ラファエロ騎士団長──戦場の良心の恋

 王国軍の各部隊に配属されたエンリケたちの活躍は目覚ましいものがありました。八人が八人、みな配属された部隊で部隊長に任ぜられ、マヒタンの軍勢を日に日に追い詰めていました。

 

 とくにエンリケは大車輪の働きを見せて、班長から始まった階級が、戦役の間に少佐にまで上り詰め、剣士としての才能にとどまらず、指揮官としてもその才気を発揮しました。


 あのネフィでさえ部隊長になって大戦果を挙げたのですから、敵が弱いのか、王国軍が弱いのか、ともかくも八英雄はこの頃から八英雄だったわけです。


 そのとき私はどうしていたかといえば、ラファエロに従って、やはりそこでも荷物持ちをしていたのです。ラファエロがエンリケにに直接、私を貸してほしいと申し出たそうで、エンリケが断るわけもありませんでした。


 ラファエロは優しい人でした。まず物を投げずに手渡ししてくれましたし、私が物を落としても暴力を振るいませんでした。また、目の前の物が、奴隷の立場の者でも安易に触れていいものなのか迷っていると、声をかけてくれました。


「ああ、どれに触れてくれても構わんよ。でも手に着いた馬糞は綺麗に洗ってからにしてくれ」


 そう言ってラファエロは微笑みかけてくれるのでした。


 荷物を運ぶこと以外にも、色々なことを任されました。ラファエロが髭を整える際の湯を沸かしたり、剃刀を研いだり、クリームを泡立てたりすることから始まり、お茶を入れたり、ベッドメイキングをしたり。簡単な口述筆記を任されたときは、グロッソに心の中で感謝しました。


 ラファエロが馬に乗って各地に向かう際は、お供の馬車の荷台に乗せられて移動しました。さすがに国王軍の馬車の馭者を奴隷に任すのは周りが許さなかったのでしょう。


 奴隷の身分とあって、他の兵士たちにいじめられたりしましたが、ユーキリスの暴力に比べれば大したことはありませんでした。


 部隊長になったエンリケたちは、時々ラファエロの前に参上しました。直に会って作戦を話し合ったり、認識の誤差を埋める必要があったのでしょう。


 騎士団長のテントの中で、エンリケは臆することなくラファエロに意見をぶつけていました。時として熱っぽくなりましたが、ラファエロは顔色を変えず冷静に聞いていました。


 ある日の二人の話し合いで、ラファエロが中座した際、ティーセットを携えて側に立っていた私に、エンリケが声をかけてきました。


「失礼なくやってるか」


 椅子から上目遣いでのぞき込むような視線に、私は深くうなずいて答えました。


「多分、大丈夫だと思います」


「頼むぞ。俺の出世に関わる」


 その言葉はエンリケの利己的なものでしたが、頼むぞ、と言われただけで、彼のそれまでの所業も忘れて、何か誇らしい気分になった事をよく憶えています。


 違う日には、ユーキリスが騎士団のキャンプにやってきました。私が馬の世話から騎士団長のテントに戻ろうとすると、テントの目の前で、パイプを吸っているユーキリスを見つけました。


「お久しぶりです」


 私の方から挨拶すると、ユーキリスが今まで見せたこともないような満面の笑みで、私に抱き着いてきたのでした。


「デック! 元気してるか!」


 あまりに意外だったもので、以前のように暴力を振るわれた時よりも、体が硬直しました。


「そちらも、お元気そうで」


「元気じゃねえよ。部隊のなかじゃ蛍光草のケの字も吸引できねえ。煙草じゃ満足できねえよ」


 そう言って離れたユーキリスは、パイプをモクモクふかします。ラファエロに用があるのは明らかでしたが、なかなか煙草を吸い終わろうとしません。


「お入りにならないんですか」


「待って、待ってくれって」


 吸いきったパイプを煙草入れにしまうと、ユーキリスは深いため息をつきました。


「やだなあ、騎士団長に会うの。苦手なんだよなあ、あの人」


 私は返答に困って、話をそらしました。


「部隊長になったんですってね」


「うん、まあな」


 生返事をしながら、ユーキリスは土の地面につま先で落書きします。


「なあ、俺このまま行ったら、偉くなっちまうのかなあ」


「いいことじゃないですか」


「良くねえよ。偉くなったら蛍光草吸えねえじゃねえか」


 地面には蛍光草の花が描かれていました。本当にこの人は、蛍光草に全てを奪われてしまっているのだなと思いました。


 そのまた別の日は、ジョゼが騎士団長のテントにやってきました。


「召喚士部隊長ジョゼ、参上しました!」


 そのジョゼらしからぬ血気あふれる声に、私は驚くほかありませんでした。


「入りたまえ」


 ラファエロの許しを得て入り、敬礼したジョゼは、化粧もなく、水龍を体にまとわせることもなく、軍支給のローブをまとって、男を漁ったことなどありませんとでも言いたげな、凛とした表情をしていました。


 奴隷として仕えていた立場でしたが、らしくないな、とか、やればできるんだ、とか思ってしまい、笑ってしまいそうになるのを必死で堪えたのをよく憶えています。


「申し上げます。わが召喚士部隊に必要な木の実のプディングが不足しており、つきましては、追加の材料の補給と製造を駐屯している村のご婦人がたに依頼したく、その依頼状を閣下の名において発布したくお願いに参りました。こちらにサインを、騎士団長閣下」


 真剣な顔でしたが、ジョゼの中身は変わっていませんでした。部隊長にまで上り詰めたのに、召喚獣にオヤツを与えるポリシーは変えていないようでした。


 そんなジョゼを、ラファエロはじっと黙って見つめていました。差し出された羊皮紙の依頼状に視線を落とすこともなく、ラファエロは微動だにしませんでした。


「閣下?」


 ジョゼが首をかしげると、ラファエロはようやく机の上のペンを取りました。


「ああ、ああ、そうだな」


 羊皮紙にサインして、ラファエロはジョゼに答礼します。


「ご苦労。少し休んでから、戻ってよし」


 ジョゼは再び敬礼して、私に目もくれずテントを出ていきました。


 それから数日後、ラファエロは馬に餌を与えている私に、質問してきました。


「召喚士部隊のジョゼという女性がいるだろう?」


「はい」


「彼女も君の持ち主のひとりか?」


「はい」


 そう答えると、ラファエロは、遠い目をしたあと、考え込むように腕組みをして、軽く数回うなずきました。


「そうか」


 そして、私の肩を軽くたたきました。


「美しい主に仕えているな」


 それからというもの、私のような無粋な奴隷でも、ジョゼが慕われていることが分かるほどに、ラファエロはジョゼのことを質問してくるようになりました。私は彼女が、テントに参上してきたときのような女性ではなく、自由奔放な女性であることを包み隠さず話しました。それでもラファエロは、ジョゼのことをますます気に入っていったようでした。


 そのときの私は、ラファエロが未婚だと知りませんでした。それも、女遊び好きゆえの独身主義ではなく、本当に生真面目な男性だということでした。ですから、こちらでジョゼが老若男女問わず同衾している事実を話していたのに、それでも結婚まで至ったことに、のちのち吃驚したのを強烈に憶えています。


 ラファエロの本気の恋でした。彼は結局、ジョゼによって身を亡ぼすわけになるのですが、これはひょっとすると彼の宿命だったのかもしれません。私の身勝手な推理ですが、私がたとえ、ジョゼのことをどんなに貶めて話そうと、逆に美化して話そうと、ラファエロはきっとジョゼと結婚していたことでしょう。


「会いたい。生きてもう一度。だからこそ、この戦いを、一刻も早く終わらせなければならない」


 ラファエロは私がベッドメイキングしている横で蒸留酒を飲みながら、そう呟いていました。そして、ラファエロとジョゼが出会って以降、騎士団は攻勢を強めていくことになるのでした。

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