冒険者から英雄へ
近衛兵長アランキス──事の始まりは冷たい風
俗物な冒険者の一行であったエンリケたちの運命を変えたのは、あの日の王都の出来事だったに他ありません。
エンリケ一行は珍しく全員で王城の城下の広場に居ました。国王陛下の誕生祭には御前で様々な歌舞音曲が捧げられ、収穫祭にはたくさんの出店が並び、時に極悪人として捕らえられた罪人の処刑がされたりする場所でした。
私はいつものようにパーティの買い物の荷物を持っていました。ユーキリスのオーブ、フリオの薬草の束、ジョゼの召喚獣へのオヤツ、ネフィのぬいぐるみ、その他パーティ全員で使う日用品。リンファは金庫を自分で担ぎ、グロッソは大きな体に似合わない買い物かごを自分で腕に引っ掛けていました。エレラは私には頑なに荷物を預けませんでした。エンリケの荷物はグロッソのかごの中にありました。
広場の中心に向かって、王城のほうから隊列を組んだ兵士が歩をそろえて進んできました。そして、中心に立ち止まると、その隊列の先頭を歩いていた一人が、手にしていた羊皮紙の巻物を開いて、声を張り上げました。
「我は王国近衛兵長アランキス! いま陛下のお言葉をこの場にて広く伝える!」
広場にいた市民の全員が静かになりました。国王陛下からのお触れが出るということは、善かれ悪しかれ、市民には無視できない重要なことであることは間違いのないことでした。
「この程、国王陛下に反旗を翻し、王国の領土を脅かそうとするもの現れたり! その名はメンデシア侯爵マヒタン! よって本日より、マヒタンを逆賊として、国王陛下の騎士団と王国軍はマヒタン征伐の軍備に入る!」
市民たちが黙ったまま、不安そうな顔をしていました。軍備に入るということは、物資は軍に優先され、市民生活が少なからず不自由になることを意味するからです。
「ついては、その征伐に参加する志願兵を募る! 我こそはというものはおらんか!」
アランキスが広場に向かって再び叫びました。すると、私のすぐ横で、なんとエレラが、高々と挙手したのです。
「ここにいるぞ!」
ヘルムを取っていたエレラの顔をまじまじと見つめて、アランキスは首を振りました。
「なんだ、おなごではないか」
「おなごでも、百人の首を狩ったぞ!」
エレラの言葉にアランキスは露骨に顔をしかめます。
「陛下は蛮族には大義を与えん。他におらぬか!」
その言葉で剣の柄に手をかけようとするエレラを制して手を挙げたのは、エンリケでした。
「ここにもいるぞ!」
エンリケはパーティから一歩前に出て、アランキスの顔を直視して、大きな声で、広場の市民に聞こえるように、言いました。
「我は名をエンリケと申す! 各地にて盗賊、山賊、モンスターを狩ること十余年! その証は方々の集落の長に聞けば真と分かろう! たとえ蛮族と共に居ようと、我は蛮族にあらず! 詳しくは拝謁にて申し上げる!」
エレラは渋い顔をしました。ユーキリスは頭を抱えていました。フリオとネフィは青ざめた顔をして、リンファとグロッソとジョゼは、少し含み笑いを帯びていたと記憶しています。
「よし、ついてこい!」
深くうなずいて、アランキスが手招きしました。エンリケを先頭に、パーティは近衛兵団に前後を挟まれ、王城へと連れていかれました。一見すると罪人として捕らえられたようにも見えたと思います。しかしそれはれっきとした王城への拝謁への道行きだったのです。
「今度の大将首は私が狩る」
王都の表通りを歩きながら、エンリケの耳元に駆けよって、エレラが強い調子で囁きました。
「いや、自分が狩る」
「頼む、やらせてくれ」
エレラが食い下がるのに対し、エンリケはエレラをつま先から頭まで睨みつけました。
「お前が俺に物を頼める立場だというのか」
その言葉に怯むことなく、エレラはエンリケに、絞り出すような震え声で、言いました。
「マヒタンは、私の家族を殺した仇だ」
エレラの言葉に、しばらく黙っていたエンリケでしたが、やはりかぶりを振りました。
「それならなおさら、俺が狩る」
「なぜ?!」
「お前が狩ったらその首どうする? 本当に陛下に奉れるか? 切り刻んで野犬の餌にしたりしない保証はあるか?」
エンリケに問い詰められ、エレラは唇を噛んで黙り込んでしまいました。
そうしている間に、近衛兵団とエンリケ一行は、王城の大門の前にたどり着きました。すると、私の周りを近衛兵が取り囲んで、エンリケ一行から引き離そうとします。
「ここから先、奴隷は入るな」
アランキスが私に向かって言いました。すると、グロッソの巨体がアランキスに向かって迫りました。
「彼は、我々の執事みたいなものです」
巨体に圧倒されながらも、アランキスは胸を張ってグロッソを睨み返します。
「一介の冒険者の荷物持ちを執事とは呼ばん。どうせ買ったのだろう。奴隷の生まれはどこまで出世しても奴隷だ」
そう言われて、グロッソは眉間にしわを寄せて、引き下がりました。するとエンリケが、私に向かって、いつもは見せないような、にこやかな笑顔を見せたのでした。
「悪いな、ここで待っててくれ」
私は精いっぱいの作り笑いで頭を下げました。
「承知しました」
そのやり取りを見ていたアランキスが、鼻で笑いました。
「ずいぶん言葉遣いの綺麗な奴隷だな。まあ奴隷は奴隷だが」
そう言い残してアランキスはパーティを城門の中へ招きました。その際、すれ違いざまに言葉をかけてくれたのは、グロッソだけでした。
「すまない」
その言葉だけで、奴隷の立場の私は、すっかり救われていました。
エンリケ一行の拝謁の間、私は王城の門前で、城下町の市民の好奇の視線を一身に浴びていました。なにしろ王城に近い、貴族や豪商が住んでいる地域でしたから、私のような、荷物を沢山背負ったみすぼらしい姿の奴隷が突っ立っていること自体が、目障りを通り越して珍しいものだったのでしょう。
そのとき、私はそれまで経験したことのない感覚に陥っていました。それは「悔しさ」でした。奴隷として運命に流されるがまま生きてきた私が、人生で初めて、自らの手で状況を変えたいと強く思ったのです。それは、エンリケたちのパーティに加わったことで、自分の成長への自信が生まれ、プライドが芽生えたことの証左でした。
アランキスを見返したい──初めて私の人生に「目標」ができた瞬間でした。グロッソに謝らせてしまったことも、その気持ちに拍車をかけていたと思います。
教会の鐘がもうすぐ日没であることを知らせ、吹いてくる風に夜の冷たさが混じり始めたころ、私の目の前で、一頭の馬が立ち止まりました。馬に乗っているのは、私がそれまでの人生で目の当たりにしたことのないような綺麗な仕立ての服を着た、壮年の男性でした。
「こんなところで何をしているんだい?」
柔らかい調子の、見下したところのない訊き方でした。
「主人が陛下に拝謁しているもので、それを待っております」
「君、奴隷か」
奴隷、という単語への不機嫌な気持ちをひたすら隠して、私はうなずきました。
「はい」
「そうか」
何かに納得したような表情で、馬上の男性は小さく繰り返し頷きます。
「主人の爵位は?」
「爵位はありません、平民です」
私が言うと、馬上の男性は伏し目がちに微笑みました。
「言ってはなんだが、平民はすぐには陛下に拝謁できんよ。きっと志願兵に参加したのだろうが、せいぜい会えても宰相が限界だ。きっと軍務卿か騎士団長に会って、どこの部隊に配属されるか決められるのだろう」
「左様ですか。承知しました」
「君、名前はあるか」
「デックと呼ばれております」
「そうか」
そういって、馬上の男性は王城の一番高い塔を見上げました。
「憶えておこう」
男性は手綱を引いて馬を進めて、王城の中へと入っていきました。
いま思えば、その馬上の男性が王国騎士団長ピントン侯爵ラファエロであったことは、何かの縁というか、運命だったのかもしれません。その後、私はジョゼと結婚したラファエロに何度か会うことになるのですが、ラファエロへの恩義を何ひとつ返すこともできず、ジョゼの放埓をどうにもできなかった私の無力感は、なかなか言葉にし難いものがあります。
それに比べてアランキスは――あまり悪口などは書きたくないのですが――記したとおりの人間だったので、あの最期もやむなし、と思ってしまうのです。
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