げて前方を覗いてみると、静葉さんのすぐそばで何かを食べている親猫の姿が見えた。
「さすが、静葉さん。その三毛猫お母さんが人の前で食べているの、初めて見ました」
間もなく、静葉さんは立ち上がると、さすがに、親猫も驚いてベランダから隣のプレハブの工場の屋根伝いに逃げて行った。
「じゃあ、柚木との三回目の再会を記念して、乾杯」
あまり飲み慣れていないながら、静葉さんのリクエストで酒は熱燗にした。もちろん、町内の飲兵衛しか来ないような小さなおでん屋だから、「熱燗ください」といえば出てくる銘柄不問の酒だ。
「どうして、孔雀亭、やめちゃったの?」
「まあ、俺も、さすがに、就職活動しなくちゃってことで、夜のバイトはやめておこうかなって」
「そう…柚木は、地元に帰って就職するの?」
「はい。そのつもりでいます。長男ですしね」
「相変わらず、玉撞き、してるの?」
「まあ、大学の帰りにたまに寄ったりしてるけど、前みたいに睡眠時間以上することはなくなりました」
「おとうさ~ん。ええっと、大根と、厚揚げと、牛すじいただける?あ、2つずつね」静葉さんが店主に追加の注文をした。
「ね。正解だったわね。おでん」
「はい。でも、静葉さん、あんまり飲み過ぎないでおいてくださいよ。前みたいに…」
「ふふふ、だいじょうぶ。私、ワインだとああなっちゃうけど、日本酒だとどこまでもいけるから」
「ほんとですか~?あやしいな~」
静葉さんとこうやって飲むのは2回目になる。最初の出会いは、俺がフランス家庭料理の店にバイトをしていた頃に、古くからのママさんの登山友達、ということで、秋田から上京した静葉さんが来店したときだった。その日は土曜日で、22時に店を閉めてから、奥のフロアで椅子を車座みたいにあつらえて、他の多くの常連さんと一緒にワインを飲んでいた時に、隣に座っていた俺が酔いに任せて思わず「静葉さんってお綺麗ですよね。俺、好きです」と言ったのが最初だった。酔いには任せていたものの、言ったことは本当のことで、静葉さんのかわいらしく、しかも、清楚で端正な顔立ちと仕草に一目惚れしていたからだ。
一方、静葉さんは、閉店後、ママさんのマンションに泊ったが、酔っぱらった静葉さんはずっと「柚木~ 柚木~」と俺の名前を連呼していたそうだ。
「2回目のときは…」
「柚木が仕事が終わる前に、カウンターで完全にグロッキー状態になっちゃったもんね」
「ふふふ…静葉さんたら、ピッチを早くしてグイグイ飲んでたから、カウンター越しでハラハラしてましたもん」
「柚木に会えるの嬉しくってね、ついついね。でも、ちゃんと覚えてるのよ」
「え?何を?ですか?」
「ふふふ…まあ、ほら、食べなさいよ。この厚揚げ、案外といけるわ~」
「お客さん、案外、だなんてお言葉だな~ その厚揚げ、うちでちゃんと作ってるんすよ」
日によく焼けた店主が口をはさんだ。
「ほら~、静葉さん、しっかりして。もう、日本酒だったらどこまでもいける、って言ってたじゃないですか~。アパート、もうすぐなんで、しっかり!」
「柚木~ 今夜、泊めて~」
「まあ、いいですけど、ママさんには言ってあるんですか?」
「いいのよ~ママさんには。私、何歳だと思ってるの?ニジューゴよ~ 子どもじゃないんだから~」
「はいはい。わかりました。はい。ここからアパートの階段です」
「柚木~ 覚えてないの~?」
俺に片方の肩をかずかれている静葉さんが脚を停めて言った。
「え?何をですか?」
「2回目に会ったときさ~『僕には、静葉さんと恋人同士だなんて考えられません』って、言ったじゃないの~」
「あれ?そこは、ちゃんと覚えてたんですか?」
「あの、一言で、私、とどめを刺されてつぶれちゃったんだもん」
「ああ、そうだったんですね。だって、俺はまだ学生だし、就職もまだ決まって・・」
「そんな、常識めいた言い訳はもう、いいの~。あれえ、ここ、まだ階段?何やってんのよ~早く、お部屋に連れて行きなさいよ~」
「もう~静葉さんが歩くのやめてお話したんでしょ~」
「水、持ってきますね」
俺は、氷を入れたコップの中に水道の水を注いで静葉さんに差し出した。
「ああ、おいしい。ねえ、柚木は、平気なの?」
「俺、ですか?俺も酔ってるけど、大丈夫です。こんな綺麗な方と飲んでいるんだから緊張して潰れるはずなんてないです」
「柚木」
「はい?」
「そのストレートな物言いが、いかんのだよ」
静葉さんは、そう言いながら、俺に抱きついてきた。
「静葉さん」
「いいから。こうやってて」
しばらくすると、静葉さんは体を離して、まだ残っていた氷水を口の中に含んでから俺に口づけてきた。
「ほら、最後に氷」
そう言うと、静葉さんは俺の口の中に小さくなった氷を入れてきた。
「どう?まだ、冷たいでしょ」
俺は、潤んだ目をしている静葉さんを引き寄せて首元に口づけた。
「あぁん、冷たいってば」
俺は、ほんのわずかに残っている氷片を口でつまんで静葉さんの首筋に押し当てて上下させた。
そして、顔を離して、静葉さんの濡れて光っている首筋を見ていると、
「今度は、あったかいやつ」
と言いながら、静葉さんが俺の唇に唇を重ねてきた。
静葉さんの躰は、細く、小さくて、抱きしめると、俺の腕の長さが余る感じがした。それでも、不思議と、抱き足りない感じがして、俺はなおも強く抱きしめた。
全部脱がせると、顔と同じで、肌が白くて、ムードがない蛍光灯の下でも透き通っているかのように見えた。乳房は小さくて、干し葡萄のような乳首がかろうじてしがみついている感じだった。
「すごく…すごく綺麗です」
「そんなことないわよ。もう、おばさんだもの。柚木のは、私が脱がせてあげる」
静葉さんは、そう言うと、右手で俺の髪の毛をまさぐって、俺の首筋に口づけながら、左手でダンガリーシャツのボタンを一つずつ外していった。そして、俺の胸の盛り上がりや、乳首や、お腹に口づけた。
そして、ジーンズとパンツを同時に脱がせると、静かに俺のものを口に含んで愛撫し始めた。
「静、静葉さん、だめですってば…」
「んぐ、なんで?こんなの、トルコ風呂では普通にするでしょ」静葉さんは俺のを口に含みながらそう言った。
「トルコ風呂なんて、行きませんてば」
「そうなの~?」
実際に、口で愛撫されることなんて俺は初めてだった。そんなのは、POPEYEとかHot-Dog PRESSに載っているSEX特集だけでの世界だった。
「だめです。静葉さん、いっちゃいます」
「ん?いいのよ。いっても」
「あゝ、だめですってば~」
俺と静葉さんは、隣の部屋に布団を敷いて、抱き合いながら、時々キスをして、そして他愛もない話をしては、またキスをした。
「静葉さんの、ここの毛、優しい手触りですね」
「そう?そこの毛なんて、みんな一緒じゃないの?他の女の子の触ったことないけど」
「ううん、柔らかくて優しいです」
「柚木、そんなにたくさんの女の子の、触ってるからわかるんでしょう」
「えええ、そんなことないです。俺なんて…あうっ」
「もう、こんなになっちゃってる。ねぇ、入れて」
俺が、ゆっくりと静葉さんの中に入ると、「ねえ、入れたまま、指を入れて」と静葉さんが耳元で言った。
俺は、どうすればいいかわからずに、どぎまぎしていると、「こうするのよ」って言いながら静葉さんは自分の中指を滑り込ませて動かした。
こんなに小さな窪みにそんなことをして壊れないものかと心配しながら俺は腰を動かした。
「ああ、だめ~」
静葉さんは、背中をのけぞらせて震え、俺もそんな静葉さんの姿を見て安心して、十分に収縮された窪みの中でいきついた。
「おはよう、柚木」
「あ、おはようございます」
「氷水飲んでいいかしら」と静葉さんが言うと、シーツを体に巻き付けてキッチンの方に行った。
「今度は、口移しじゃなくて、コップでどうぞ」と静葉さんが俺に差し出した。
「ああ、冷たくて美味しいです」
「一緒に、どこかでモーニングを食べてくれると嬉しんだけど」
「ご一緒します。でも、ママさんのマンションには… なんだか、気まずくて」
「うん。いいの。朝ご飯を一緒に食べてくれるだけで」
「それより…」
「はい?」
「私に、なんか言うことない?」
「えええ、はあ、ええっと…」
「うん、ま、いいのよ。モーニング食べに行きましょ」
またまた、最後にこの質問だ。
いったい、俺に、何を言えっていうんだろう。
それにしても、この三日間で、初めて、日の当たる東京の街を歩くんだな、って思った俺は、勢いをつけて布団から起き上がった。
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