二人目 瑠未(Ru-mi)

 


 コン、コン コン、コン…


 俺はまたしてもこの音で目覚めた。

 見えた風景は、またしても、あの大学時代に住んでいたアパートの天井だった。

 机上の目覚まし時計を見ると、16時5分前だった。


(ん? 有希江のはずはないし、誰だろう…)


「はい」


 俺は玄関に行って短くそう返事をした。


「わたし。ルミ」


 俺は、ドアのノブの鍵をひねって縦にして押し開けると、本当に瑠未が立っていた。


「今日は、猫はいないのね」


 瑠未は、アパートの通路兼ベランダを見渡しながらそう言った。


「あ、ああ、この時間は居ないかな。いつもは、朝か夜に来ることが多いんだよ」


「そうなんだ。前に来た時は、あなたが猫にエサをあげている時だったわ」


 瑠未は、少し、淋しそうな表情を浮かべながらそう言った。


「まあ、あがれよ」


 俺は、玄関から入ってすぐの部屋に瑠未を招き入れ、座布団を勧めた。



「今日は、写真立て無いわね」


 座布団に座るか座らないかで、瑠未はカラーボックスを見ながらそう言った。


「ああ、別れたんだよ」と俺は言った。


「そうなんだ。ふ~ん」


 俺に会うなり、いろいろ尋ねてきた割りには、大して興味無さそうに瑠未は返事をした。


 瑠未がこのアパートに突然来たのは、1年くらい前だった。日暮れた時間に、ベランダ集まってきていた野良猫の親子にエサをあげていたところに、本当に前触れなく瑠未がやって来た。

 瑠未は、中学校の時の同級生で、学校の帰りに一緒に帰ったり、バレンタインデーにチョコをもらったりする仲だった。しかし、お互いに別々の高校に入学すると、俺のことなんて誰だったか?みたいに瑠未は俺を冷たくあしらって疎遠になった。ところが、お互い、大学が決まって後は上京するだけ、というタイミングで、街の書店で偶然に再会したことをきっかけにして連絡先を交換した。


 1年前に、瑠未が何を思って、俺のアパートに訪れたのかは定かではない。大体、その理由を聞く前に、部屋のカラーボックスの上に置いていた俺と有希江の写真を見つけて怒り出し、さっさと帰って行ってしまったからだ。


「元気にしてたの?」20歳の容姿の瑠未が大きな目を俺に向けながらそう言った。


「まあね。昨日から不思議なことが続いていて落ち着かないけど」


「不思議なこと?」


「あっ、ああ、まあ、個人的にだ」


「ふ~ん。変なの」


「瑠未は、またしても、この抜き打ちみたいな訪問はどうしたことなんだい?」


「抜き打ちだなんて失礼しちゃうわね。私、田舎で就職決まったからその報告に来たのよ」


「ああ、そうだったんだ。それは、おめでとう」


「ありがとう。このまま私が短大卒業すればもうしばらく会えないでしょ。だからさ、顔見に来たってわけよ」


 中学時代のおままごとみたいなお付き合いを除けば、俺と瑠未は一度も付き合ったことなんてなかった。詳しくは知らないけれど、瑠未にも彼氏がいたんだろうし、俺にもほんの前まで有希江がいた、ってことだ。




「だからさ~あ、あの写真の彼女に私は失恋したってわけよ」


「何言ってんの、勝手に失恋なんて言うなよ。高校に入ってすぐに俺を振ったくせに」


「ええええ~私が、私があなたを振ったって言うの~?ええええ~?」


「そうだよ。あの写真立てで振られたって言うんだったら、おあいこだよ」


 酒が回って、瑠未はもうだいぶ酔っぱらって、絡み口調になっている。


「う~ん、納得できないなあ」


「なあ、瑠未、もう酒やめとけよ。悪酔いしたらどうすんの」


「もう、とっくに悪酔いしてるよ。あなたに」


 そう言ってしなだれかかってきた瑠未の首元からいい匂いがした。


「瑠未」


 俺は瑠未の首元に唇を押し当てた。


「んん、だめよ~ 私はそんな気になんてならないから」


「ううん、ごめん。もう、俺はとっくにその気なんだ」


 俺は、垂れ下がる瑠未の髪を右手で撫でながら首元から頬に唇を這わして行った。


「顔、見せて」


 瑠未の瞑った目から涙が溢れかけていたから、唇を当てて吸い取った。


「タイミングがずっと悪かった俺たちだったけど、今日がその日だよ」


 俺は瑠未の唇にそっと唇を当ててから抱きしめた。


 瑠未は、俺の腕の中でしばらくの間、震えながら泣いた。




 真っ暗にした部屋に、電気ストーブの熱線の色だけが眩しく光っていた。

 瑠未の胸は、昔から自分で言っていたようにとても小さい膨らみで、俺の手のひらにすっぽりと入る大きさだった。でも、それだからなのか、俺の指や舌の動きに敏感に反応して、その度に、背中をのけぞらせた。

 どこをどう触ろうとしても、瑠未はその都度、俺の手を制して「だめ…」と小さな声で囁いた。


「だめくない」


 俺は、その都度、そう言って、愛撫を止めずに繰り返すと、一旦は制止した手を緩めて、俺の愛撫を甘んじて瑠未は受け入れた。

 瑠未の一番敏感なところに俺の左手が達すると、大きくのけぞって息を停めた。瑠未の小さな乳房の小さな乳首を唇で吸いながら、むき出しになった小さな突起を左手の中指で上下に撫でると「そんな、そんなことをしたら、わたし、わたし…」と言いながら体を硬直させて震わせた。

 そして、俺の硬くなったものに、瑠未の手を誘おうとすると「だめ。わたし、こういうの苦手なの」と言って固辞した。

 

「愛されたいけど、愛さないなんて瑠未らしいな」と俺は言って、「え?」って聞き返されたけど、俺はそれには答えずに、瑠未の中に入った。


「あぁ…」


「な、そうだろ?瑠未は、昔っからそうだ」


「ん?ん?なに?」


「いいから。俺を味わって」


 俺はゆっくり腰を動かして、瑠未の中をかき回した。



 


「おはよう、瑠未」


「あ、おはよう」


「どう?頭痛くない?」


「う~ん…だいじょうぶみたい。昨日、解毒剤だいぶ注入されたからからかな」


「ふふふ…解毒剤か。コーヒー飲む?」


「ううん、要らない。私、コーヒー苦手だったの忘れたの?」


「あ… そうだったね。ええっと、紅茶は…切らしていたかな」


「ううん、いいのよ。私、帰るわ」


「うん」



「ほんとに、送っていかなくていいの?」


 恥ずかしいからと、俺に背中を向けさせている間に身支度をしている瑠未に俺はそう言った。


「うん、いいの。それより、私に何か言うことないの?」


「言うこと? う~ん…」


「ううん、いいの。思いつかなかったら。じゃあ、元気でね」


 瑠未は、背中を向けて座っている俺を振り向かせて短くキスをした後に部屋を出て行った。



「私に言うことないの?」


 有希江に続いてまたまた、瑠未にも言われた。

 俺は、ただの偶然でもないような気がしながらも、思い当たる節もなく、瑠未が閉じた玄関のドアを見つめていた。

 




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